フィクション・マン

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『冒険』

これもまた、小学生の頃の話になる。この話で学んだことは一つだけ。

変な場所に、足を踏み入れないでおこう。ということだ。

その日の帰り、俺はいつものようにランドセルの中に教科書を詰め込んで家に帰宅しようとすると、太一が話しかけてきた。
「なぁ、裏山で遊ぼうぜ」
ニコニコしながら言う太一を尻目に、俺は家に帰る準備をしながら話す。
「……裏山ってあそこの?なんか婆ちゃん爺ちゃんにバケモン出るとかなんとか聞いたことあるような…」
そう言う俺の言葉に更にニヤケ顔になる太一。
俺が住んでる田舎の裏庭には、テンテン様と呼ばれる、身体中に黒い点々の模様がある白い人型の化け物が潜んでいるみたいで、裏庭に入った人間を襲って食べたり、ただただ食べないのにも関わらず襲ってきたりと、本当に残虐なモンスターだ。様…をつける意味がよく分からないが、山神の一種だったりするんだろうか?なんてことを、小学生なりに考えてると、太一が俺の机に怪異一覧という本を買ってきた。
「ん、なにこれ?」
「これ、本屋で買ったやつ。でさ、なんか俺らの県内さ、怪異が多いみたいでさ。やばくね?怪異多いってのは」
ページをペラペラ見ると、人型だったり、よく分からないデカイモンスターだったり、物に化けた擬態型だったりと、様々な怪物がいるが、一番やばいと思ったのが、右上に書いてある出没場所で、殆どが俺が住む県内だった。
「まじかよ…確かにほぼ俺らの住んでるとこじゃねぇか……」
「な!でさ、前の川辺で触った綺麗なヤツのこと覚えてるか?」
「あぁあれね。死ぬかと思ったよまじで。ほんとお前いなかったら危なかった」
詳しくは前に書いた『クリスタル』を読んで下さい。
「あん時のお前ビービーギャーギャー泣いてたよな〜!マジでウケるわw」
クスクス笑う太一の頭をスパンと叩く。
「お前に助けてもらって本当によかったよ……でもな!あんなの見たら普通泣くから!!!」
と強めに反論する。
「それにさ、もうあんな目に合うのはこりごりなんだよ…次こそ不安症の父さんにブチ切れられる。
……前も結構怒られたのに」
「まぁまぁ良いじゃねぇかよ。青春だろ?楽しもうぜお互!」
そう言って、俺の腕をガシッと掴んで引っ張る太一。あの一件からか、コイツは多少オカルトマンになったような気がする…いや、オカルトってよりかは、危険好きな馬鹿って気もするが。

学校から裏山はそう遠くは無い。十五分も歩けばすぐに辿り着く所にある。この裏山は昼間なのに薄暗くて不気味な場所だ。そのくせに美味しいキノコが沢山生えてたりする。まぁ、しいたけとかまいたけとかエリンギとか苦手なんだけどさ。
二人で裏山に入る前に、俺は太一に何度も言った。
「化け物が出たら、マジで早く逃げるからな!」
クリスタルの件で、俺は少しビビりになってたかもしれない。
「分かってるっつーのビビり。ほら、早く行くぞ」
太一が臆することなく裏山の道を歩いていく。太一の後ろを内心ビクビクしながらついて行く俺。
裏山を少し歩くと、木が鬱蒼とした所にたどり着く。辺りは鳥のさえずりや、風で木々が揺れる音が聞こえてくる。この周囲の音が、まだ昼間なんだなということを認識させてくれるため、安心できる。
しかし!問題なのは光だ。鬱蒼とした森の中は、とてつもなく暗かった。光が木々の隙間から差し込んではいるけれど、それでも薄ぐらい。
「あーもう、まじで帰りてぇよ……」
「じゃあ帰って石でもひろってろよ」
「うるせーよ馬鹿。つーかお前石拾いん時のやつトラウマになってないのかよ」
「まぁなってはないけど…石拾うって行為はもう二度としないとは決めたよ」
「まぁそうだろうけどさ……」
何気ない会話をしていると、目の前に二本に分かれた道がある。二手に別れる?と言われたが、思い切り無理と断って、二人で一緒により薄暗そうな道を進むことにした。
もう正直、この時点でビビってはいたんだけど、奥へ行くとマジでやばいもんだらけでビックリした。
なんか、看板見たいのが立ててあった。この先、熊出没注意って。え!?熊出んの!?怪異以前に危なくね!?って太一が少し焦っていた。
太一が後ろを振り向いて行くかどうか提案してくる。
「このまま進んだらテンテンに食われるより先に熊に食われるよなぁ…どうする?行く?」
行くわけないだろと断るいいチャンスだ。
俺がそう言いかけたその時だった。向こうから、なにかが近付いてくるのが分かった。
「……どうした?」
太一も前を向く。すると、ビクッとだけ体が動いて、それを二人で凝視する。
徐々に近づいてくるそれをマジマジと見ていると、太一が震えながら声をだす。
「あれ…テンテンさまじゃね……?」
薄暗いので、もっともっと目を凝らす。
真っ白い体に黒い斑点模様が沢山ついており、異様に腕が長い。身長もクソ高くて、ニメートルはゆうに超えているようだった。
ぶらんぶらん、細い腕をゆらしながら、それが俺達のところに近づいてくる。
太一はそーっと後ろに下がる。
「おぃ…ここで走って逃げたら…多分追いかけてくるよな……」
また一歩、二人でゆっくり後ろに下がる。
すると突然、ソイツが獣だか人間だかの入り交じった気持ちの悪い雄叫びを上げて、俺達の所へ全力疾走してきた!!
「うわぁぁあぁぁぁぁぁぁあ!!!!!!!」
俺と太一はもう大パニックになり、俺達はすぐさま逃げ出した。後ろからドスドスと追いかけてくるソイツにもう全身身震いが止まらなかった。それでも、焦って焦って、転んでもすぐに立って走った。
すると、太一が足を滑らせてしまって、思いっきり転んでしまう。
「い…いで……」
後ろのやつはどんどん追いかけてくる。あぁどうしよう!!!来てる来てる!!
転んだ衝撃で上手に立ち上がれない太一。どんどんアイツが迫ってきている。
ここで逃げたい気持ちの方が勝っちゃってる俺は、早く立てというが、中々立てない。足を挫けてしまったようだ。
「もーーー!!!クソー!!!!」
太一を担いで降りるのは絶対に無理だと悟った俺は、ランドセルを片手でぶん回して、そいつと戦うことにした。
「は!?おい!!気狂ってんのかお前!!なんしてんだよ!!!」
「やるんだよ!やらなきゃやられる!!」
「馬鹿か!!勝てるわけねぇだろ!!俺の事引きずってでもいいから早く逃げろっての!!」
明らかに負けは見えてるが、転んでる太一を後ろにして、やけくそでその化け物に立ち向かう。太一はやめろ!!死ぬぞ!!とか叫んでいたが、もうあとは無い。
「俺が食われてる間になんとかして逃げろよ!」
「んなことできるわけ……」
もう化け物は目と鼻の先にいた。く、来る!!!
覚悟を決めた俺は更に煽る。
「俺から食いに来い!!!!モンスターが!!!!」
「馬鹿!!おい!!やめろ!!!!」
そう言う太一を無視して、俺は煽る。プルプル小刻みに震える足、心臓の音が張り裂けそうなくらいの爆音で、脳がクラクラしてくる。
舌を噛んで、目の前のそれにしっかり睨みつける。
その化け物が俺達に追い付いた途端、俺の目の前まで来て、俺達を上から睨んでいた。
目玉が異様にでかく、口がない。斑点模様だと思ってたものは、コイツの穴ぼこだった。もう、怖すぎて漏らしかけそうになるくらい、ソイツの見た目は強烈だった。
怖すぎて声が出ないが、拳に力を込めて自分の胸を強く叩く。咳き込んで、ソイツに堂々と喧嘩を売る。
「やるなら俺からだからな!!!!!ほら!!!!食ってみろ!!!!!」
「遥輝ッ!!!!!!」
ランドセルをぶん回していると、ソイツが俺の前になにか差し出してきた。
……なんだ?と、見つめていると、ソイツの掌からは潰れた空き缶の破片が現れた。
「……へ?」
なにこれ?って顔で見てると、そいつが
『…………ヨゴスナ』
女とも、男ともとれないその声で、俺に言った。
俺は怖すぎて、なんて言い返したらいいか分からなかったから、とりあえず必死に謝った。
「ごごごごごごめんなさい!!ごめんなさいまじで!!掃除します!!ボランティアに参加します!!!ゴミ片付けます!!!!」
とペコペコ謝りまくった。もう、怖くて涙が出てきた。ソイツが俺達の事を少し睨んだ後、後ろを向いてそのまま森の中へと消えていった。
「……よ…よかっ…たぁぁああ……」
その場でへばりつく俺を尻目に、太一は足を痛そうに抑えて運んでくれと言う。
とりあえず、太一をおんぶしてやって、山を降りた。右足を捻挫したみたいで、そのせいであの時立てなかったらしい。
「いやー…足ひねった時は死ぬかと思った」
「俺もあ、コイツ死んだわって思ったよ」
「なんじゃそら……」
「でも助けてやったろ?」
「まぁ助けたというよりも…奇跡的に生き残れた感じだろ」
そう言うと太一がボソボソと呟く。
「いや…でも…お前が助けてくれたのは嬉しかったよ……マジでそれはありがと……」
照れくさそうに言う太一に、俺は少し喜んだ。これで、石拾いの時の借りは返せたかなって。
それにしてもあのテンテン様…僕達にゴミを見せたかと思えば汚すなって急に言ってきたな。やっぱり、アレは山の神様なのかもしれない。
好き勝手にゴミを置いていく奴を許せず、だから人を襲う。神様なりのお怒りなのかもしれない。
俺は、ボランティアでゴミ拾いに参加しようと太一に言った。太一は頷く。
「じゃないとやばいしな。約束しちまったし」
「……だな」
二人で爆笑して、その日は解散した。
太一を背負っていたため夕方六時頃に家に着く。帰る時間が遅すぎたため、父さんが玄関で待ち構えていた。
どこで遊んだ?と尋問する父さんに、太一がしぶしぶ答えると、また太一と一緒にお寺に行くことになった。
いつもの住職に、事情を説明し、お祓いをしてもらうことに。
そして、住職は言う。
「テンテン様が危険だと言われているのは我々がやってきた山での所業のせいだ。一年に数回はボランティアでごみ拾いをしてなんとかおさめているが、それでもお怒りなのには変わりは無い…不法投棄を森の奥でおこなった輩は全員行方不明だよ」
一応住職は、テンテン様には取り憑かれていないと言われた。子供で、しかもゴミを捨てている訳でもないため、襲う必要も無かったのだろうと考察していた。
そして、帰り際に住職は
「子供だけで森の中には行くな」
と言ってきた。

まじでご最もですと、二人は住職に頭を下げた。


7/10/2025, 10:48:32 AM