森羅秋

Open App
8/8/2023, 7:05:16 AM

最初から決まっていた


 学校からの帰宅途中に個人店のケーキ屋があった。家から徒歩20分間でいくつかの道路を超えて公園の向こう側にあった。
 母が甘いものが好きなのと、そのケーキ屋作るケーキは美味しく彩り豊かで、小さなイベントがあると姉と弟を連れて買いに行ったものだ。
 月に3回は買っていたので向こうにとっては常連客だろう。若い夫婦が経営していたが、当時の私は、おじちゃん、おばちゃん、と呼んでいたはずだ。
 母と私は季節のもの、姉はチョコレート、弟はチーズケーキを良く選び、父は甘いものが苦手なため甘さ控えめのシューばかり食べていた。
 私にとってはご褒美であり、イベントがあればいつでも食べられる甘味だった。

 そのうち、姉が大学ため家を出てそのまま結婚。弟は野球の強豪校に入学し寮生活のため家をでると、イベントがみるみる減ってしまった。しかし残念とは思わなかった。成長により私の味覚が変化したため甘い物よりも苦い物を好むようになったからだ。母にケーキを勧められもあまり手をつけなかった。
 私は自宅から大学に通っていたが、就職をすると同時に家を出ることになった。しばらく返ってこないから、といつものケーキがでてくる。1年ぶり食べたらやはり甘かった。苦い珈琲で口を潤す。

 それからあっという間に時間が経ち、私も所帯をもった。仕事の多忙に加え、実家までの距離は5つの県を越える。そのため頻繁に帰ることが出来ず、今回の帰宅は実に五年ぶりであった。
 馴染みのある道を通る。あの道を曲がり、ここを真っ直ぐ進んで、公園が見えてきて、その途中にあるケーキ屋…………の看板がなくなっていた。人気はなく雑草が玄関脇に生えている。
 閉店したのか、と私に衝撃走る。幼少期記憶脳裏をよぎり不意に目頭が熱くなった。とはいえ私はもう大人である。閉店をすんなり受け入れると、何事もなかったように家族を引き連れ実家へ向かった。

「ようきたね」
 母が出迎えた。顔を見た時に母があのケーキ屋が好きだったことを思い出す。さぞかしガッカリしているだろうと胸が少し痛かった。
 茶でも用意しよう、と台所に行った母を追う。
 私は後ろ頭を掻きながら、
「あの店閉店したんだね。残念だ」
 と告げると、母が冷蔵庫からホールケーキの箱を取り出した。ロゴを見て私はあわてる。閉店したはずの、あのケーキ屋だった。
「なにいっとん。移転しただぁけ」
 笑いながら、母が箱をあけた。15センチのフルーツケーキが出てくる。真っ白い生クリームの上にツヤツヤしたフルーツが乗っている。
「ほら。季節のフルーツケーキ。美味しそうだなぁ」
「あーっ ケーキだー」
「おおおすっげーっ これがばーちゃんのいってたオススメケーキかーっ」
 タイミング良く子供達やってきて、遅れて妻もきた。
「お義母さんありがとうございます。一度食べてみたくて。とても美味しそう」
「こちらこそいい理由ができたわ。早速切って食べましょうや」
 あれ? と私が首を傾げると、母はにやっと笑った。
「ケーキがあるのはあんただけ秘密にしたんよ。移転前のケーキ屋みると思ったから、驚かせようと思ってな」
「ばーちゃん早くきってーっ」
「きってーっ」
「はいはい、まっとれ」
 母がケーキを切り分けていく。
 みんなグル? と聞くと妻は頷いた。私は苦笑する。  
 実家についたらすぐにケーキを食べること。これは最初から決まっていたそうだ。

 子供達が頬張りながらケーキを食べている。妻は母と談話しながら食べている。私は苦い珈琲を片手に、懐かしい甘さと再会した。



 

8/3/2023, 3:26:17 PM

目が覚めるまでに


 隕石が落ちて世界が変わった
 謎のモンスターが人類を襲う
 人類が滅びゆくさまを、ただ手をこまねいているわけにはいかない
 神に選ばれた人間よ。勇者よ
 仲間を選び旅立て
 力を合わせて敵を倒すのだ

 BGMが流れたので少年は動けるようになった。
 城下町のギルド【ラボ】に向かう。入口から中に入ると広い食堂がある。屈強な戦士、可憐な魔法使い、誠実そうな僧侶などが大勢食事をしていた。
 カウンターにいる受付嬢に話しかける。
『仲間を紹介してください』
 受付嬢は、かしこまりました。と答えると、ボンっと分厚い本を取り出した。今は無き電話帳よりも幅が分厚い。
 受付嬢は重厚な本を手渡す。
 促されるまま、少年は1ページ目を開いた。個人プロフィールが載っている。並びは、日本語と英語と中国語とアラビア語とスペイン語の順に氏名で纏められて、その人物の職業、戦闘能力特性、覚えられる呪文などが書かれている。
『こちらから1000人、仲間をお選びください』
 せんにんっ!? と少年は慌てた。いや多すぎない? 無理でしょ? と口パクすると、受付嬢は時計の針を示す。
『あと10分でお決めください』
 無理無理無理無理。と少年はパラパラページを捲り、勢いだけで片っ端から登録する。
 なんとか時間内に選び終わると、少年の周囲に1000人の冒険者が集まっていた。圧巻である。少年の顔が引きつった。

『敵の形状はスライムです。頑張ってください』
「おーい。起きろー」

 受付嬢の声と天からの声がかぶった。
 少年は空を見上げる。

「おおーい。ここで寝るなー。起きろー」

 ふわりと浮遊感をもつと、ぱっと画面が変わった。
 真っ暗だ。
 ゆさゆさと体を揺すられている。顔をあげると、椅子に座って顔伏せて寝ていたと気づいた。しかも社員食堂の一角で、うどんを食べ終わって寝落ちしたようだ。
 二十代の女性はそう理解した。崩れたお団子にすっぴんに近いほど落ちきった化粧、ヨレヨレの襟シャツにアイロンをかけていないスラックス。唯一白衣だけは糊付けされてしゃんとしていた。
「変な夢みた」
 女性は起こしてくれた親友に声をかける。彼女もまた疲労困憊である。シャワーを浴びてきて身なりは整っているが、目の下のクマがくっきりと浮かび上がっていた。
「いやぁ。お疲れ。徹夜三昧だったからねぇ。事故ったらヤバいし仮眠室にいけば?」
 女性は首を左右に降った。
「駄目。やっと敵の正体判明したんだから。おちおち寝てられないよ」
 親友は女性の隣にある椅子を引き出し座る。
「解析では宇宙からきたモノって出た。脳に寄生する粘液は数年前にあった隕石落下で地球にきた説が濃厚みたい。海に落ちたさいに拡散されて、水蒸気で雲に紛れて雨と一緒に地上に降りてきた」
「海、雨、川などの水から人の体内に入ると脳に寄生。脳神経と細胞を食い荒らしてしまい、余命は1年」
 でも。と女性は立ち上がる。
「成分分析で色々分かるから、私達が生存できる可能性がある! まだ間に合う!」
 親友は微笑した。
「わかったわかった。まずは食器を返しておいで」
「そうだね。いってきます」
 女性お盆をもって食器回収口へ向かった。
 親友は立ち上がり天井を見上げた。天井の壁の四隅端に粘液が染み出していることを確認して呟く。

「レム及びノンレム睡眠時を利用した人格形成は順調に侵攻中。同化完了までの予想時間はあと―――――」
 





 

8/2/2023, 1:45:38 PM

病室

 四十代の男は歩道橋の一番上から一番下まで、一気に転がり落ちた。
 不意に足が浮かぶ感覚、背中を押されたような感覚、それに驚いたためか体が強張ってしまい、為す術もなく硬いアスファルトに寝転がる。 
 ここ数年、怪我が耐えなかったが、これはまずいと思った。なんとか助けを呼ぼうと顔を横向きにする。薄っすらと開かれた目には、歩道橋から人影のようなものが去っていくのを捉えた。全身が黒い。ローブを着ているが足はないもの。
 あれはなんだ? そう思った所で男の意識は途絶えた。
 
 次に目が覚めたら病室だった。
 全身にコードが張り付き、口についている呼吸器が生命維持管理装置に繋がっていた。
 歩道橋から転落した男は一命を取り留めたものの、脳の炎症により意識障害、呼吸器障害が起こっていた。
 男はその状態の自分を上から眺めていた。しばし呆然としたあと、今の状況が理解できて顔を青くした。死の瀬戸際に立っていると頬に手を添えた。意識がないのは魂が体から抜けているからだ。
 男は体に入ろうと何度も出入りしてみた。念じてみた。
 看護師が何度かバイタルチェックをして、下の世話をして、声をかけて、を繰り返す。
 誰も浮いている男の事に気づかない。
 途方にくれた男は泣きそうに顔を歪める。するとカーテンが開いた。看護師が入ってくるのと同時に入ってきた者を見て、男は悲鳴をあげる。
 真っ黒い全身に青白い顔をした者がスィっと入ってくると、傍にあった椅子に座り、じっと男の顔を眺める。
 間違いない。あの夜、歩道橋でみたモノだ。死神だったのかと男は急いでカーテンの向こう側に隠れた。そこは集中治療室で看護師が大勢行き来している。もちろん、カーテンからそっと中を伺う男に気づいていない。
 看護師がいなくなると死神はブツブツと呪いの言葉を放つ。
 なんでいきてる。はやくしね。はやくしね、しねしね、と。
 恐ろしい声色に男は絶望を覚えた。
 死神は毎日毎日、同じ時間にくる。朝早くと夕方から面談終了時間まで。看護師がいなくなると呪いの言葉を放つ。
 何日も何日も何日も何日も何日も何日も何日も。
 恐怖によって男は憔悴していった。
 このままだと死神に連れていかれてしまう。嫌だ、と男は手で顔を覆って泣いた。諦めかけた男の記憶に愛する女性が浮かぶ。そうだ。妻を残して死ねない。このまま何もしないよりは。
 男は死神を追い払おうと意を決した。
 時間になり死神がやってきた。男はベッドの傍に座っている死神の前に立つと、指差しながら、あっちにいけ。絶対に死なない。とあらん限りの言葉を放つ。
 こちらに関心をみせない死神に、手応えのなさを感じ涙を流した男は、ぎゅと目をつぶり、目を開けた。視界が揺らめく。座っている黒いワンピースをきた者に向かって、掠れた声をあげた。
「ぜったいに、しぬもんか」
 死神がガタンと立ち上がる。そのままカーテンを開けて去っていった。
 やった。と安堵する男の元に看護師と医者が慌ててやってきた。意識を取り戻した。と声を上げてている。
 男はゆっくりと周囲をみる。
 生き返る事ができた。と涙を流した。
 ずっと奥さんが付き添っていましたよ。と看護師が言う。来ていましたか。と男は嬉しそうに頷く。あ、来ましたよ。と看護師が妻に挨拶をする。
 妻を見て、男は背筋が凍った。
 妻は長い髪をおろし、服は真っ黒いワンピース、黒いストッキングを履いている。青白い顔は若干引きつっていた。 
「良かった、あなた」
 妻の声で男の耳にある言葉が思い出される。 
 死神の呪いの声だ。
 その瞬間、男は全てを悟った。
 

 

8/1/2023, 3:13:11 PM

明日、もし晴れたら


 食器を片付けを終えた中年女性は、台所からリビングに戻ってくるなり、四人がけテーブルの上に目をとめた。
 息子が一生懸命てるてる坊主を作っている。白い布にティシュを入れて頭を丸く作り、カラフルな紐で止めている。ネームペンの細いペン先で目と口を書き足し、笑顔のてるてる坊主が完成している。
 その数は7個。小学3年にもなれば手際良く、30分ほどで完成させたようだ。
 息子がリビングの窓を見る。つられて女性も窓の外をみる。小雨の粒が窓を濡らしていた。雫が垂れている窓を眺めた息子は、作ったばかりのてるてる坊主を手に持ち、トテ、トテと歩きながら窓枠へ向かう。
 何をするの。と問いかけると、てるてる坊主を飾りたい。と返事がくる。
 女性は首を傾げながら、手伝う。と椅子を片手に窓へ向かった。てるてる坊主を受け取りながら息子の足首に巻かれている包帯をみる。本当に吊るしていいの? と確認してみた。
 息子はうんと頷く。
「明日運動会あるでしょ? だから逆さまに飾って! 明日いっぱい大人しくしたら、包帯取って走っていいって言われたもん。ぼくもかけっこやりたい!」
 女性は、なるほど。と頷いて、てるてる坊主を逆さまに飾った。



 

7/31/2023, 11:51:24 AM

 ぼくは書く事が下手だ。
 国語のテストも作文も論文も人並み以下で上手くならない。
 それでも書く事が好きで、書き続けますられる理由として初めに選んだのは日記だった。ぼくのことを拙い文章で記録していく。漢字を多く使いたくて辞書を片手に書き綴っていった。
 一年に一冊。そう決めて書き続けていた文字は仕事をし始めてから億劫になった。業務によりキーボード入力が中心になると、書くこと自体が減り、言葉も漢字も徐々に書けなくなってしまった。あれだけ大切にしていた辞書も今は埃を被ってしまっている。これでは駄目だと思いながらも、日々は過ぎていく。
 
 ある日のこと、ぼくは何気なく本棚整理を始めた。不必要になった本を段ボールに詰めていくなか、ふと、カラフルな日記を手に取った。書いていたことすら忘れていた日記帳。ぼくは少し驚いた。
 日記帳の数は21冊。本を開くと若者の言葉が綴られていた。パラパラと捲り時間忘れて読みふけった。ここには過去のぼくが息づいていた。恥ずかしいような懐かしいような、自然に口角上がってしまう。

 日記帳の後半からは空白が目立ってきた。
 忙しくて書く気力がなかった事を思い出して苦笑する。そのまま最後のページをめくった。
 ぼくはハッとして目をとめる
 『まだまだ日記続けるぞ。文章上手くなったら小説とかチャレンジしてみたいな』
 明らかにぼくの字だったが、この思いは記憶にない。
 ハテ。と首を傾げたものの、文章を学習するのに何か話を書いてみてもいいかと思った。ほんの気まぐれだ。三日坊主で終わるかもしれないが、動機なんてなんでもいい。文章を書くと決めたらワクワクした。
 新しい日記帳を購入して真新しいページにペン先を落とし今日の日付をいれる。相変わらず崩れた文字だが丁寧に書くと綺麗にみえた。
 『日記をはじめると言ったら妻が驚いていた』
 ぼくはまた日記をつける。
 出来れば死ぬまで書き続けたいものだ。


Next