森羅秋

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最初から決まっていた


 学校からの帰宅途中に個人店のケーキ屋があった。家から徒歩20分間でいくつかの道路を超えて公園の向こう側にあった。
 母が甘いものが好きなのと、そのケーキ屋作るケーキは美味しく彩り豊かで、小さなイベントがあると姉と弟を連れて買いに行ったものだ。
 月に3回は買っていたので向こうにとっては常連客だろう。若い夫婦が経営していたが、当時の私は、おじちゃん、おばちゃん、と呼んでいたはずだ。
 母と私は季節のもの、姉はチョコレート、弟はチーズケーキを良く選び、父は甘いものが苦手なため甘さ控えめのシューばかり食べていた。
 私にとってはご褒美であり、イベントがあればいつでも食べられる甘味だった。

 そのうち、姉が大学ため家を出てそのまま結婚。弟は野球の強豪校に入学し寮生活のため家をでると、イベントがみるみる減ってしまった。しかし残念とは思わなかった。成長により私の味覚が変化したため甘い物よりも苦い物を好むようになったからだ。母にケーキを勧められもあまり手をつけなかった。
 私は自宅から大学に通っていたが、就職をすると同時に家を出ることになった。しばらく返ってこないから、といつものケーキがでてくる。1年ぶり食べたらやはり甘かった。苦い珈琲で口を潤す。

 それからあっという間に時間が経ち、私も所帯をもった。仕事の多忙に加え、実家までの距離は5つの県を越える。そのため頻繁に帰ることが出来ず、今回の帰宅は実に五年ぶりであった。
 馴染みのある道を通る。あの道を曲がり、ここを真っ直ぐ進んで、公園が見えてきて、その途中にあるケーキ屋…………の看板がなくなっていた。人気はなく雑草が玄関脇に生えている。
 閉店したのか、と私に衝撃走る。幼少期記憶脳裏をよぎり不意に目頭が熱くなった。とはいえ私はもう大人である。閉店をすんなり受け入れると、何事もなかったように家族を引き連れ実家へ向かった。

「ようきたね」
 母が出迎えた。顔を見た時に母があのケーキ屋が好きだったことを思い出す。さぞかしガッカリしているだろうと胸が少し痛かった。
 茶でも用意しよう、と台所に行った母を追う。
 私は後ろ頭を掻きながら、
「あの店閉店したんだね。残念だ」
 と告げると、母が冷蔵庫からホールケーキの箱を取り出した。ロゴを見て私はあわてる。閉店したはずの、あのケーキ屋だった。
「なにいっとん。移転しただぁけ」
 笑いながら、母が箱をあけた。15センチのフルーツケーキが出てくる。真っ白い生クリームの上にツヤツヤしたフルーツが乗っている。
「ほら。季節のフルーツケーキ。美味しそうだなぁ」
「あーっ ケーキだー」
「おおおすっげーっ これがばーちゃんのいってたオススメケーキかーっ」
 タイミング良く子供達やってきて、遅れて妻もきた。
「お義母さんありがとうございます。一度食べてみたくて。とても美味しそう」
「こちらこそいい理由ができたわ。早速切って食べましょうや」
 あれ? と私が首を傾げると、母はにやっと笑った。
「ケーキがあるのはあんただけ秘密にしたんよ。移転前のケーキ屋みると思ったから、驚かせようと思ってな」
「ばーちゃん早くきってーっ」
「きってーっ」
「はいはい、まっとれ」
 母がケーキを切り分けていく。
 みんなグル? と聞くと妻は頷いた。私は苦笑する。  
 実家についたらすぐにケーキを食べること。これは最初から決まっていたそうだ。

 子供達が頬張りながらケーキを食べている。妻は母と談話しながら食べている。私は苦い珈琲を片手に、懐かしい甘さと再会した。



 

8/8/2023, 7:05:16 AM