フィクション・マン

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『届いて.....』

悲しみを乗り越なきゃいけない。いつまでもこの気持ちを引きづっていては、前を向いて歩くことが出来ない。
それは、わかっているんだ。それでも、自分は過去ばかり見つめている。

兄さんに、会いたい。

兄さんは、本当に良い人だった。凄く優しくてカッコイイし、他人想いで誰彼構わず気軽なく喋る。そのフレンドリーな性格から、周囲の人は常に兄さんを慕う人達でいっぱいだった。
一方、僕はというと…兄さんとは対照的な性格で、目立つことを嫌い、あまり人前で話せない。友達を作りたいと思わず、休日は家で勉強ばかり。
兄と弟で、こんなにも差が出てしまい、両親はこんな暗い子供よりも、兄さんの方ばかり構っていた。でも、兄さんを妬む気持ちはこれっぽっちもなかった。
兄さんは、僕に優しくしてくれた。僕が悲しい時にはなんか頭を豪快に撫でてくれたり、よく僕と一緒に遊んでくれた。とにかく、兄さんは僕を構いっぱなしだったし、皆にも自慢の弟だとかなんとか言ってたらしい。
そんな兄さんが、亡くなった。
人身事故で、即死だったらしい。
飛び出した子を助けるために、兄さんは犠牲になった。兄さんが死んでたった一年で家庭は崩壊した。母親は兄さんが死んでから鬱病になって、よく父さんと言い合いをしていた。
喧嘩の声がうるさくて、自分の耳を塞いでいた。
結果的に両親は離婚して、僕の押付けあいをした結果、母さんの方に行くことが決まった。
母さんは決まって、僕に言う。

「……なんで…蓮なのよ……」

ごめんなさい。本当に、ごめんなさい。それは、僕も、ずっとずっと思ってたんだ。
なんで兄さんなんだろうって…ずっと思ってた。神様は、本当に不公平だ。僕みたいな奴を殺さないで、善人を殺していくんだもの。
胸の奥の芯が、崩れて溶けていくような感覚がした。立っていられるのもやっとで、辛くて、苦しくて、耐えられない悲しみが、自分を襲う。
涙が溢れてくる。
兄さん、ごめんなさい。
僕が代わりに生きていて、ごめんなさい。
沢山泣いて、次の日、目がパンパンの状態で学校へ向かう道中、同級生の田中が話しかけてきた。
「目どうした?なんかあったん?」
「……泣いた」
「泣いたァ?ははは!感動映画でも見た?」
「ううん、兄さんのこと…考えてたら……」
僕がそう言うと、田中は黙った。気まずい雰囲気が流れたあと、田中がまた口を開く。
「……お前の兄貴…優しくてかっこいいよな。好きだったよ、俺」
「……うん」
「……まさかさ、自分が死ねばなんて考えてないよな」
「……」
ドンピシャで当てられて、何も言い返せなかった。黙っていると、田中が僕の肩に手を乗せて優しい表情で励ましてくれた。
「…お前が元気だと、兄貴も喜んでくれるよ」
田中がにこりと笑う。
「……うん」
「あ、そうだ」
田中が何かを思い出して、ランドセルのカバンから本を取り出す。
「俺が借りたさ、この都市伝説まとめの本に書いてあるやつ、やってみたら?」
「え?」
田中が言うには、自分が最も親しい人間に手紙を書くことであの世に旅立ってしまった大切な人に読んでもらえるといったものらしい。はっきり言って、バカバカしいのはわかってる。
でも、あの時の僕は心に余裕がなかった上に、小学生だったからそれを本気で信じたんだ。
「こんなの嘘くさいけど…でも、手紙を書くのはいい事だと思う。兄貴が見るか見ないか関係なしにさ」
にかりと笑う田中を見て、僕も微笑む。僕は、すごく優しい友人を持てて幸せだと思った。
そして、その夜。兄貴に向けて手紙を書いていると、母さんが帰宅してきた。
「あ、おかえり……」
「……寝てないの」
「うん…手紙書いてたの……」
「……誰に?」
「…えっと……兄…さんに……」
「は?」
「……兄さんに…向けて……」
「は?」
母さんは、何故かブチ切れていた。僕は、そんな母さんに睨めてすごく怖かった。でも、丁寧に、慎重に刺激しないように母さんに兄さんに手紙を書いて、想いを届けたいという気持ちを伝えると、母さんは僕のことをおもいっきりビンタしてきた。
「……!」
母さんは悲しい顔をしつつ、眉間に皺を寄せながら僕に怒鳴りつける。
「ふざけないで!!!死んだ人に手紙なんて伝わるわけないでしょ!!!私や蓮を馬鹿にしてるの!?」
僕は頬を抑えて、涙を流す。
「……違うよ…僕…ただ……」
僕がまたなにか言おうとする前に、母さんは机に書いた僕の手紙を目の前でビリビリに破いてしまった。
「あぁ!!!」
そして、その手紙がゴミ箱へ落ちていく。
「……こんな…手紙書いたところで…蓮は…もぅ…」
母さんは涙を流していた。僕は、そのまま自分の部屋に戻った。いくらなんでも、手紙を破るなんて酷いよ。部屋で一人、大粒の涙を僕は流していた。拭っても拭っても溢れ出てくる涙にうんざりしながら、僕は体育座りで俯く。
兄さんに…会いたい。

その夜。誰もいないリビングに誰かが忍び寄る。
突如!煙と一緒に洗われたのは死神だった。
「呼ばれて飛び出でジャジャジャジャーン!!って言っても、誰も読んでナッシング」
ノリノリな死神が現れた。死神はごみ箱に捨てられた手紙を見つけると、指でパチンと音を立てる。
すると、破れた手紙が元に戻っていく。
「よーし!キレイになった。あとは…封筒だな!サービスサービス」
そう言って、ポケットにある水色の紙をパパパッと折って封筒を作る死神。綺麗にできた封筒に、悠斗の手紙を入れる。
「よし!増田蓮にお届けしよう!」
そう言って、ヘッドホンをつける死神。また指をパチンと鳴らし、瞬間移動をする。
着いた先は天国で、一面花畑の場所だった。そこで、死んだ人達が花に水やりをしており、剪定や、木の実を収穫している。
収穫した木の実は天使達や死神達のご馳走となる。そんな場所、花畑に蓮がいた。死神は早速蓮の近くまで行き、剪定を辞めるよう促す。
「コンコンコーン、増田蓮にお届けものだぜ!!この手紙は君の弟、増田悠斗が書いたものさ」
蓮は目を見開いてびっくりする。
「悠斗が俺に書いてくれたの!?!?」
蓮は喜びの表情いっぱいで手紙を開けて、内容を読む。

兄さんへ。

兄さんがいなくなってから、毎日さびしい。
ボクはがんばっているけれど、やっぱり苦しいし、悲しい。
やっぱり兄さんがいないと辛い。

でもね、学校では田中がボクにやさしくしてくれるよ。
いっしょに話したり、遊んだりしてる。
だから、僕はなんとかがんばれてる。
本当は、たまにいやなやつが、いやなことをしてくる時もあるけど、それでも田中くんがいてくれるから、平気だよ。

母さんと父さんはりこんしちゃって、母さんはすごくさびしそうです。
兄さんの写真を夜に見てるとき、泣いてることがあります。
そのあとは、ボクにすごくきつくなる。
母さんも、つらいんだと思う。

会いたい。兄さんに、また会いたい。
すごくさびしいけど、また、兄さんといっしょに遊びたい。

兄さん、大すきだよ。
ボクはちゃんとがんばります。
だから、そっちから見ててほしい。

ゆうとより。


蓮は、震える手で手紙を持ったまま、しばらく動けずにいた。
文字の一つひとつが、あの素直で不器用な声で聞こえてくる気がして、胸が張り裂けそうになる。
堰を切ったように、涙が頬を伝い落ちた。
ぼたぼたと、地面に落ちていくその雫は、ただの悲しみではなかった。
寂しさ、悔しさ、そして、それでも生きようとしてくれている、弟の小さな決意。
手紙をギュッと握りしめる。
「……頑張ってるんだな……悠斗……」
両親が離婚して、悠斗の心はとても辛いはずなのに、それでもなんとか頑張ろうとしている。
そんな悠斗を今すぐにでも、頭を思いっきり撫でてやりたい。頑張ってるんだなって、沢山伝えたいし、褒めてやりたい。
その強い想いが、蓮の胸に灯った。
「ごめんな……傍に…いてられなくて……」
涙を流す蓮を見て、死神が少し考えて、提案する。
「なぁ、弟に会いたい?」
「……え?」
キョトンする蓮に、死神は話を続ける。
「俺の仕事ってよ、アンタらに手紙を届ける仕事なんだよ。で、まぁこれが結構めんどくさくてな〜!!お前の弟もそうだったんだが、めっちゃビリビリに破って捨ててあったんだよ」
「えぇッ!?!?!?」
「で、まぁ俺が復活させてー、んでまぁ封筒作ってあげてやったみたいな感じなんだけどね」
蓮は驚いた。まさかこの手紙が元はビリビリの状態だったとは。自分で破ったのか?それともなにかあったのか?色んなハテナが浮かぶ中、死神に質問せずにはいられなかった。
「な、なんでビリビリになってたんですか…その…悠斗の書いた手紙は……」
「……アンタの所の両親。母親?が弟の手紙破ったんだよ。で、ゴミ箱にポイ状態」
蓮は、深く悲しんだ。なぜ、そんな事が出来るんだ。弟が頑張って書いてくれたこの手紙を…なんで、蔑ろにするんだ。
深く憤りを感じていると、死神がポンっと背中を叩く。
「でだ!俺の仕事代わりに請け負ってくれるなら会わせてやるけどどうだよ?」
「え!?!?ホントですか!!」
蓮は、興奮しながら死神の形を揺さぶる。
「貴方の仕事をすれば!!!悠斗に会えるんですか!!!」
「ま、まぁ…会える時間は限られてるし、会う人間は1人だけってのもあるけど……それでもいいかな?」
母親や父親には、会えないのか。彼女にも。友人達にも。少し、黙るが、一番の心残りは悠斗だ。悠斗にさえ、会えれば、俺はそれで構わない。
俺が頷くと、死神がめっちゃ喜んで花を空に撒き散らした。
「うわっほーい!!実は現世旅行したくてね!!仕事でしか現世に行ってないけどプライベートで行ってみたかったんだよね〜。ゆっくりするぜ!!」
そう言っていつの間にかアロハシャツを着ている死神。
会えるんだ、悠斗に。抑えきれない喜びと、緊張に胸を抑えていると、死神が急に真面目な顔をして問いかけてきた。
「…言うのを忘れていたが、弟に会い終わった後に母親に会おうなんて考えるなよ。どちから1人だけだ。会うならな。
お前を産んだ母親か…お前にわざわざ手紙を書いてくれた可愛い弟か……」
俺は、即返答した。
「弟だ。俺は弟に会いたい」
死神が本当に?と聞いていて、俺は頷いた。
「…母さんにも会いたいという気持ちはあるよ。生前は自分のことを沢山愛してくれた人だから。俺も母さんのことは大好きだったし……。
それでも…俺は悠斗に会いたい。その気持ちは、本当だ」
「……弟思いの、優しい兄貴め」
ニヤリと死神が笑い、サングラスをかけて、ヘッドホンを装着すると、指をパチンと鳴らした。
目を開けると、そこは悠斗の部屋の前だった。
「ほら、着いたよ。俺ここで待ってるから」
静かにドアを開ける。
そこには、ベッドで眠る悠斗の姿が。涙の跡がベッドに腰を下ろし、悠斗の顔を見る。悠斗の目の近くには、涙の跡がある。
「…少し、身長…伸びたな」
そう言って微笑む蓮。つい、悠斗の頭を撫でる。
悠斗はふと、まぶたの重さが抜けるように目を覚ました。
目をこすりながら、ぼんやりと天井を見上げる。まだ夢の中にいるような気分。
部屋の空気は静かで、けれど、どこか違和感があった。
視線を横に向けたその瞬間、ベッドのそばには見慣れた人影があった。
「え……な……なん……で?え……????」
困惑する悠斗にニコリと笑う。
「逢いに来たんだ」
その声、その顔、その優しい笑顔。
「に…兄さん……!!!!!」
毛布を押しのけて、弟は飛びつくように兄に抱きついた。小さな腕で必死にしがみつく。心臓が壊れそうなほど、ドクドクと鳴っていた。
目からぼろぼろと涙がこぼれる。
夢かもしれないとわかっていても、そんなことどうでもよかった。
兄さんに会えた。会えたんだ。嬉しい、凄く、凄く嬉しい……!!
「会いたかった…ずっと…会いたかったよ…兄さん……」
「……はは、俺もさ。悠斗」
蓮は静かに悠斗を優しく抱きしめ返す。
「お前が頑張ってるって…手紙を読んだんだ」
「え…でも…手紙は……」
「例え破ったとしても、お前の気持ちが手紙として俺に届いたんだ。ありがとう、悠斗」
悠斗はホッとして、胸を撫で下ろす。
「……よかった…」
「……手紙を見て、泣いちゃったよ、俺」
「…え、泣いちゃったの…?」
「あぁ…悠斗が頑張ってるってわかって…それで…」
悠斗の頭を何度も何度も撫でる。
「…ほんとに偉いな…悠斗は。
お前は、俺の自慢の弟だよ…世界一」
涙をこらえる蓮と、涙を流して喜ぶ悠斗。二人の兄弟の絆は、確かなものだった。
すると、死に神がドアから手だけを出して、もうすぐ時間切れだと腕時計を指して言う。
「行かなきゃ」
悠斗を離して、じゃあなという蓮。悠斗は、やっぱり嫌がっていた。
「やだ……行かないで……お願い、もう少しいてよ……」
「……悠斗。俺も、ずっとお前と一緒にいたいよ。けど、そろそろ戻らなきゃいけないんだ」
「……なんで……もう一度会えたのに……」
「お前が“がんばる”って言ってくれたから、会えたんだよ。だから、その約束、守ってくれよな」
「……さびしいよ……ひとりはこわいよ……」
「……」
悠斗は涙をポロポロと流していた。そんな悠斗を、強く、優しく抱きしめる。
「……ありがとう。会えてよかった。……ほんとに、よかった」
蓮の顔は涙で溢れていた。そんな顔を見て、強く抱き締めながら泣く悠斗。
ありがとう。
兄さん。

月夜と一緒に、兄さんは儚く消えた。

僕は、今高校生だ。兄さんよりも、歳上になってしまったけれど、それでも毎日頑張っている。
母さんは、少しだけ…良くなってきた気がする。少なくとも小学生の頃よりは僕を見てくれている。
田中とも未だに仲良くしている。前に、俺の顔を見て兄貴に似てきたなと言われたのを今でも覚えている。
それが、とても嬉しかった。
優しくて、暖かくて、周りの人間を笑顔にしてきたにいさんのように、僕もなりたい。
僕は今でも兄さんに手紙を書いている。
読んでいるかは、聞けないから分からないけど……でも、多分読んでくれていると思う。

どうか見守っていて欲しい。
良くなっていく僕の未来を。兄さんの分、精一杯生きるから。

7/10/2025, 8:08:04 AM