カムパネルラ

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12/19/2024, 10:37:08 AM

気だるい朝の空気を吸い込んだ。
寒空の下をとぼとぼと歩く人々の顔は、いかにも帰りたいと言うようで。
家を出たばかりだろうに気が沈んでいる。
かくいう私もその民衆と大差ないのだが。

制服のスカートから覗く足は寒さに震え、吐く息はたちまち白く変わって空気に溶け込んでいく。
‐1℃の気温の中、学校へ行こうと家を出ただけでも偉いのに、そんな私を褒めているのか追い詰めているのか、純白の雪が降り注ぐ。
世界を美しい白銀に染めていく。

雪を見るとはしゃいでしまうのはいくつになっても変わらず、幾分か気持ちも晴れて足取りが軽くなった。
道端の草には霜が降りて、これまた清廉とした輝きをまとっている。
通り過ぎる車の音は荒々しくも軽快で、時折髪を揺らす風もここまで来るといっそ心地よいように感じられた。

そうは言ってもやはり、寒冷の空気はつんざく悲鳴のように私を貫く。
視界の端にひっそりと咲く一輪の花にでもなったかと錯覚してしまうほどの心細さである。
学校へ行っても友達なんていないのに。
授業なんてわかるはずもないのに。
非難されているようで息を震わせた。

学校はもう目の前に迫っている。
朝早くから登校する生徒たちの様子も視界に入った。
雪の上にいくつもの足跡を残しながら、私は今日も真冬の寂しさに身を包むのだった。


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『寂しさ』

11/27/2024, 9:59:15 AM

やわらかな微熱に身をつつんだ。
身体がだるいということはなく、むしろ心地よいほどの微睡みに落ちていく。

まるで夢の中にでもいるような感覚。
恋人と口付けを交わした時に似ている、甘く火照る感覚。
例え方は様々だが、そのどれもが僅かに幻想的な雰囲気をまとっている。

本当にそんな感覚なのだろうか。
隣で眠る彼を見やる。
美しい彼の顔は長い睫毛が目を引く。
ゆっくりと顔を近づければ、彼を起こさないよう控えめに口付ける。
しかし、もう慣れてしまったからだろうか、身体が火照るほどの感覚は無いように思われた。

もう一度眠ろうと寝返りを打つ。
その瞬間、後ろから抱き寄せられた。
驚いて振り返ると間髪入れずに重なる唇。
甘く、火照る感覚。
微熱は温度を上げたようで。


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『微熱』

11/25/2024, 9:51:41 AM

深夜2時過ぎ。

少年はベッドから天井のライトへ手を伸ばした。
逆光で暗くなった手の甲を見つめながら呟く。

___今日もきっと眠れないけど、どうしようか。

誰に問いかけるでもなく、ただ独り言のように。
眠たくはないけれど何とかベッドに入って早2時間、眠りにつくどころか、むしろ脳は冴えていく一方だった。
素肌が冬の夜の寒さを感じ取り手を布団の中へ戻す。
何度か寝返りを打つも、やはり眠れる気配はない。

仕方なくベッドを出て本棚へと近寄る。
少年の最近の趣味は読書だ。
眠れない夜、読書はちょうどいい暇つぶしになる。
ひと月前と比べてかなり冊数が増えた本棚の中から、特に気に入っている1冊を抜き取った。
少年が最も尊敬する作家の代表作だ。

部屋の壁に面した勉強机の椅子に腰掛け、何度目かの出だしを読み始める。





主人公は少年よりも僅かに大人びた少女。
彼女は日が沈まなければ起きることができず、生まれてからというもの実家である館の敷地から出たことがない。

冬が近づいたある日、少女は月明かりの下でマフラーとセーターを編むことにした。
毎晩月光に照らされながら少女が日々の想いを語っていく物語であり、館の中の世界しか知らない少女の願いや葛藤が伺える。
少女は起きている間中ひたすらに編み続け、本格的に冬が来る前に編み終えることができると、それを同じ館に住む少年に贈った。

数日後の少年の誕生日、少年は少女から贈られたセーターを身につけ少女の前に現れる。
少年はマフラーを少女の首に優しく巻き付けると、少女の手を取って言う。

「外に行こう」

少女は驚きと遠慮で狼狽えるが、少年に手を引かれ、ついに外の世界へと足を踏み出す。
2人は一晩中、思う存分街を歩き回った。





少年はゆっくりと本を閉じる。
ふと時計に目をやれば、針は午前5時過ぎを指していた。

その瞬間、部屋の扉をノックする音が響く。

___はい。

少年が返事をすると扉が開き、1人の女性が顔を覗かせた。

「まだ起きてるの?そろそろ寝ないとなんじゃない?」

___姉さん。そうだね、もう寝るよ。

本を棚にしまおうと立ち上がると、姉さんと呼ばれた女性は少年の手元の本に目をやった。

「またその本読んでるの?本当に好きね」

女性がくすくすと笑えば少年が答える。

___当たり前だろ。姉さんの書く小説は他のどの小説よりも傑作だよ。新作の執筆は順調?

「ええ、こんな近くに一番のファンが居てくれてるおかげで、今回も良い話が書けそうよ。…それよりも、ねえ、そのセーター、もうボロボロじゃない」

女性の言葉を聞いて驚いたと言わんばかりに自分の服装を見ると、確かにところどころほつれてとても綺麗とは言えない。

___そうだね。もう5年も使ってるし、かなり小さいよ。

「新しいのを編んであげる。来月誕生日でしょ、それまでに仕上げるわね」

___そんな、姉さんは執筆で忙しいんだからいいよ。

少年は慌てて遠慮したが、女性は食い下がった。

「ずっと書いてるのも疲れるのよ。それに、これから冬だから夜が長くなるでしょ?私の時間も増えるから」

___姉さんがそう言うなら…。ありがとう。それじゃあ、僕の誕生日にはまた外へ行こう。姉さんが行きたいところに。

「ありがとう。優しくてかわいい弟が私のファンだなんて幸せよ。じゃあ、あと1時間くらいで日の出だし私はもう寝るわね。おやすみなさい」

___うん。おやすみ、姉さん。

部屋の扉が閉じ、今度こそ本を本棚に戻す。
再びベッドに潜ってみると、どうやら自分もようやく寝付けそうで、ゆっくりと微睡みに沈んでいく。
姉に貰った大切なセーターを撫でながら。


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『セーター』

11/24/2024, 9:46:30 AM

時の流れは私を待ってはくれない。
立ち止まることも、逆行することも許されない。
暗がりをただひたすらに歩き続けるだけだ。



冷え込んだ夜のロンドンを、一人の少女が歩いていた。
15、6歳ほどの見目麗しい少女だ。
背丈の割に大きなコートを身にまとった少女は、冷えて赤くなった手に息をかけながら擦り合わせる。
初冬の夜の寒さに身を震わせ、とある時計屋に入っていった。

いらっしゃい、と老年の店主に声をかけられると、少女は店内を見回して言った。

___時間を巻き戻せる時計はありますか?

少女の問いに、店主は困ったように眉を下げて答える。

「すまないが、そのような時計はうちには置いていないんだよ。もっとも、そんな魔法のような時計があるとも思えないが」

___そうですか…。

悲しげに俯いた少女に店主は、どうしてそんな時計を探しているのかと問いかける。

___お母さんが病気で亡くなってしまったんです。お父さんは2年前に事故で。どうしたらいいか分からなくて。お父さんとお母さんが生きてた頃に戻りたいんです。

「それは気の毒に…。辛かっただろう、食事はどうしているんだ?」

___家に残ってた食材は使い切っちゃって、もうすぐお金も無くなるから近所に買いに行くこともできなくなっちゃう。

少女のあまりにも酷な現実に、店主は言葉を失った。
少女は続ける。

___ずっと身動きが取れないんです。暗闇を落ちていってるみたいに。そのうち地面に叩きつけられて、私も死んじゃうのかも。

店主に縋るように言葉を並べた少女。
店主は少女の頭に手を起き、ゆっくりと撫でながら語り始める。

「私は6年前に妻を亡くした。恥ずかしながら私は仕事ばかりしていてね、妻を大切にできていなかった。そのときは本当に後悔したよ。それでも妻のことは愛していたから、どうしたらいいのか分からなかった。目の前が真っ暗になった感じでね。けれど、時の流れは私を待ってはくれない。立ち止まることも、逆行することも許されない。暗がりをただひたすらに歩き続けるだけだ。だからお嬢さん、君も歩き続けるんだ。決して落ちてはいけないよ。歩き続ければいつか明るい出口が見えるのだから」

店主の言葉を静かに聞いた後、少女は涙ながらに問う。

___私、どうしたらいいですか?

「私の息子夫婦には子が無くてね、娘を欲しがってる。君さえ良ければどうだい。役所や警察には私が説明しておこう」

少女は喜びの涙を流しながら感謝を述べた。

「今日はもう遅いから寝なさい。2階の客室にベッドがあるから使うといい」

店主に促され客室に案内された少女は、疲れからかすぐにベッドに横たわった。
これからの未来に希望と安心感を抱きながら、少女の瞼はゆっくりと落ちていく。


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『落ちていく』

11/22/2024, 12:47:24 PM

湿った空気が頬を撫でる。
彼と喧嘩をして、思わず家を飛び出してきてしまった。
しかし、冬の始まり、しかも雨上がりの夜の空気は、コートも持たずに出てきた今の私にとっては冷たすぎた。

彼と付き合って5年になるけれど、こんな大喧嘩をしたのは初めてだった。
始まりはカップルならよくある些細なことだったが、私も彼も引くに引けなくなって。
私は思ってもないことを散々口走ってしまった。
彼の驚いたような、傷ついたような表情に気づいていたのに、それでも私は謝ることをしなかった。
完全に私が言いすぎてしまったこの喧嘩、今更謝るのは彼にとっては腹立たしいことだろうか。

それでも、寒空の下に震える私をどうか嘲笑ってほしい。
愚かだと。
滑稽だと。
そしてどうか、抱き締めて許してほしい。
しかし、そんな傲慢な願いは冬の湿った空気に溶け込んだ。

もう、別れてしまうのだろうか。
そう思うと、涙がとめどなく溢れ出てきた。
どんなに酷いことを言っても、彼を好きな気持ちに嘘は無い。

___別れたく、ないな。

気づけばそう呟いていた。

その瞬間、柔らかな布が肩にかけられると共に、思い切り抱き寄せられた。

「俺も別れたくないよ」

聞き慣れた優しい声、だけど、震えている。
大好きな彼が私を抱き締めている。

「ごめん、本当にごめん。離れたくない」

___私も、ごめんなさい。大好きだよ。

お互いに涙を流しながら、雲が流れ星が輝き始めた冬の夜空の下で愛を伝え合う。
暖かくて、幸せな時間。

「もう二度と涙を流させないって誓うから、どうか俺と結婚してくれませんか」

___よろしくお願いします。

体を寄せ合い、額をくっつけて微笑み合う。
私たちは今日、夫婦になった。


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『夫婦』

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