カムパネルラ

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深夜2時過ぎ。

少年はベッドから天井のライトへ手を伸ばした。
逆光で暗くなった手の甲を見つめながら呟く。

___今日もきっと眠れないけど、どうしようか。

誰に問いかけるでもなく、ただ独り言のように。
眠たくはないけれど何とかベッドに入って早2時間、眠りにつくどころか、むしろ脳は冴えていく一方だった。
素肌が冬の夜の寒さを感じ取り手を布団の中へ戻す。
何度か寝返りを打つも、やはり眠れる気配はない。

仕方なくベッドを出て本棚へと近寄る。
少年の最近の趣味は読書だ。
眠れない夜、読書はちょうどいい暇つぶしになる。
ひと月前と比べてかなり冊数が増えた本棚の中から、特に気に入っている1冊を抜き取った。
少年が最も尊敬する作家の代表作だ。

部屋の壁に面した勉強机の椅子に腰掛け、何度目かの出だしを読み始める。





主人公は少年よりも僅かに大人びた少女。
彼女は日が沈まなければ起きることができず、生まれてからというもの実家である館の敷地から出たことがない。

冬が近づいたある日、少女は月明かりの下でマフラーとセーターを編むことにした。
毎晩月光に照らされながら少女が日々の想いを語っていく物語であり、館の中の世界しか知らない少女の願いや葛藤が伺える。
少女は起きている間中ひたすらに編み続け、本格的に冬が来る前に編み終えることができると、それを同じ館に住む少年に贈った。

数日後の少年の誕生日、少年は少女から贈られたセーターを身につけ少女の前に現れる。
少年はマフラーを少女の首に優しく巻き付けると、少女の手を取って言う。

「外に行こう」

少女は驚きと遠慮で狼狽えるが、少年に手を引かれ、ついに外の世界へと足を踏み出す。
2人は一晩中、思う存分街を歩き回った。





少年はゆっくりと本を閉じる。
ふと時計に目をやれば、針は午前5時過ぎを指していた。

その瞬間、部屋の扉をノックする音が響く。

___はい。

少年が返事をすると扉が開き、1人の女性が顔を覗かせた。

「まだ起きてるの?そろそろ寝ないとなんじゃない?」

___姉さん。そうだね、もう寝るよ。

本を棚にしまおうと立ち上がると、姉さんと呼ばれた女性は少年の手元の本に目をやった。

「またその本読んでるの?本当に好きね」

女性がくすくすと笑えば少年が答える。

___当たり前だろ。姉さんの書く小説は他のどの小説よりも傑作だよ。新作の執筆は順調?

「ええ、こんな近くに一番のファンが居てくれてるおかげで、今回も良い話が書けそうよ。…それよりも、ねえ、そのセーター、もうボロボロじゃない」

女性の言葉を聞いて驚いたと言わんばかりに自分の服装を見ると、確かにところどころほつれてとても綺麗とは言えない。

___そうだね。もう5年も使ってるし、かなり小さいよ。

「新しいのを編んであげる。来月誕生日でしょ、それまでに仕上げるわね」

___そんな、姉さんは執筆で忙しいんだからいいよ。

少年は慌てて遠慮したが、女性は食い下がった。

「ずっと書いてるのも疲れるのよ。それに、これから冬だから夜が長くなるでしょ?私の時間も増えるから」

___姉さんがそう言うなら…。ありがとう。それじゃあ、僕の誕生日にはまた外へ行こう。姉さんが行きたいところに。

「ありがとう。優しくてかわいい弟が私のファンだなんて幸せよ。じゃあ、あと1時間くらいで日の出だし私はもう寝るわね。おやすみなさい」

___うん。おやすみ、姉さん。

部屋の扉が閉じ、今度こそ本を本棚に戻す。
再びベッドに潜ってみると、どうやら自分もようやく寝付けそうで、ゆっくりと微睡みに沈んでいく。
姉に貰った大切なセーターを撫でながら。


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『セーター』

11/25/2024, 9:51:41 AM