友人の彼女を抱いた。
予期していなかった友人の死を受け、悲しみと憐れみと絶望の中で、めちゃくちゃに壊すように抱いた。
惚れてはいなかった。別の形で愛していたけれど。おそらくそれは彼女にはわからない。私のことを嫌っていたから、どうでもいいのかもしれない。
十年後、久しぶりに再会したが、やはり彼女は変わっていない。書簡を届けに来た私を睨みつける目はあの頃のままだ。
それから何度か会って話す機会はあったが、距離は開くばかり。
「君は変わらないね」
「は?馬鹿じゃない?変わらないものはないんだよ」
「私への態度が昔のままだ」
「どうでもいいんだけど」
冷たくあしらわれる。
解せない、だって変わらないじゃないか。
「相変わらずよく怒るし」
「怒ってない」
「怒ってるじゃないか」
「しつこい男だね」
「待ちたまえよ」
何処かに行きそうだったから、咄嗟に手を掴んだ。驚くことに彼女は振りほどこうとはしなかった。
「アンタといると、昔、みんないた頃を思い出すから……」
辛そうな声と横顔。
やっぱり変わらない、あの頃のままだった。彼女の中の時間は止まってしまっていた。
何も言えずに黙っていると、彼女は私の顔を振り返って言った。
「いつまで掴んでるのさ……手」
気まずそうに、ほんのり赤くなった顔を確かに見た。
「ああ、君の言う通りかもしれないね」
「何の話を」
「変わらないものはないって、ね」
彼女の一途さは知っている。別に添い遂げようとは思ってないけど、意識してくれたのはほんの少し嬉しかったかな。
【変わらないものはない】
クリスマス──毎年特に何をするわけでもなく、いつも通りに過ごす。
いつも通りの食事をして、いつも通りに仕事をこなし、部屋の模様替えなどはせず、ツリーやケーキもない。
無宗教だし季節のイベントには興味がない、ごく普通の……言い換えればつまらないアラサーの男だ。
そして今日もストーカーに遭った。
女子高生のようだが、そんなものは関係ない。知り合いであるかのように馴れ馴れしく寄ってくるものだから迷惑だ。
「あっ、イルミネーション!」
声を弾ませ彼女が指差した先にはクリスマスツリー。駅前の広場が輝いて見える。
こんなものが嬉しいのか、と思う。俺にはわからない。幸せな気持ち?わからない……俺には縁遠いものだから。
はしゃぐ彼女の隙を見て、人ごみの中に紛れた。今日もどうにか撒けて安堵する。
結局、人はいつも通りが安心するし楽なのだ。イレギュラーなことがあれば疲れてしまう。
行きつけの店の弁当をあたためてテーブルに置いた。先程ほんの気まぐれで買った白くて小さいクリスマスツリーの隣。ツリーはスイッチを入れると、駅前のと同じようにライトが光るものだった。
何故買ったしまったかわからない。これが綺麗だと思えれば、彼女のように輝きが……人の心が少しは戻るのかと。そんな考えからだったのかもしれない。眩しく映った横顔を思い出し、いやあれはストーカーだ、と自分に言い聞かせる。
今年のクリスマスがいつもよりざわめくのは、何故だろうか……
【クリスマスの過ごし方】
幼馴染みにクリスマスディナーに誘われ、家に着いた。ちょうど残業をして彼女に嫌われたところだったから助かった。
玄関に入ると幼馴染みの母に満面の笑みで出迎えられる。
「いらっしゃい、寒かったでしょう。こたつであたたまってね。ほら、あなたはコートかけてあげて」
「そんなん自分でやらせればいいじゃん」
幼馴染みが俺に当たりが強いのは知っている。何せ元カノだからね。
素早くコートをかけてこたつへ入る……あたたかく幸せがやってきた。外は雪が降りそうなくらい寒かったからここは天国だ。
「今日お父さん遅くなるって言ってたから、先に食べましょう?」
ワイングラスにシャンパンが注がれた。フライドチキンやピザがズラリと並べられたテーブルを見て、わくわくしてしまう。
──料理を食べ終わる頃には、用意されていたお酒はすっかりなくなってしまっていた。楽しくて止まらなくなってしまったんだ……すると幼馴染みが睨みつけてくる。
「このザル野郎!全部飲み干すとか何考えてんの?遠慮とかないわけ?」
「ごめんごめん、ついうっかり」
「父さんのお酒なくなっちゃったし!」
「買いに行こうよ。君も結構酔っただろ?酔い覚ましにそこのコンビニまで」
「は?」
不機嫌そうな声が上がったけど、幼馴染みの手を握ると急にうろたえ黙りこくった。こういうところは可愛らしい。
「ということで、ちょっとコンビニまで行ってきます」
幼馴染みの母に声を掛けて、二人で外へ出た。
はらはらと雪が降っている。
「あ、雪降ってるね。ホワイトクリスマスだ」
「アンタと二人の時に雪降られてもねぇ」
「不満かい?俺はロマンチックだと思ったけど。ほら、寒いから」
強引に再び手を握る。寒いだけだから、と言って握り返してくる手は懐かしくてやっぱり可愛らしい。
どうにかして付き合ってた頃に戻れないだろうか……考えたけど、コンビニに着くまでには思い浮かばず。
「また来年も仲良く過ごしたいね?」
今はこの幼馴染み以上、恋人未満を楽しむことにするか──
【イブの夜】
どの女子も好きの次、二言目にはあれが欲しいだの、これをプレゼントしてだの言ってくる。
まあ社会人で稼いでるし、かわいい彼女の望みなら叶えてやりたいからいいんだけどね。
「おーい、この書類追加で頼むわ」
同僚からナイスパスが来た。今日はクリスマスイブだっていうのに残業だ。
本当に残念でならないけど、彼女にドタキャンの連絡をしなければ。プレゼントを買ってないからちょうどよかった。いい加減うんざりしていたから、あっちから振ってくれればいい。俺は仕事で書類といちゃついていた方がマシだと思う。
秒で『ごめん、残業で今日は会えない』とLINEを送ると既読だけがついてスマホは鳴らない。スルー上等だ。
黙々と仕事をこなしていると、デスクの上に置いたスマホからバイブ音がした。
彼女からか、面倒だな、と画面を見ると家が隣の幼馴染みからだった。一度は付き合って別れたが、家族ぐるみで仲が良いためたまに食事をしたりしている。
『早く帰って来い』
女子なのにスタンプなし、一言だけの命令LINE。幼馴染みらしいとくすりと笑う。
ちょうど一区切りついたからこのまま帰ってしまおう……そう思って外へ出ると、幼馴染みが寒そうに缶を手にして待っていた。
「遅い」
「ごめん。ていうかいつから待ってた?」
「さっき来たところ。あげる」
ぬるくなった缶コーヒーを手渡された。嘘が下手だねぇ。そして久しぶりに誰かに物を貰った気がして笑ってしまった。
「何にやにやしてんの?」
「ふふ、プレゼントありがとう。ちょうどコーヒーが飲みたかった」
幼馴染みは「変なの」と言うとヒールを鳴らして歩き出した。
「クリスマスのディナー、作りすぎたから呼んで来てって……うちの母さんが言ってたから。ここを通ったのは偶然だから、勘違いしないでよね!」
ツンデレが完璧で余計にやけてしまう。俺にはこの缶コーヒーで充分なんだけどな。
幼馴染みの数歩後ろを追うように、足取り軽く帰路につく──そんなクリスマスイブ。
【プレゼント】
髪にヘアオイルをつけてみた。
彼が好きだと言っていたゆずの香り。ちょっとあからさまかな?好意がバレバレな気がしない?でも気づいてもらえないと意味がない。
「はよ」
「あ、おはよう」
学校の昇降口でばったり会って、いつも通り挨拶をした。
「なんかいい匂いすんな?髪?」
彼は鼻を髪に近づけて香りの正体を確かめようとする。恥ずかしい!
「そ、そうよ。乾燥するし、ヘアオイルとかいいかなって」
「ふーん」
「ちょ、何よ、ふーんとは!」
興味無さそうな態度に少し腹が立った。
別に頼まれてないけど、彼の好きな香りに寄せたのに……私ばっかり馬鹿みたい。
「それ、ゆずだろ?」
「そうだけど?」
「俺、ゆずも好きだけど、椿の方が好きだから」
私の顔を見て照れくさそうに言う彼。自分の名前を呼ばれてドキッとした。
「くっ、口説いてるの?」
「そうだけど」
手首を掴まれもう逃げられない。
どうしよう……これはもうストレートに「私も好き」って言っちゃった方がいいの?
【ゆずの香り】