『冒険』
これもまた、小学生の頃の話になる。この話で学んだことは一つだけ。
変な場所に、足を踏み入れないでおこう。ということだ。
その日の帰り、俺はいつものようにランドセルの中に教科書を詰め込んで家に帰宅しようとすると、太一が話しかけてきた。
「なぁ、裏山で遊ぼうぜ」
ニコニコしながら言う太一を尻目に、俺は家に帰る準備をしながら話す。
「……裏山ってあそこの?なんか婆ちゃん爺ちゃんにバケモン出るとかなんとか聞いたことあるような…」
そう言う俺の言葉に更にニヤケ顔になる太一。
俺が住んでる田舎の裏庭には、テンテン様と呼ばれる、身体中に黒い点々の模様がある白い人型の化け物が潜んでいるみたいで、裏庭に入った人間を襲って食べたり、ただただ食べないのにも関わらず襲ってきたりと、本当に残虐なモンスターだ。様…をつける意味がよく分からないが、山神の一種だったりするんだろうか?なんてことを、小学生なりに考えてると、太一が俺の机に怪異一覧という本を買ってきた。
「ん、なにこれ?」
「これ、本屋で買ったやつ。でさ、なんか俺らの県内さ、怪異が多いみたいでさ。やばくね?怪異多いってのは」
ページをペラペラ見ると、人型だったり、よく分からないデカイモンスターだったり、物に化けた擬態型だったりと、様々な怪物がいるが、一番やばいと思ったのが、右上に書いてある出没場所で、殆どが俺が住む県内だった。
「まじかよ…確かにほぼ俺らの住んでるとこじゃねぇか……」
「な!でさ、前の川辺で触った綺麗なヤツのこと覚えてるか?」
「あぁあれね。死ぬかと思ったよまじで。ほんとお前いなかったら危なかった」
詳しくは前に書いた『クリスタル』を読んで下さい。
「あん時のお前ビービーギャーギャー泣いてたよな〜!マジでウケるわw」
クスクス笑う太一の頭をスパンと叩く。
「お前に助けてもらって本当によかったよ……でもな!あんなの見たら普通泣くから!!!」
と強めに反論する。
「それにさ、もうあんな目に合うのはこりごりなんだよ…次こそ不安症の父さんにブチ切れられる。
……前も結構怒られたのに」
「まぁまぁ良いじゃねぇかよ。青春だろ?楽しもうぜお互!」
そう言って、俺の腕をガシッと掴んで引っ張る太一。あの一件からか、コイツは多少オカルトマンになったような気がする…いや、オカルトってよりかは、危険好きな馬鹿って気もするが。
学校から裏山はそう遠くは無い。十五分も歩けばすぐに辿り着く所にある。この裏山は昼間なのに薄暗くて不気味な場所だ。そのくせに美味しいキノコが沢山生えてたりする。まぁ、しいたけとかまいたけとかエリンギとか苦手なんだけどさ。
二人で裏山に入る前に、俺は太一に何度も言った。
「化け物が出たら、マジで早く逃げるからな!」
クリスタルの件で、俺は少しビビりになってたかもしれない。
「分かってるっつーのビビり。ほら、早く行くぞ」
太一が臆することなく裏山の道を歩いていく。太一の後ろを内心ビクビクしながらついて行く俺。
裏山を少し歩くと、木が鬱蒼とした所にたどり着く。辺りは鳥のさえずりや、風で木々が揺れる音が聞こえてくる。この周囲の音が、まだ昼間なんだなということを認識させてくれるため、安心できる。
しかし!問題なのは光だ。鬱蒼とした森の中は、とてつもなく暗かった。光が木々の隙間から差し込んではいるけれど、それでも薄ぐらい。
「あーもう、まじで帰りてぇよ……」
「じゃあ帰って石でもひろってろよ」
「うるせーよ馬鹿。つーかお前石拾いん時のやつトラウマになってないのかよ」
「まぁなってはないけど…石拾うって行為はもう二度としないとは決めたよ」
「まぁそうだろうけどさ……」
何気ない会話をしていると、目の前に二本に分かれた道がある。二手に別れる?と言われたが、思い切り無理と断って、二人で一緒により薄暗そうな道を進むことにした。
もう正直、この時点でビビってはいたんだけど、奥へ行くとマジでやばいもんだらけでビックリした。
なんか、看板見たいのが立ててあった。この先、熊出没注意って。え!?熊出んの!?怪異以前に危なくね!?って太一が少し焦っていた。
太一が後ろを振り向いて行くかどうか提案してくる。
「このまま進んだらテンテンに食われるより先に熊に食われるよなぁ…どうする?行く?」
行くわけないだろと断るいいチャンスだ。
俺がそう言いかけたその時だった。向こうから、なにかが近付いてくるのが分かった。
「……どうした?」
太一も前を向く。すると、ビクッとだけ体が動いて、それを二人で凝視する。
徐々に近づいてくるそれをマジマジと見ていると、太一が震えながら声をだす。
「あれ…テンテンさまじゃね……?」
薄暗いので、もっともっと目を凝らす。
真っ白い体に黒い斑点模様が沢山ついており、異様に腕が長い。身長もクソ高くて、ニメートルはゆうに超えているようだった。
ぶらんぶらん、細い腕をゆらしながら、それが俺達のところに近づいてくる。
太一はそーっと後ろに下がる。
「おぃ…ここで走って逃げたら…多分追いかけてくるよな……」
また一歩、二人でゆっくり後ろに下がる。
すると突然、ソイツが獣だか人間だかの入り交じった気持ちの悪い雄叫びを上げて、俺達の所へ全力疾走してきた!!
「うわぁぁあぁぁぁぁぁぁあ!!!!!!!」
俺と太一はもう大パニックになり、俺達はすぐさま逃げ出した。後ろからドスドスと追いかけてくるソイツにもう全身身震いが止まらなかった。それでも、焦って焦って、転んでもすぐに立って走った。
すると、太一が足を滑らせてしまって、思いっきり転んでしまう。
「い…いで……」
後ろのやつはどんどん追いかけてくる。あぁどうしよう!!!来てる来てる!!
転んだ衝撃で上手に立ち上がれない太一。どんどんアイツが迫ってきている。
ここで逃げたい気持ちの方が勝っちゃってる俺は、早く立てというが、中々立てない。足を挫けてしまったようだ。
「もーーー!!!クソー!!!!」
太一を担いで降りるのは絶対に無理だと悟った俺は、ランドセルを片手でぶん回して、そいつと戦うことにした。
「は!?おい!!気狂ってんのかお前!!なんしてんだよ!!!」
「やるんだよ!やらなきゃやられる!!」
「馬鹿か!!勝てるわけねぇだろ!!俺の事引きずってでもいいから早く逃げろっての!!」
明らかに負けは見えてるが、転んでる太一を後ろにして、やけくそでその化け物に立ち向かう。太一はやめろ!!死ぬぞ!!とか叫んでいたが、もうあとは無い。
「俺が食われてる間になんとかして逃げろよ!」
「んなことできるわけ……」
もう化け物は目と鼻の先にいた。く、来る!!!
覚悟を決めた俺は更に煽る。
「俺から食いに来い!!!!モンスターが!!!!」
「馬鹿!!おい!!やめろ!!!!」
そう言う太一を無視して、俺は煽る。プルプル小刻みに震える足、心臓の音が張り裂けそうなくらいの爆音で、脳がクラクラしてくる。
舌を噛んで、目の前のそれにしっかり睨みつける。
その化け物が俺達に追い付いた途端、俺の目の前まで来て、俺達を上から睨んでいた。
目玉が異様にでかく、口がない。斑点模様だと思ってたものは、コイツの穴ぼこだった。もう、怖すぎて漏らしかけそうになるくらい、ソイツの見た目は強烈だった。
怖すぎて声が出ないが、拳に力を込めて自分の胸を強く叩く。咳き込んで、ソイツに堂々と喧嘩を売る。
「やるなら俺からだからな!!!!!ほら!!!!食ってみろ!!!!!」
「遥輝ッ!!!!!!」
ランドセルをぶん回していると、ソイツが俺の前になにか差し出してきた。
……なんだ?と、見つめていると、ソイツの掌からは潰れた空き缶の破片が現れた。
「……へ?」
なにこれ?って顔で見てると、そいつが
『…………ヨゴスナ』
女とも、男ともとれないその声で、俺に言った。
俺は怖すぎて、なんて言い返したらいいか分からなかったから、とりあえず必死に謝った。
「ごごごごごごめんなさい!!ごめんなさいまじで!!掃除します!!ボランティアに参加します!!!ゴミ片付けます!!!!」
とペコペコ謝りまくった。もう、怖くて涙が出てきた。ソイツが俺達の事を少し睨んだ後、後ろを向いてそのまま森の中へと消えていった。
「……よ…よかっ…たぁぁああ……」
その場でへばりつく俺を尻目に、太一は足を痛そうに抑えて運んでくれと言う。
とりあえず、太一をおんぶしてやって、山を降りた。右足を捻挫したみたいで、そのせいであの時立てなかったらしい。
「いやー…足ひねった時は死ぬかと思った」
「俺もあ、コイツ死んだわって思ったよ」
「なんじゃそら……」
「でも助けてやったろ?」
「まぁ助けたというよりも…奇跡的に生き残れた感じだろ」
そう言うと太一がボソボソと呟く。
「いや…でも…お前が助けてくれたのは嬉しかったよ……マジでそれはありがと……」
照れくさそうに言う太一に、俺は少し喜んだ。これで、石拾いの時の借りは返せたかなって。
それにしてもあのテンテン様…僕達にゴミを見せたかと思えば汚すなって急に言ってきたな。やっぱり、アレは山の神様なのかもしれない。
好き勝手にゴミを置いていく奴を許せず、だから人を襲う。神様なりのお怒りなのかもしれない。
俺は、ボランティアでゴミ拾いに参加しようと太一に言った。太一は頷く。
「じゃないとやばいしな。約束しちまったし」
「……だな」
二人で爆笑して、その日は解散した。
太一を背負っていたため夕方六時頃に家に着く。帰る時間が遅すぎたため、父さんが玄関で待ち構えていた。
どこで遊んだ?と尋問する父さんに、太一がしぶしぶ答えると、また太一と一緒にお寺に行くことになった。
いつもの住職に、事情を説明し、お祓いをしてもらうことに。
そして、住職は言う。
「テンテン様が危険だと言われているのは我々がやってきた山での所業のせいだ。一年に数回はボランティアでごみ拾いをしてなんとかおさめているが、それでもお怒りなのには変わりは無い…不法投棄を森の奥でおこなった輩は全員行方不明だよ」
一応住職は、テンテン様には取り憑かれていないと言われた。子供で、しかもゴミを捨てている訳でもないため、襲う必要も無かったのだろうと考察していた。
そして、帰り際に住職は
「子供だけで森の中には行くな」
と言ってきた。
まじでご最もですと、二人は住職に頭を下げた。
『届いて.....』
悲しみを乗り越なきゃいけない。いつまでもこの気持ちを引きづっていては、前を向いて歩くことが出来ない。
それは、わかっているんだ。それでも、自分は過去ばかり見つめている。
兄さんに、会いたい。
兄さんは、本当に良い人だった。凄く優しくてカッコイイし、他人想いで誰彼構わず気軽なく喋る。そのフレンドリーな性格から、周囲の人は常に兄さんを慕う人達でいっぱいだった。
一方、僕はというと…兄さんとは対照的な性格で、目立つことを嫌い、あまり人前で話せない。友達を作りたいと思わず、休日は家で勉強ばかり。
兄と弟で、こんなにも差が出てしまい、両親はこんな暗い子供よりも、兄さんの方ばかり構っていた。でも、兄さんを妬む気持ちはこれっぽっちもなかった。
兄さんは、僕に優しくしてくれた。僕が悲しい時にはなんか頭を豪快に撫でてくれたり、よく僕と一緒に遊んでくれた。とにかく、兄さんは僕を構いっぱなしだったし、皆にも自慢の弟だとかなんとか言ってたらしい。
そんな兄さんが、亡くなった。
人身事故で、即死だったらしい。
飛び出した子を助けるために、兄さんは犠牲になった。兄さんが死んでたった一年で家庭は崩壊した。母親は兄さんが死んでから鬱病になって、よく父さんと言い合いをしていた。
喧嘩の声がうるさくて、自分の耳を塞いでいた。
結果的に両親は離婚して、僕の押付けあいをした結果、母さんの方に行くことが決まった。
母さんは決まって、僕に言う。
「……なんで…蓮なのよ……」
ごめんなさい。本当に、ごめんなさい。それは、僕も、ずっとずっと思ってたんだ。
なんで兄さんなんだろうって…ずっと思ってた。神様は、本当に不公平だ。僕みたいな奴を殺さないで、善人を殺していくんだもの。
胸の奥の芯が、崩れて溶けていくような感覚がした。立っていられるのもやっとで、辛くて、苦しくて、耐えられない悲しみが、自分を襲う。
涙が溢れてくる。
兄さん、ごめんなさい。
僕が代わりに生きていて、ごめんなさい。
沢山泣いて、次の日、目がパンパンの状態で学校へ向かう道中、同級生の田中が話しかけてきた。
「目どうした?なんかあったん?」
「……泣いた」
「泣いたァ?ははは!感動映画でも見た?」
「ううん、兄さんのこと…考えてたら……」
僕がそう言うと、田中は黙った。気まずい雰囲気が流れたあと、田中がまた口を開く。
「……お前の兄貴…優しくてかっこいいよな。好きだったよ、俺」
「……うん」
「……まさかさ、自分が死ねばなんて考えてないよな」
「……」
ドンピシャで当てられて、何も言い返せなかった。黙っていると、田中が僕の肩に手を乗せて優しい表情で励ましてくれた。
「…お前が元気だと、兄貴も喜んでくれるよ」
田中がにこりと笑う。
「……うん」
「あ、そうだ」
田中が何かを思い出して、ランドセルのカバンから本を取り出す。
「俺が借りたさ、この都市伝説まとめの本に書いてあるやつ、やってみたら?」
「え?」
田中が言うには、自分が最も親しい人間に手紙を書くことであの世に旅立ってしまった大切な人に読んでもらえるといったものらしい。はっきり言って、バカバカしいのはわかってる。
でも、あの時の僕は心に余裕がなかった上に、小学生だったからそれを本気で信じたんだ。
「こんなの嘘くさいけど…でも、手紙を書くのはいい事だと思う。兄貴が見るか見ないか関係なしにさ」
にかりと笑う田中を見て、僕も微笑む。僕は、すごく優しい友人を持てて幸せだと思った。
そして、その夜。兄貴に向けて手紙を書いていると、母さんが帰宅してきた。
「あ、おかえり……」
「……寝てないの」
「うん…手紙書いてたの……」
「……誰に?」
「…えっと……兄…さんに……」
「は?」
「……兄さんに…向けて……」
「は?」
母さんは、何故かブチ切れていた。僕は、そんな母さんに睨めてすごく怖かった。でも、丁寧に、慎重に刺激しないように母さんに兄さんに手紙を書いて、想いを届けたいという気持ちを伝えると、母さんは僕のことをおもいっきりビンタしてきた。
「……!」
母さんは悲しい顔をしつつ、眉間に皺を寄せながら僕に怒鳴りつける。
「ふざけないで!!!死んだ人に手紙なんて伝わるわけないでしょ!!!私や蓮を馬鹿にしてるの!?」
僕は頬を抑えて、涙を流す。
「……違うよ…僕…ただ……」
僕がまたなにか言おうとする前に、母さんは机に書いた僕の手紙を目の前でビリビリに破いてしまった。
「あぁ!!!」
そして、その手紙がゴミ箱へ落ちていく。
「……こんな…手紙書いたところで…蓮は…もぅ…」
母さんは涙を流していた。僕は、そのまま自分の部屋に戻った。いくらなんでも、手紙を破るなんて酷いよ。部屋で一人、大粒の涙を僕は流していた。拭っても拭っても溢れ出てくる涙にうんざりしながら、僕は体育座りで俯く。
兄さんに…会いたい。
その夜。誰もいないリビングに誰かが忍び寄る。
突如!煙と一緒に洗われたのは死神だった。
「呼ばれて飛び出でジャジャジャジャーン!!って言っても、誰も読んでナッシング」
ノリノリな死神が現れた。死神はごみ箱に捨てられた手紙を見つけると、指でパチンと音を立てる。
すると、破れた手紙が元に戻っていく。
「よーし!キレイになった。あとは…封筒だな!サービスサービス」
そう言って、ポケットにある水色の紙をパパパッと折って封筒を作る死神。綺麗にできた封筒に、悠斗の手紙を入れる。
「よし!増田蓮にお届けしよう!」
そう言って、ヘッドホンをつける死神。また指をパチンと鳴らし、瞬間移動をする。
着いた先は天国で、一面花畑の場所だった。そこで、死んだ人達が花に水やりをしており、剪定や、木の実を収穫している。
収穫した木の実は天使達や死神達のご馳走となる。そんな場所、花畑に蓮がいた。死神は早速蓮の近くまで行き、剪定を辞めるよう促す。
「コンコンコーン、増田蓮にお届けものだぜ!!この手紙は君の弟、増田悠斗が書いたものさ」
蓮は目を見開いてびっくりする。
「悠斗が俺に書いてくれたの!?!?」
蓮は喜びの表情いっぱいで手紙を開けて、内容を読む。
兄さんへ。
兄さんがいなくなってから、毎日さびしい。
ボクはがんばっているけれど、やっぱり苦しいし、悲しい。
やっぱり兄さんがいないと辛い。
でもね、学校では田中がボクにやさしくしてくれるよ。
いっしょに話したり、遊んだりしてる。
だから、僕はなんとかがんばれてる。
本当は、たまにいやなやつが、いやなことをしてくる時もあるけど、それでも田中くんがいてくれるから、平気だよ。
母さんと父さんはりこんしちゃって、母さんはすごくさびしそうです。
兄さんの写真を夜に見てるとき、泣いてることがあります。
そのあとは、ボクにすごくきつくなる。
母さんも、つらいんだと思う。
会いたい。兄さんに、また会いたい。
すごくさびしいけど、また、兄さんといっしょに遊びたい。
兄さん、大すきだよ。
ボクはちゃんとがんばります。
だから、そっちから見ててほしい。
ゆうとより。
蓮は、震える手で手紙を持ったまま、しばらく動けずにいた。
文字の一つひとつが、あの素直で不器用な声で聞こえてくる気がして、胸が張り裂けそうになる。
堰を切ったように、涙が頬を伝い落ちた。
ぼたぼたと、地面に落ちていくその雫は、ただの悲しみではなかった。
寂しさ、悔しさ、そして、それでも生きようとしてくれている、弟の小さな決意。
手紙をギュッと握りしめる。
「……頑張ってるんだな……悠斗……」
両親が離婚して、悠斗の心はとても辛いはずなのに、それでもなんとか頑張ろうとしている。
そんな悠斗を今すぐにでも、頭を思いっきり撫でてやりたい。頑張ってるんだなって、沢山伝えたいし、褒めてやりたい。
その強い想いが、蓮の胸に灯った。
「ごめんな……傍に…いてられなくて……」
涙を流す蓮を見て、死神が少し考えて、提案する。
「なぁ、弟に会いたい?」
「……え?」
キョトンする蓮に、死神は話を続ける。
「俺の仕事ってよ、アンタらに手紙を届ける仕事なんだよ。で、まぁこれが結構めんどくさくてな〜!!お前の弟もそうだったんだが、めっちゃビリビリに破って捨ててあったんだよ」
「えぇッ!?!?!?」
「で、まぁ俺が復活させてー、んでまぁ封筒作ってあげてやったみたいな感じなんだけどね」
蓮は驚いた。まさかこの手紙が元はビリビリの状態だったとは。自分で破ったのか?それともなにかあったのか?色んなハテナが浮かぶ中、死神に質問せずにはいられなかった。
「な、なんでビリビリになってたんですか…その…悠斗の書いた手紙は……」
「……アンタの所の両親。母親?が弟の手紙破ったんだよ。で、ゴミ箱にポイ状態」
蓮は、深く悲しんだ。なぜ、そんな事が出来るんだ。弟が頑張って書いてくれたこの手紙を…なんで、蔑ろにするんだ。
深く憤りを感じていると、死神がポンっと背中を叩く。
「でだ!俺の仕事代わりに請け負ってくれるなら会わせてやるけどどうだよ?」
「え!?!?ホントですか!!」
蓮は、興奮しながら死神の形を揺さぶる。
「貴方の仕事をすれば!!!悠斗に会えるんですか!!!」
「ま、まぁ…会える時間は限られてるし、会う人間は1人だけってのもあるけど……それでもいいかな?」
母親や父親には、会えないのか。彼女にも。友人達にも。少し、黙るが、一番の心残りは悠斗だ。悠斗にさえ、会えれば、俺はそれで構わない。
俺が頷くと、死神がめっちゃ喜んで花を空に撒き散らした。
「うわっほーい!!実は現世旅行したくてね!!仕事でしか現世に行ってないけどプライベートで行ってみたかったんだよね〜。ゆっくりするぜ!!」
そう言っていつの間にかアロハシャツを着ている死神。
会えるんだ、悠斗に。抑えきれない喜びと、緊張に胸を抑えていると、死神が急に真面目な顔をして問いかけてきた。
「…言うのを忘れていたが、弟に会い終わった後に母親に会おうなんて考えるなよ。どちから1人だけだ。会うならな。
お前を産んだ母親か…お前にわざわざ手紙を書いてくれた可愛い弟か……」
俺は、即返答した。
「弟だ。俺は弟に会いたい」
死神が本当に?と聞いていて、俺は頷いた。
「…母さんにも会いたいという気持ちはあるよ。生前は自分のことを沢山愛してくれた人だから。俺も母さんのことは大好きだったし……。
それでも…俺は悠斗に会いたい。その気持ちは、本当だ」
「……弟思いの、優しい兄貴め」
ニヤリと死神が笑い、サングラスをかけて、ヘッドホンを装着すると、指をパチンと鳴らした。
目を開けると、そこは悠斗の部屋の前だった。
「ほら、着いたよ。俺ここで待ってるから」
静かにドアを開ける。
そこには、ベッドで眠る悠斗の姿が。涙の跡がベッドに腰を下ろし、悠斗の顔を見る。悠斗の目の近くには、涙の跡がある。
「…少し、身長…伸びたな」
そう言って微笑む蓮。つい、悠斗の頭を撫でる。
悠斗はふと、まぶたの重さが抜けるように目を覚ました。
目をこすりながら、ぼんやりと天井を見上げる。まだ夢の中にいるような気分。
部屋の空気は静かで、けれど、どこか違和感があった。
視線を横に向けたその瞬間、ベッドのそばには見慣れた人影があった。
「え……な……なん……で?え……????」
困惑する悠斗にニコリと笑う。
「逢いに来たんだ」
その声、その顔、その優しい笑顔。
「に…兄さん……!!!!!」
毛布を押しのけて、弟は飛びつくように兄に抱きついた。小さな腕で必死にしがみつく。心臓が壊れそうなほど、ドクドクと鳴っていた。
目からぼろぼろと涙がこぼれる。
夢かもしれないとわかっていても、そんなことどうでもよかった。
兄さんに会えた。会えたんだ。嬉しい、凄く、凄く嬉しい……!!
「会いたかった…ずっと…会いたかったよ…兄さん……」
「……はは、俺もさ。悠斗」
蓮は静かに悠斗を優しく抱きしめ返す。
「お前が頑張ってるって…手紙を読んだんだ」
「え…でも…手紙は……」
「例え破ったとしても、お前の気持ちが手紙として俺に届いたんだ。ありがとう、悠斗」
悠斗はホッとして、胸を撫で下ろす。
「……よかった…」
「……手紙を見て、泣いちゃったよ、俺」
「…え、泣いちゃったの…?」
「あぁ…悠斗が頑張ってるってわかって…それで…」
悠斗の頭を何度も何度も撫でる。
「…ほんとに偉いな…悠斗は。
お前は、俺の自慢の弟だよ…世界一」
涙をこらえる蓮と、涙を流して喜ぶ悠斗。二人の兄弟の絆は、確かなものだった。
すると、死に神がドアから手だけを出して、もうすぐ時間切れだと腕時計を指して言う。
「行かなきゃ」
悠斗を離して、じゃあなという蓮。悠斗は、やっぱり嫌がっていた。
「やだ……行かないで……お願い、もう少しいてよ……」
「……悠斗。俺も、ずっとお前と一緒にいたいよ。けど、そろそろ戻らなきゃいけないんだ」
「……なんで……もう一度会えたのに……」
「お前が“がんばる”って言ってくれたから、会えたんだよ。だから、その約束、守ってくれよな」
「……さびしいよ……ひとりはこわいよ……」
「……」
悠斗は涙をポロポロと流していた。そんな悠斗を、強く、優しく抱きしめる。
「……ありがとう。会えてよかった。……ほんとに、よかった」
蓮の顔は涙で溢れていた。そんな顔を見て、強く抱き締めながら泣く悠斗。
ありがとう。
兄さん。
月夜と一緒に、兄さんは儚く消えた。
僕は、今高校生だ。兄さんよりも、歳上になってしまったけれど、それでも毎日頑張っている。
母さんは、少しだけ…良くなってきた気がする。少なくとも小学生の頃よりは僕を見てくれている。
田中とも未だに仲良くしている。前に、俺の顔を見て兄貴に似てきたなと言われたのを今でも覚えている。
それが、とても嬉しかった。
優しくて、暖かくて、周りの人間を笑顔にしてきたにいさんのように、僕もなりたい。
僕は今でも兄さんに手紙を書いている。
読んでいるかは、聞けないから分からないけど……でも、多分読んでくれていると思う。
どうか見守っていて欲しい。
良くなっていく僕の未来を。兄さんの分、精一杯生きるから。
『願い事』
今日は、何年に一度かの流れ星の日。僕は庭に出て、夜空を見上げる。そこそこの田舎の夜は星空いっぱいで、すぐに流れ星を見つけることが出来た。
早速願いを込めようとする僕に、星は語りかけてくる。
「願いを叶えるには代償が必要だよ。それを…本当にわかっているんだよね」
キラキラ輝く星々が、僕を見つめている気がした。
「君の心は…太陽のように暖かく、とても心地がいい。本当は…君にいなくなって欲しくないと、僕達は思っている」
続けて星は僕に忠告をする。
「しかし…それでも君が流れ星に願いを込める時、その願は叶うけれど、君への代償が必ず出てしまう。君がより、壮大な願いを込めれば込めるほど…その分代償も大きなものへと変貌してしまう」
僕は、息を飲んだ。そして、ニコリと笑って、夜空に光る流れ星に願いを込める。
三回、唱えることが出来た。星々がどよめく。
「…その願いは、本気なの?」
僕は頷いた。
「…本気だよ。僕の大好きな人…桜ちゃんの病気を、治してあげて欲しいんだ」
桜ちゃん。僕の学校の同じクラスの女の子。皆から慕われていて、とても優しくてお淑やかな子なんだ。でも、病気を患っていて、あまり学校には来ていなかった。
桜ちゃんが余命を宣告された時、学校に一度だけ遊びに来た時があった。
皆と遊んだ後、さよならをした時、皆は泣いていて、彼女は最後まで笑って手を振っていたけれど、涙を抑えきれなくて、やっぱり泣いてしまっていた。
桜ちゃんが帰る前、桜ちゃんがたまたま一人になった時、僕は伝えた。
「……あの時…転んだ時のこと…覚えてないかもしれないけど、でもあの時、僕が松本さんの前で転んでしまった時、皆は僕を馬鹿にしたけれど、君だけが何も言わず手を差し伸べてくれた。僕は、あの時すごく救われた…ありがとう」
僕が桜ちゃんにそう気持ちを伝えると、桜ちゃんは急に泣いてしまった。
「!?どっ、どうしたの…!?」
「うっ…うぅ……私……沢渡君にね…消しゴム貸してもらった時…すごく嬉しかった…困ってる私に…さり気なく貸してくれたあの時……さっ、す、すごく…嬉しかったよ……」
涙をポロポロと流す彼女を見て、自分も涙が溢れそうになった。
なんでだよ。神様って人はなんで、こういう優しい人の命を奪っていくんだよ。
「沢渡君と沢山…喋りたかった……たくさん、たくさんたくさん…喋りたかった……!」
僕は、彼女のあの悲しい顔を、忘れられなかった。
桜ちゃんが言ってくれた、あの言葉が、僕を少しだけ救ってくれたような気がした。
この時に僕は、僕よりも桜ちゃんがクラスにいた方が良いと思った。
幸いにも僕には力がある。星達とお喋りする力。そして、流れ星の日に、僕には願いを叶える力。
小さい頃から一人ぼっちの僕には、夜空の星達と色んなお喋りをしていた。
楽しかった。人間の友達なんていらない。僕には、星達だけで充分だ。
そう、思っていたけれど。
桜ちゃんが僕に手を差し伸べてくれた時、僕はあの時…桜ちゃんに恋をした。
こんな自分が、桜ちゃんの役に立てるなら。
僕の体が光に包まれていく。
「…なんてことを…!他人の病を治すだなんて願いはすごい代償を伴うんだよ!君は…!!
……君は…もう光となって消える…君の選択は、それで本当に良かったの…?」
星々達は、悲しそうな声でそう僕に語りかけてきた。
「大好きな人に、幸せになって欲しいから」
そう言うと、僕の体は光となって消えていった。
「…そっか。君の心は、本当に暖かいな」
星達はピカリと光る。
「…でも、寂しいよ」
悲しそうにそう答える星々は、より一層夜空に綺麗に輝いた。
数日後、奇跡的に病気が回復した桜ちゃんは学校に通うようになり、皆とまた楽しい日常を過ごすことになる。
しかし、クラスの一席だけずっと空いていることに気付く。
「…あれ?竹中くんは?」
皆は、誰だっけ?そいつ?という顔で喋りあった後、あー!そんなやついたな!と思い出す。
「確か行方不明だって聞いたよ。どこかに行ったって」
桜ちゃんは驚愕した。自分の知らない間に、クラスの子が行方不明だとは知らず、毎日楽しく過ごしてしまっていたから。みんなに一緒に探そうよと提案するも、みんなは首を振るばかり。
「なんで?別に良くねー?」
「いいよいいよー。だって別に喋んないし目立ったやつでもないしさー」
桜ちゃんは、その言葉に激怒する。
「なんでそういうこと言うの!!!もう知らない!!」
初めて、誰かに怒った桜ちゃん。いつも、お淑やかで温かみのある彼女の初めて怒った姿に、みんなは驚愕した。
しかし、皆が驚愕する中で、唯一褒め称える物が存在した。それが、太陽だったのだ。
太陽は、星々に桜ちゃんがどういう子か話し合った。彼が恋をしてもおかしくないような女の子だと伝える。
星々の間で彼女を話し、その夜。二度目の流星群が夜空を舞う時に、桜ちゃんは祈った。
(…沢渡君が…無事でいますように…)
必死に何日も何日も一人で夕方、暗くなるまで探し、それでも見つからないと悟った彼女は、もうお願いをするしか無かった。
(みんな…沢渡君のこと、どうでもいいって言うの。それは、おかしいはずなのに。みんな当たり前のように話していて、すごく怖かった。でも、私は沢渡君が無事でいてほしいって思う。大切なクラスの子…消しゴムを忘れたときに、さり気なく貸してくれた沢渡君。あの優しさは、今でも覚えている)
震える手で、ギュッと両手を握る。
「…お願い…神様…」
そういうと、ぴかりと一つの星が光った。
「…君も…すごく優しい子なんだねぇ……」
急に聞こえてきた、優しい声に驚いて辺りを見渡す。
「僕だよ。君を上から見ている」
優しい声が、夜空から聞こえてきた。すかさず上を見上げると、満天の星空達が、桜ちゃんに話しかけていた。
「君は、本当に優しいんだね」
「これは恋をしちゃうね」
「うんうん、」
星が喋っていることに驚いて腰を抜かしちゃう桜ちゃん。星達は彼女に真実を伝えた。
「…優輝くんは、光となって消えたんだよ」
桜ちゃんが驚いていると、星達が桜ちゃんに説明した。優輝が、桜ちゃんを想っていたこと。そして、彼女の幸せを祈っていたこと。
自分よりも、君を優先したことを。全て、桜ちゃんに伝えた。
桜ちゃんはその場で崩れて泣いていた。自分が、自分のせいで、沢渡君を…そんな…。
沢渡君は…自分がどうなろうと構わないで私を助けてくれた…そんな、優しい人の命を…私は奪った。
涙を流しながら、桜ちゃんは星達に優輝を生き返らせたいと頼む。
しかし、それはやめた方がいいと助言をする星々。
「代償を払って彼は消えたんだ…君のためを想って」
「君も、願えば代償を払うことになる。優輝と同じように消えてしまうかもしれないんだぞ」
「そんなこと、あっては欲しくない。君のような優しい子は消えるべきじゃない。優輝と同じように消えて欲しくは無い」
「…私のせいで誰かの幸せを奪いたくない。沢渡君には、生きていて欲しい!」
星達の言葉を振り切って、桜ちゃんは自分の気持ちを率直に答えた。
星達は黙り込み、流れ星に願いを込めれば、願いは叶うと彼女に伝える。
「…本当に、願うんだね」
「…うん…沢渡君に…生きていて欲しいと思うから」
流れ星に願いを込める桜ちゃん。すると、突然目の前から光が放たれた。
それと同時に、彼女の体も光り始める。
星達が、また、優しい子が消えてしまうと落胆したその時、二人共にこれまで見たことないような光り方を放った。優しい桃色の、愛のような光が、二人を包み込んでいた。
驚いている星達が、もしや!!と思い、光がおさまった瞬間、そこには優輝も桜ちゃんもいた。
優輝は、自分が元に戻ったことに驚いて、自分の体を触ったりして確かめていた。
そして、目の前には桜ちゃんがいる。
桜ちゃんは喜びのあまり、優輝のことを抱きしめる。
「よかった!よかった……生き返ってくれた……」
力強く抱きしめられた優輝の顔は真っ赤になった。
「えっ!ちょっ…な、なんで桜ちゃんが!?」
星々が驚きながら、優輝と桜ちゃんに説明する。
「…かつて、願いの奇跡はただの交換に過ぎなかった。自分の願いを祈るか、誰かのためを祈るか…関係無く、代償というものが付いていた。それは命か、怪我か、それともなんかしらの不幸か……。
願いが強ければ強いほど、代償もまた強くなり、君らのように消えてしまうものもいた。
…しかし、一度だけ。一度だけ大丈夫だった人間がいた。
それは……愛の力。
誰かを生かすために自らを犠牲にしようとした。それが二度続いたんだ…君たち二人とも、自分ではない誰かのためを想って祈ったんだ。
今、君たちの代償は愛によって清算された。
君たちは、お互いのために消えようとした。だから、君達は無事なんだ」
「………愛……」
優輝は照れくさそうに下を向く。そんな彼を、桜ちゃんは見つめていた。
煌めく夜空の下で、少しの沈黙が続く。星達は、どちらが先に口を開くか黙って見ていた。
そして、一番最初に口を開いたのは桜ちゃんだった。
「……ふふ、愛だって」
頬を染め、涙を流して喜ぶ桜ちゃん。
「私達、好き同士だったんだね」
僕は更に頬を染める。
星達も、くぅ〜///っと声を唸らせた。
「で、でも…僕達まだ話し合ってもないし…君のこともまだ全然…」
そう言うと、桜ちゃんは優輝の手を繋いだ。
「友達から仲良くなりましょう。私達、絶対お似合いだと思う」
ニコリと笑う彼女を見て、優輝も微笑み返す。
「……うん。僕は優輝…これからよろしくね」
煌めく星達の下、二人の愛は、確かに本物だった。
『空恋』
私は、あの日恋をした。しかし、その恋は本命というものではなく、皆が彼に恋をしているから、私も恋をしてしまったというもの。
私は最初彼のどこが良いのか分からなかった。確かに、かっこいいかもしれないけれど、でも、私は彼に惹かれなかった。けれどら皆が彼をカッコイイ、素敵、優しくて爽やか…と、沢山言っているのを見て、そうかも。と思い込むようになった。
しかし、彼を好きになったとしても、付き合えるはずがないと思っていた。
でも、ある日突然、私は彼に急に告白された。
理由は、一目惚れとのこと。私、自分が可愛いなんて思ったこと、生まれてからずーっと一度も思ったことがないから、素直に嬉しかった。
今度、早速一緒にデートをしようと誘われ、私は承諾する。
「ごめんね。次の日学校なのに日曜日にデートなんて」
「全然!凄く楽しみだよ」
「よかった。土曜日は他の子とデートをしなくちゃいけなくてね、ごめんね」
「……………………………………………………え?」
彼の言葉を聞き、私は開いた口が塞がらなかった。え、今、なんて言ったの?え、他の子?
彼は驚く私の顔を見て、どうしたの?と声をかける。
「え……ど、土曜日…他の子と、デートするの?」
「え?うん」
「……えぇ?」
困惑する私に、彼はなにか思い出したかのような表情をした。
「あ、そっか!知らなかったか…ごめんね。しっかり伝えなきゃいけないよね。
僕さ、付き合ってる子沢山いるんだ。校内の女子三十人以上で…あと他校の女子は五十…あれ?四十だったっけ……」
私は、驚愕した。この人は、色んな女子と付き合っている、女たらしだったから。
普通だったら、即別れるのが正解なのかもしれない。しかし、付き合ってしまった以上、すぐに別れるのはおかしいのかな?と私は思ってしまった。
だって、彼は皆から愛され、慕われ、そして…モテモテな美男子だから、せっかく、告白されて、付き合えたのに…すぐ別れるなんて…そんな…。
その時の私は、今は彼と付き合っていようと決め手しまった。
そして、デート当日。彼とデートをいたしました。それはもう、本当に本当に…楽しかった。
……のかもしれません。
風にふわっとなびく髪素っ気なく人混みの中で私の手を繋ぐ手、そして彼の香水の香り…その全てがとてもかっこよかったです。
…しかし、彼が女たらしで、他の女子とも付き合っていると考えると、私の心はモヤモヤしていた。
彼と付き合ってから数ヶ月も経ち、彼は時々私に声をかけてくれたり、デートに誘ったりしてくれた。
私は、彼に応えるようにおめかししたり、彼に好かれ続けるように頑張った。
皆が憧れる人と付き合えている。別れるなんて、もったいない。
でも……このままでいいのかな。
好きか嫌いかも分からない人と付き合って…この曖昧な試で、彼と一緒にいてもいいのかな…。
彼は時折、他の女の子と手を繋ぐ時があった。彼は、皆のもので、私一人のものじゃない。それは、分かっているけれど、あまりいい気分じゃなかった。
このまま…このまま私は彼と付き合っていれば、幸せなのかな。正解なのかな。
「…へー、良かったじゃん。イケメンと付き合えて」
「……うん」
幼馴染の太一と、たまたま帰宅途中にすれ違い、公園で話をしていた時のこと。
太一とは、小学生からの付き合いで、近所ということもあって、私達は昔からすごく仲が良く、よく一緒に遊んだり喋ったりしてる時があった。
ただ、高校は別だから、あまり会うことは無くなってしまったけれど…。
私は彼…空君と付き合っていることを、太一に話した。
「……空君は、皆の人気者なんだ…凄く優しいし、頭も良くて運動神経も良くて…とってもかっこいい…顔面国宝だって言われてるほどだよ!だから…私も…なんか……」
「……惹かれたってわけだな」
「…………」
私は黙って下を向いた。
…惹かれたわけじゃない。空君を好きという気持ちは、本当の気持ちじゃないってことを、私は知っていた。
『茉実!見てよ!!空くんだよ!!』
『本当にかっこいいよねぇ…茉実付き合えそうじゃん?だってあなた可愛いもん』
『空くんって凄くかっこいいよ!!優しいし!頭もいいし!!』
『茉実は空君みたいな男子がタイプでしょ?』
え……い、いや……。
『みーんな女子は、空くん一択だよねー』
『うん!茉実もそう思うよね!』
……うん。空君、かっこいいよね。
『だよねー!!』
……かっこいい。本当に、アイドルみたいな存在だっていうのは分かるよ。
でも…………私…………。
「…好きじゃないんだろ」
太一の言葉に、私はは俯いたまた言い返す。
「…なんで…そう思うの…?」
太一は夕焼け空を見つめる。
「んー…まあお前とは腐れ縁だからな。ずっとお前のこと見てきたし分かるよ。その人のこと本当に好きか嫌いかね。
お前が人を好きになる時って、必ず幸せそうな顔をするんだよ。わっかりやすいようなニヤケ顔で…幸せが溢れんばかりの表情でな。中学の頃、浅川ってやつと付き合った時、俺に浅川の話してきた時なんかそうだったよ。お前の顔は幸せそうだった。
まぁ、俺は延々と彼氏とのイチャイチャ話を聞かされてうんざりしてたけどな!」
「……ごめんね」
太一は飲んでいたリンゴジュースの紙パックを公園のゴミ箱に捨てて、私の隣に座った。
「でも今のお前の顔……凄く人に合わせてる感じの顔だよ。空って奴の良いとこ自慢の時も全く幸せそうには見えなかった。声のトーンも、目も。浅川の時とはまるで違う。
きっと、今のお前は、その空って奴と付き合ってるって立場に、自分を合わせようとしているだけなんだよ」
的を得た太一の言葉に、私はぐうの音も出なかった。
本当にそうだ。
私は空君なんか好きじゃない。
皆にお似合いと言われ、皆が憧れの人だからと自分で価値を決めて、付き合えたから、別れるのが惜しいと思い込んでるだけなんだ。
私は、小さな声で太一に言った。
「……でも…付き合えたのは…私……嬉しかったよ……」
「……まぁ、そうだよな。確かに、皆が惚れるくらいかっこいい奴と付き合えたら凄く嬉しいよな」
そう言った太一の言葉は凄く優しかった。
私は、太一の顔を見る。
「別れたくないという気持ちがあるのならそれでいいと思う。まだ、好きかもしれないって思うなら、俺は茉実のこと応援するよ」
優しい表情のまま、太一は微笑んだ。
温かくて、まっすぐで、まるで…私が浅川君と別れた時に寄り添ってくれた時のようだった。
目がじんわりと、熱くなる。
ずっと、周りの声に振り回されていた。
浅川君との時も…本当はそうだった。お似合いだよ、と周りに言われて付き合ってみて、浅川君が本当にいい人だったから、付き合ってから惹かれていったけれど…私は、常に自分の本当の気持ちを優先していなかった。
でも。私、本当は、本当の私の気持ちは。
私は、太一の言葉で、自分の気持ちを伝えることにした。
「……私、本当に好きなのは…太一だった」
太一の目が、大きく見開かれる。
「………………えッ????????????」
太一は言葉を失って、驚きの表情でいっぱいだった。
「ずっとそばにいてくれて、ちゃんと見てくれて……私、本当は、太一みたいな人が好きだったんだ」
太一は首を思いっきり振る。
「いやいやいやいや!!!お、お前それマジかよ…?その空って奴と俺は真逆の性格だぞ?変なとこでドジかますし、顔もイケてないし、文句ばっか言って性格だってよくないし…」
「ううん…太一は違うよ。いつだって私のこと、ちゃんと見ててくれた。そばにいてくれた。私は、そんな太一を…」
茉実は、赤面になりながら微笑んでいた。けれど、その目の奥には積もった想いがにじんでいた。
「優しいし、ちょっと意地悪で、でも本当はすっごく照れ屋で誰よりも他人思いで……そういう太一の全部が、私はずっと、ずっと好きだった。
……でも私は……本当の気持ちを優先しないで、周りの人に流されて…それで、それで私………」
茉実は、涙を流した。
「…ごめんね、自分勝手で…今更、こんなこと…」
彼女が涙を流しながら俯いた瞬間、太一はそっと茉実の手に触れた。
茉実が太一の顔を見ると、太一は照れた表情のまま話す。
「……俺も、好きだったよ。茉実のこと。ずっと前から…小学生の頃から、誰よりもお前が楽しそうに笑ってるのが好きだった」
茉実が驚いたように目を見開く。
「……でも、中学の時さ、お前浅川と付き合ったろ? あのとき、お前がちょっと遠く感じて、俺も悔しかったんだ。
それでも、お前が楽しそうだったから、幸せそうでよかったって思ったんだ。
……本当は、すげぇ寂しかったけどさ」
「……太一…」
太一はまた夕焼け空を見つめる。
「…浅川と付き合ったって報告した時、お前が嬉しそうにしてるの、俺、なんも言えなかった。
俺だったら……って思ったこと、正直何度もあったよ。
でも、俺なんかが、お前と並んで歩けるわけないって、思い込んでたんだ」
「……なんで?」
太一は茉実の顔を見つめる。
「……お前が可愛すぎるからだよ」
「え」
茉実の顔が、真っ赤になった。
「可愛いし。明るいし。ちゃんと人を見て、気を遣えて…お前の全部が、もう高嶺の花過ぎるんだよ。お前のこと、好きって言う奴も多かったしな…。
だから、俺には茉実と付き合えるなんて絶対に無理だと思ったよ。お前みたいなすげぇ可愛い奴と釣り合わないって」
茉実思い切り首を振った。
「ううん!そんなことないよ!」
茉実は太一の手を握る。
「たしかに太一は口も悪いしサボり癖もあるし…大事なところで少しやらかしちゃったりするところもあるけど……」
二人の頬が更に赤くなる。
「でも…私は…本当は…そんな太一の全部が…すごく好きなの。大好き」
茉実はもう、自分の気持ちを抑えられなかった。彼女が押し込んできた、太一に対する本当の想いが溢れてしょうがなかった。
太一は、そんな茉実の言葉を聞いて片手で顔を覆った。
「…まじで…顔があっちぃ…真っ赤だわ俺…」
茉実は、太一の片手の手をとり、指を絡めて握る。夕焼けに照らされた二人の姿は、辺りの静寂を包み込んだ。
「……太一のこと、大好き」
太一は深呼吸をし、頬を赤らめた茉実の顔を見つめ、口を開く。
「……俺も茉実のこと、大好きだよ」
そうして、やっと本当のことを言えたような気がして、安心したのか二人共に笑い合った。
茉実が太一の耳元に囁く。
「…ずっと思ってたけど…空君や浅川君より…太一の顔の方がかっこいいよ」
そう言われた太一はまた顔を真っ赤にして、片手で顔を隠す。
「まじで変なこと言うのやめろ!茹でたこになるわ!」
「ふふふ、本当なんだもん」
「……ったく、お前も可愛いよ。この世の誰よりもな」
「……もぅ…」
お互い、また顔を真っ赤に染める。
二人の恋は、確かに本物だった。
────────────────────────────────────
あれから、私は空と別れた。
申し訳なさもあったけど、それ以上に、「嘘のまま」は、もうやめようと思った。
誰かの目や、噂や、期待。そういうものに流されて、本当の気持ちを見失ってた。
でも今は、ちゃんと自分の本当の好きを信じられる。
隣には太一がいる。いつものように、ちょっと不器用で、ちょっと抜けてるけど、とびきり優しい太一。
空みたいに、綺麗で、遠くて、手が届きそうで届かなかった恋、それはまるで空っぽだった。
でも、太一がいてくれたから、私は地に着いた本当の恋に辿り着けた。
私は、これからも太一と一緒にいたいと、心の底から思えた。
『波音に耳を澄ませて』
自分の家の近くに海があるって言うのは良い事だ。
悲しい時、辛い時、悔しい時とか、なんかあったら心を落ち着かせるために僕は一人で海に行くんだ。
学校生活は楽しい…はずなんだけれど、ある子を庇ってから虐めのターゲットが自分になってしまった。
クラスの全員が空気読めないやつって僕を責めて、僕を虐めてきたんだ。
空気の読めない奴でいい。誰かが虐められているのを見て、それを当たり前と受け取って生活する方が僕は絶対嫌だから。
けれど、虐めは少しずつエスカレートしているし、不良たちはとっても怖いし、もうどうすればいいのか分からなかった。
ただ、僕は毎日この海で一人、波音を聞いて憂鬱な気分を晴らそうとしているだけだった。こんなことしても、なんにも変わらないのに。
溜息を吐いて、砂をいじる。靴の中に砂が入ったけれどお構い無しに僕は砂に足を突っ込んだ。
気持ちいい。暖かくて、なんだか包まれているみたいで。
一人虚しく砂遊びをしていると、波ともになにか音が聞こえてくる。
……ポチャン。
ポチャン?何の音だろう?もう一度、耳を傾ける。
…ポチャン。
やはり、波打つ音の中に紛れて、なにかの音が聞こえる。良く、耳を澄ませてみれば、あっちの方向から音が聞こえてきた。
ゆらゆらと浮いているものが見える。
え、あれクラゲ!?
大きなクラゲだ。ウミガメと同じくらい大きなクラゲで
、青色で触手が異常に長かった。
そんなクラゲがふよふよと泳いでおり、僕は恐怖を覚えた。ここは海水浴でも、子供達に人気なのに。
あんな危ないのがいたらまともに泳げないじゃん!とか思って、もう少し近寄って見てみようと立ち上がった瞬間、いきなり強風がやってくる。波が砂浜に強く打ち上がったかと思えばクラゲも一緒に陸に吹っ飛んできた。しかもこっちに向かって!
「わぁー!!!」
でっかい図体してる割に軽々しく飛んできたそれに恐怖を覚えた。僕は女の子みたいな叫び声を上げてそれから離れた。
びしゃんと打ち上げられたクラゲはすぐにぐったりして、自力でプルプル動いて海の方へ戻ろうとしている。
細い職種で戻ろうとするが、戻れるはずもなく、苦しそうだった。
…なんだか可哀想だなぁ。
そう思った僕は、そのクラゲを落ちてた流木の破片で海に戻してあげた。
クラゲはそのまま波に乗って、ぷかぷかと泳いでいく。途中、こっちを見てるような気もしたけれど、クラゲの目なんてどこにあるかもわかんないので、たぶん気のせいだろうと思った。
その日の夜、夢を見た。僕は浜辺に立っていて、僕が海の方向を見つめている。海鳥の鳴き声と、波音だけが辺りに満ちていた。
なんなんだここ…どこだろう。
僕が困惑していると、遠くの海から誰かが歩いてくる。明らかに人間では無い、キノコみたいな形をした生き物が僕の方へ海の上を歩いて向かってくる。
その近付いてくる得体の知れないモノの姿がようやくわかった。
クラゲだ。しかも、今日助けたクラゲ。
困惑していると、クラゲが自分の目の前まで歩いてきて、喋り出す。
「……乱れた心は、波打つ音で静まり返る。ここには、海と君と、私だけだ」
当たり前のように喋るクラゲに驚く。
クラゲの声は、男性とも、女性ともとれない曖昧な声で、とても穏やかで、気品に満ち溢れたものだった。
クラゲが話し終わると、クラゲが僕の体を触れようとする。触手で。
毒を刺されると思った僕は避けようとしたが、体が動かない。もがいていると、クラゲの触手が自分の頭をべチャリと触れる。
しかし、痛みはなかった。それどころか、少し、心に余裕が出来た気がした。
「君が私を助けてくれた。その行動は、なかなか出来るものではない。君には、普通の人間には無い勇気と優しさを持ち合わせている。
そして、君は今変化を遂げた。案ずることなく、前に進むんだ」
変化を……?え、なに……?困惑している自分を置いてけぼりに、クラゲがまた海の方へと歩みを始める。
一体なんなんだこれは。呆然としていると、クラゲがもう一度振り返り、「ありがとう」と一言だけつぶやいた。
そして、目を開けると朝の七時。
なんなんだろう、今の夢は。変な感情のまま、身支度を済ませて自分は学校へと向かった。
学校へ着くやいなや、教室のドアを開けた途端、みんなが笑っていた。なんで笑ってるんだろうと思っていると、そこには鼻血を出している男子の姿があった。
「あ、お前来てたの?」
「……なに…してるの……」
満面の笑みを浮かべながら、その男子を殴ったであろう不良がその男子の頭を掴んで机にグリグリと押し付ける。
「こいつが俺らのこと邪魔したんだよ。お前のこと虐めようと机の中のもん漁ってたらやめろって。マジで自分の立場わかってねーよなーこいつ!あはは!」
周りの人間もクスクス笑いながら、その男子が虐められているのを見ていた。
僕は、走り出す。
「おい!!!やめろよ!!!!」
「は?」
不良は、正直怖い。凄く怖い。殴られそうだし、まず性格が怖いし、人を虐めてる時が一番楽しそうにしてるのが本当に怖い。
しかし、怖い思いを引っ込めて、自分は前に出る。
「来んなよドブ臭い奴が!」
僕をおっとばそうと不良が手を伸ばす。すると、不良は急に手を引っこめて急に痛がり始めた。
「いっ…いってぇ!!!ヒリヒリする……なんなんだよこれ!!!いてぇ……!!」
手を抑える不良。僕はそれを無視してその子に駆け寄って、保健室へ連れて行く。
あとから聞いた話だと、どうやら僕に触れようとした瞬間に、何かに刺されたような痛みが走ったらしい。
赤く腫れ上がったその手を病院に診てもらった結果、なんとクラゲに刺された症状と同じらしい。
僕は何もしていないけれど、僕にやられたと不良が叫んでも、医者はクラゲの毒を中学生が所持できるわけが無いと一蹴。
結局、不良は腫れ上がった患部を冷やしながら薬を塗布して、経過観察となった。
僕は、夢で見たクラゲを思い出す。
あのクラゲが、助けてくれたんだ。
僕は、感謝しきれなかった。
その日の帰り、僕はもう一度海へ行った。
沈みゆく太陽が、今日の終わりを告げている。海が夕焼け空を映し出す。世界はひと時の金色へと変化を遂げていた。
気持ちの良い風が、僕のからだを包み込む。
クラゲがいないか僕は辺りを見渡す。
ポチャン。
さざめく波音の中、ポチャンと音が聞こえた。
僕は、波音に耳を澄ませてよく聞いてみる。
ポチャン。
やっぱり聞こえる。音の聞こえた方向を振り返ると、そこには昨日のクラゲが浮かんでいた。
クラゲの目や、顔がどこにあるのかは分からないけれど、クラゲはこっちを向いていることだけは何故か理解できた。
僕が手を振って、ありがとうと告げる。
すると、細い触手を上げて、クラゲも僕に手を手を振る。
そして、クラゲの声が聞こえてきた。
「救う物は、救われる。摂理さ」
そう言って、クラゲは海の中へと消えた。
クラゲにひとしきり手を振った後、僕は美しい海をもう一度見る。
もう一度耳を澄ませてみる。
聞こえてくるのは、波の音だけだった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『青の風』
風を感じたい。
そんな理由で、男はオープンカーを買うことにした。待ちに待ったオープンカーを、乗り回す。
その感想を、友達は聞いてみる。
「どうだったんだよ?初めてのオープンカー」
どうせ感想は、俺達に自慢をする言葉だろうと思っていた。なぜなら、男はオープンカーを買った瞬間に皆に自慢をしていたからだ。
『安月給じゃ買えない値段だぜ?俺は高級取りだかんなー!!がはは!風感じれるぜ?風だよ風!うぃ〜!』
こんな感じで、オープンカーを買った瞬間にうざいと言うほど自慢をしてくる。あと、低所得者とかいちいちイライラする言葉も言ってくるし。
確かに、俺達よりも年収が高い仕事に就いている(IT企業)やつには、衰えているかもしれないけど…と、友達は思っていた。
そのため、楽しかったの一点張りだろうと予想していた友達だったが、男の帰ってきた言葉は、『やばかった』の一言だったそうだ。
その日は気温三十五度。風を感じようとフルオープンにし、車を走らせる。
確かに、風は感じた。感じたは感じるのだが、走行風に当たっているとはいえ、シートと身体の間は汗まみれだし、何より太陽の光が鬱陶しい上に暑い。
圧倒的爽快より不快が勝ったそうだ。
噴き出す汗に不快感を覚え、もう屋根を閉めようとした瞬間だった。
「もう閉めちゃうの?」
「……は?」
男一人しか乗ってないはずなのに、女の子の声が聞こえる。もしかして、隣車線のやつが窓を開けて話しかけたとか!?色んなところを見るが、隣車線にも後続車にも前にもどこにも車なんてなかった。
「……気のせいか」
「ふふふふ」
一人で呟くと、女の子の笑い声が聞こえてきた。
上からだ。ふと、上を向くと、そこには青色の髪の長いかわいい女の子が男のことを覗き込んでいた。
幽霊だと思った男は叫び声をあげたが、停車は冷静に対処し、その女の子を見る。
車を追いかけてきたのか!?いつ!?いつ取り憑いてきたんだよ!?
困惑し、冷や汗をかく男に女の子は近付く。
「気持ちいい?」
「……あ?は…?」
「風を浴びるの」
「……えっ……あ……いや……」
今、自分は幽霊と話している。その事を考えていると、背筋が凍りつく。
顔をこわばらせていると、ニコッと女の子を笑う。
「気持ちいいよね!」
「あ……は、はひ……」
早く逃げたい。目の前にいるこの世の者ではない化け物から早く。
男は滝のように冷や汗を大量にかいていた。
「…大丈夫?」
女の子は、不安そうな顔になる。女の子から見た男の顔は、顔面蒼白で汗を大量にかき、今にも後ろに倒れそうになっているからである。
「そっか、暑いよね。涼しい風をあげるね」
暑いのかな?と思った女の子は手を上げると気持ちのいい爽やかな風が吹いてくる。
「……?」
涼しい風を浴びた男は、急に冷静になる。暑さで脳がやられていたのかもしれない。なぜ、目の前の女の子にそんなにも怖がっていたのか。
幽霊はたしかに嫌いだ。目の前にいる女の子もふわふわと飛んでいて、幽霊なのは間違いないが、それでもこの子は悪霊とは違うように思えてきたらしい。
「太陽って、気持ちいいよね」
「あ…あぁ……」
悪意も憎悪も感じない、純粋無垢な女の子の声だ。男は、ここでこの女の子は大丈夫なタイプだと分かった。
「こ、怖がって悪かったな……」
少し申し訳なさそうに謝る。
「うん?なんのこと?」
女の子は分かってはないみたいだった。
「……えっと、お前、ここら辺で死んだのか?」
「うん?」
「その…幽霊、なんだろ?」
「?」
女の子はキョトンとした顔で男の顔を見る。幽霊?誰が?みたいな感じで。
もしかして、自分が死んだことにも気付いてないのか?と男は思った。
男が次に何を言うか考えていると、女の子が口を開く。
「私は、風の子だよ」
「……は?」
男は困惑した。風?風の子?なんだそら????
幽霊じゃねーのかよ?だったらこいつは何もんなんだよ!?
頭の中で様々な考察が飛び交う。そして、行き着いた答えは、この子供は風の精霊なんだ。ということだった。
もう、男はサングラスをかけてどーでもいいやー状態に走った。
そして、また屋根をオープンにして車を走らせる。女の子はまた着いてきた。なんなんだこの子まじで。と思ったがもうどうでもいいのでとりあえず走らせた。
今度は、女の子のおかげで涼しくはなったが、太陽が眩しい上に肌にダメージが食らう。
そう思ってると、女の子がニコッとして太陽に手を向ける。すると、雲が太陽の近くに寄っていく。
風の力か!!
太陽が雲に隠れ、とても気持ちのいいドライブへと変化していた。
「うぉー!!お前すげーな!!」
女の子にハイタッチをする。
女の子は楽しそうに笑った。
そのままスカイラインを走りすぎ、街に戻ろうとした時、女の子が離れてく。
「ん?おい!どうした!?」
女の子は手を振ってバイバイと告げた。すぅっと消えると同時に、涼しく、心地のよい風がより一層強まり、まるでそれは真夏の季節ではなく、春のような気持ちの良さだった。
この話を聞いた友達はあまりにも嘘くさいため信じてなどいなかった。でも、男は本気でそう話しているため、お前幻覚でも見たんんだよってことにしておいた。
で、肝心の車はどうなんだよ?と質問する友達。
「んー…暑い日はクソ」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『青の風』のお題を上げられなかったため、『波音に耳を澄ませて』と一緒にあげました。