「ああ……!これが食べ放題だなんて!」
彼女──幼馴染みは歓喜に打ち震えていた。
色とりどりの花……に囲まれたホテルビュッフェの会場。花に負けないくらいのカラフルで鮮やかなフルーツ、スイーツが並べられている。
「ここ、高いんじゃないの?」
「誕生日だからいいよ。君、ここで思いきり食べまくりたいって言ってただろう?」
「言ったけど!」
「たまには格好つけさせてくれ」
ウインクをすると気障だの何だの言われたが気にしない。
受付をして中に入る。彼女はすぐ手に皿を持ちスイーツコーナーへ向かった。料理コーナーはスルーされた模様。
そんなに喜ぶならもっと早く──付き合ってる時に来ればよかったかな、とぼんやり思う。
今はお互いフリーで、幼馴染み付き合いをしているだけだ。彼女はどうだか知らないが、俺は彼女に対しては恋愛より親愛の情が強いらしい。
彼女に合わせるように取ったケーキを口に運ぶ。上品な甘さに思わず笑みがこぼれた。
「おいしいね」
「ん」
彼氏として、彼女として。または男らしく、女らしく……そんなことを気にせず食事できるのは気楽で心地良いものだと、改めて思う。やはり今日来てよかった。
「クリーム、ついてるよ」
彼女の口の端のクリームを指で拭った。赤くなる顔。今は俺だけのものだ。少し怒りながら照れる彼女。
「何にやついてんの?」
「別に?子供みたいで可愛らしいなと思っただけだよ」
「ばか」
こんなやりとりを続けられるのなら、今のままでもいいのかもしれないね。
【色とりどり】
「雪が溶けたら何になるでしょうか〜?」
「は?」
水になるに決まっているだろう。
なんでも有名な漫画では、綺麗で一途な女子が「春になるんですよ」と言い、凍てついた男の心を溶かしていくんだとか。
「手袋は確かに受け取った。では」
年末、ストーカー女子高生に成り行きで手袋を貸した。
面倒だから返さなくてもいいと思ったが、手袋が辱めを受けたままになるのはいい心地がしないので、仕方なく受け取った。
そうしたらこれだ。妙な問いかけをされ、彼女は完全に漫画のヒロインになりきっている。危ない、逃げたい。
「待って待って待って!少しは話をさせて!」
「頭のおかしい人間と話す暇はない。これから出勤だ」
「今年もよろしく!」
「するわけないだろう」
「あっ」
どしゃ、と音を立てて彼女は転んだ。上体は起こしたが、全身雪まみれだ。
「うっ……新年早々、こんなのって……」
そして、泣いた。
人目も憚らず、彼女は手で顔を覆って泣き始めた。
「フラれるし、転んで痛いし、雪まみれだし……」
通りすがる人々の視線が痛い。転んだ女子が泣いていて、そばにいる知人らしき男が棒立ちしているのだ、当然かもしれない。
彼女はストーカーで、俺とは関係……なくはないが、被害者は俺で。だがそれを説明する余地はない。このままでは完全に悪い男と認識されてしまう。
俺は、世間体を取ってしまった。
「大丈夫か?」
躊躇いながらも手を差し伸べる。すると、泣いていた彼女は何が起こったかわからない顔をして硬直した。
「ほら」
手を掴んで強引に立たせた。世間体が大事なので、いつまでも地べたに座らせておくわけにはいかない。
「ありがとう……嬉しい」
「無事ならいい。俺はもう行く」
冷たい言い方になってしまったが、もういい。あまり関わると調子に乗ってきそうな気配を察知した。早くここから離れよう。
「あの!」
まだ何か、と首だけで振り返る。彼女はさっきよりも顔を赤くして言う。
「雪が溶けたら、恋になってるといいな……!」
「ならない!」
【雪】
「風呂がまだ?一緒に行こう」
「食事は?最近できた店が美味しくてね、どうかな?」
「今日は一緒に巡回しないかい?」
部下の男にめちゃくちゃ絡まれている──。
俺の何がそんなに気に入ったのか知らないが、懐かれてしまった。毎日のようについて回る。
起きて仕事が始まった瞬間から帰るまでずっと一緒、その上とてつもなくおしゃべりな部下の話を聞いてやらねばならない。
「君は頭が堅いねぇ」
「一言余計だ。気に入らなければ離れればいい」
「何故?私は君と一緒にいるよ?楽しいから」
軽口をきいてきたから少しきつい言い方で突き放したつもりだったが、全然めげる様子はなかった。
「君と話すのはとても有意義だ。楽しいこともたくさん教えてくれただろう?化け物を人間にした責任を取ってもらおうか」
半鬼の美しい男は不敵な笑みを浮かべてそう言った。
俺は今まで誰もやったことのない禁を犯してしまったのだろうか?胃がきりりと痛くなる。ふざけた笑顔が眩しい。
「というわけだ。死ぬまでよろしく頼むよ、上官殿」
「死ぬまでか……そりゃ長いなぁ」
「ああ、是非とも長生きをしてくれたまえ」
──まさか、死ぬ前の走馬灯で流れるとはな。
俺もお前と一緒は楽しかったよ。
友よ、長生きできなくてすまん。
【君と一緒に】
幸せとは、一体何だろう?
そう友に問いを投げかけたところ、「人それぞれだよ」と即答された。
確かにそうなのだが。死と隣り合わせの戦場で戦っている身だ、明確にした方がいいのではないかと思う。
自分は人々を脅威から守るために戦っている。
だが、それは果たして幸せのためなのか?
「難しく考えすぎだよ、君は。自分たちにできることをやればいいんじゃないかな?幸せとか不幸せとか、人によって違ってなおかつ定義が曖昧なもの、考えたって意味ないのに」
友の言う通りだ、すべての人が幸せになるだなんて、起こりはしないのに。
「それでも俺は……皆を幸せに導きたいと思う」
「君がそんなに欲張りだとは知らなかったな」
笑われてしまった。だが、これでいい。目標だって、夢だって、持つこと自体は誰の迷惑でもないのだから。
「そうそう、皆のことを考えるのは構わないんだがね……君はもっと近くにいる人のことを優先すべきだと思うよ」
友の視線の先には、いつから見ていたのか……女の部下がこそこそと隠れていた。
「別に、盗み聞きするつもりはなかったんだけどさ」
そう言う彼女の横顔はほのかに赤らんでいて。
思えば、最近戦いばかりで優先できてなかったと反省する。
「甘味でも食うか?それでお前が少しでも幸せな気持ちになるならば」
「馬鹿だね、甘味じゃないよ。私はアンタと一緒にいられればそれで……」
背中をばしっと叩かれ、甘味処へと促される。
こんな日常が、俺にとっても幸せなのだと言ったら、喜んでくれるだろうか──
【幸せとは】
丘陵から日の出を見る。
やっと自分の任務は終わり、そして一日が始まる……気が抜けた男は武器をしまい草むらに寝転がった。
太陽が出てしまえば奴ら──鬼は活動が鈍くなる。日中は人間の時間。もう安心して大丈夫だろうと考えてのことだった。
まだ暗い時間から動いていたから疲労はひどいものだ。朝霧に濡れた葉が顔に触れて心地良い。
冬になり夜から朝方にかけてはだいぶ冷えるようになってきたが、ずっと体を動かし続けていたため、冷えなどどうということはなかった。
「これから雪が降ったらやべぇな」
寝転がれなくなる、と呟いた。雪は雪で冷たくて気持ち良さそうだが。
駆けてきたから息がまだ荒い。
「初日の出、だ」
そういえば、今日は元日だった。昨日は世話になった人に挨拶周りをし、蕎麦を打ったりご馳走を用意するのに大忙しで。
年が明け、今日も忙しい一日が始まる……その前にもう少しだけ、休息を。
「今年も頑張るか」
目を閉じて、深く呼吸をする。
草の匂いを目一杯吸い込んで、清々しい気持ちで新年を迎えるのだった。
【日の出】