変わらないものはない
栴檀草を避けて、田畑を縫って進む。
これが帰郷なんだって。
大人になったように装う私を
幼少の自我は簡単に見破るだろうか。
一緒に逃げ込もうよ、世界の規模を知らなかった
不特定多数の評価も無かったあの場所へ。
それは古びた商業施設の一角、衣類フロアの片隅にあった。
遊具とブラウン管、プラスチックの柵
小さな汽車はワンコインで冒険ができた
がたがたと揺れながら移り変わる景色は鮮やかで
作り物の汽笛さえ、「今」の謳歌には十分だった。
画質の落ちた記憶は、そんな些細な遊び場の
わずかな埃臭さと一緒に散らばっている
失われていくのだ
生まれながら、改められながら。
肥大化した社会は無数の無関心となって
半端な人道で正義を履き違えた他人が
誰かの人生に許可なく登場しては捌けていく
何となく気に入らなければ、去り際に刺すことだって厭わない。
空虚な数字に首を絞められて
躾に慣れた者は世代に潰されていく
何を取り入れて、何から距離を取って
どんな言葉を胸に仕舞うのか
どんな言葉に個々の尊厳が攫われてしまうのか
入れ子の核は知っている。
有無を言わさず時間は流れていくから
無数に始まる世の入れ替わりを新陳代謝と言うなら
見失ったまま飲まれていく様を、もう直視できなくなって飛び降りる前に
手遅れで、間に合わなくなる前に。
戻れないあの頃に見習って
戻らせない恩恵に甘えて
馬鹿にされるくらい今を見よう。
自分にしか愛せない変遷と手を繋いでいよう。
クリスマスの過ごし方
ほどよく暖まった布団の中で
もぞもぞして
家があることのありがたみを噛み締めていた
昨日までの暴風は止んで
ようやく鈴の音も聞こえるようになった
「サンタ来ないし、もう自分がなるわ」
「ふん、行ける」
新聞紙を尖らせて、テープで雑に留めただけの帽子を被ったあなたは憤慨した顔で立ち上がり、おもむろに冷蔵庫を開けた。
「値引きケーキ食おうよ」
「うまそう」
こうして救い合ってきた私たちを
神は祝福するだろうか
メリー、と言うんだから
陽気な日なんだから
「見て、いちごでかい」
「得した」
ケーキは甘い。こんな贅沢な冬はない。
勿体無いほどに喜ばしい。
生きていこうね。
毎日をお祝いしながら。
雪を待つ
冷たいなんて言っている場合ではなかった
ビル風の中で何かを探していた
人間はみんな旅人らしいから、きっと私も
動きにくいコートを着た旅人なんだろう。
何を探しているんだろう
ぬかるみのような地面がもっと
歩きやすくなって欲しいのに。
こんな泥なんか全部塗りつぶされて
一面がキャンバスのように白ければ
もっと見つけやすくなるはずなのに。
春は遠い昔のようで
しかし惰眠を貪っていれば
そのうち再会するものでもあって。
北風ばかりが吹く冬の入り口に
秋の匂いが混ざっている
惜しいことにみぞれが降り始める。
あともう少し
足跡が見えるように
凍えた心で祈っている
どうか生き先まで
泥濘に埋まりませんように。
愛を注いで
それは偶々だった
けれど愛していた
偶然が苦痛をずらした
積もった砂と埃を払うように
生き埋めのような心地から岩を退かすように
こんな時に限って
なんでも話を渡しに来るなんて。
人間が持てる言葉で一番大きな
ありがたみは何で表したらいいだろうか
愛を注いで
「もらって」
いるのだ。
心と心
動悸がしている。
この先、生きていくんだって。
みんな大人になったんだって。
未だに懐かしくなんかなくて、ずっと続いていて
昨日のように思い出す空気を
すっかり子供を卒業したみんなは「懐かしいね」と言う。
現在進行形で、その「懐かしい」を生きている私は
何年も前の湿度と光景をなぞっている。
いい加減、手放したらいいのにと
過ぎ去る時間に適応しようと必死な私がため息をつく
こんな状態で、外界に行くなんて。と
今よりよほど慎重な昔の私は
ひたすらに全てを閉じる。
垂れ目のくせして、悟ったような
少なくとも睨みに近いような目で
指定の服に身を包んだ、見覚えのある私に問われる。
答えて。
「ちゃんと」できてるの?
早熟にも思えた自我がいかに幼かったか
振袖の群れの中で思い知ってるんでしょ?
恥の渦はずっとあるんでしょ?
男女二元論からも逃げてきたんだろ?
潰しの効かない生き方で、どうにもならなくなって
ついには破滅したんだろ?
...動悸がしている。
使い古した眼鏡にぼたぼたと水滴が垂れて
声を殺していたあの時の部屋で
画面の中に縋って、くだらない言葉の無駄遣いと
ファストな繋がりにしがみついていた夜を
薄汚れた写真を見るような心地で、じわじわと思い出す。
2人の私と、2人分の本心が
諦め切れない過去の中で足を引っ張り合って
今を見る目の焦点が合わない。
もしあの日々が事故なら、きっと運び込まれている
もしあの事象が不可抗力であったなら、こんな後悔はない
2人の私が同時に口を開く。
止められない時間の中で
今を見ようと、過去を掻き分けている
水の中に落ちて溺れかけている動物のような
実体も嘘もない心中に問われているのだ
答えて。
どう生きるつもりなの?