ほおずき るい

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3/4/2025, 10:47:06 AM

ひらり、はらり、またひらり。練習用のステージの上で彼女の動きに合わせて薄い布が生きているように動く。指の先から幾重にも重ねられた布一枚一枚まで計算され尽くしているような美しさがあった。

「お!新入りここにいたんだな!ウチの花形様の踊りはどうだ?凄えだろ?」
「っはい!すみません、呼ばれてたのに寄り道してしまって...」
「いいっていいって!しょうがねえよ!アイツの踊りを一度見ちまったら目を離すなんて出来ねえんだからさ!」
ガハハハ!と豪快に笑う男に少年は照れたように頭を掻く。

「だがオマエもウチのサーカスの一員になったからにはアイツみたいにお客さんの視線を集めるようになってもらわなきゃなんねぇ。覚悟はいいか?」
「はいっ!」
「よっしゃ!いい返事だな!早速オマエ向きの芸を探すとするか!」

数時間の芸探しを経て、団長も僕もヘロヘロになってしまった。

「す、すみません団長...僕、何も出来なくて...」
「き、気にすんな!サーカスってのは何も表に立つことだけが仕事じゃねえ!猛獣の世話だとか、団員たちの怪我のケアだとか裏方の仕事だって数え始めたらキリがねえくらいだ!オマエはオマエにあった仕事があるはずだ!」
頭を地面にめり込ませる勢いで項垂れる僕を団長は慌てて慰めてくれた。
なんていい人なんだ...!

「おーい!ラスカル!新入りに裏方の仕事を教えてやってくれ!オレは今日の公演の準備をする!っとそうだ、新入りのー...」
「ダニエルです」
「っそうそう!ダニエル!いや別に忘れてたわけじゃねえぞ?ただ似たような名前のやつがいたから迷っただけだからな?あー、何話してたんだか...そう!ダニエル、オマエが裏方の仕事をすることになっても、ステージに出てお客さんたちに挨拶はするからな!心の準備だけはしておけよ!」
団長はそう言ってから慌ただしそうに走って行ってしまった。

「あーらら、団長ってば段取り悪いんだから。ダニエル君でしょ?オレについといで〜。裏方の仕事教えたげるからさ」
「お願いします!」
僕はラスカルさんに頭を下げて小走りで着いて行った。

「へー!上手いじゃんか。表よりこっちの方が向いてんじゃない?怪我の手当はできる?」
「あ、はい!多分ですけど、できると思います!」
「有能だね〜おっと、そろそろ公演が始まっちゃうね、オレはともかく、ダニエル君は早めにいかないと!こっちこっち、オレが連れてったげるから着いてきて!」
「はい!あの、挨拶って何すればいいんですか!?」
「名前となんか一言いえばいいよ〜!表に出るわけじゃないから難しく考えなくて大丈夫だから!」
そんなこと言われてパッと思いつくはずもなく。
気づけばもうステージは目の前だった...
分厚い舞台袖の幕から見えるステージの向こうにはぎっしりとお客さんがいて、団長の挨拶をしている声と楽しそうな歓声や口笛が聞こえてくる。

「うわぁぁぁ...緊張して震えてきた....!失敗したらどうしよう...」
「気にすんなよ新入り!」
「そうだぞ!何かあったら俺たちがカバーしてやるさ!」
「心配しなくたって誰もアンタのことを見ないわ。アタシのことを見るもの」
みんなが励ましてくれる言葉に混じって、少し突き放すような声が聞こえた。
声がした方を見ると、エキゾチックな褐色肌と、黒いはっきりとしたアイラインに彩られた異国の太陽を思わせる金色の目を僕に向けて花形の彼女はにこりともせずに言った。

「アタシが観客全員の視線を奪うのはいつものことだわ。今更何を心配してるの?」
「おーいフェリシア、こいつは新人だぞー」
「ま、確かにお前の言う通りだけどな!このサーカス来る目的は全員フェリシアだからな!よ!さすが我らが花形様!」
周りの団員がやいのやいのと囃し立てるのを笑うこともせず、彼女はツンと前を向いていた。それは傲慢さがありながらも、気高さがあって、気品に溢れていて...
まあ、つまり僕は、花形の彼女。フェリシアに恋をしてしまった。

3/1/2025, 2:01:17 AM

吐いた白い息が雪降る曇天に近づこうとして消える。それを見ると冬が来たと多くの人が思うだろう。でも、ぼくはこの景色を見ると「あの人」が来たと思うのだ。

寒さでかじかむ手をダウンジャケットのポケットに突っ込み小さな丘に生えているとある木を目指す。この時期になると寒くて誰も来ないような木の下に黒い人影が見えた。

「やあ奇妙な少年。今年も来たんだね」
「奇妙なのはどっちかな。こんな寒い冬にそんな寒そうな格好をするお姉さんの方が奇妙だと思うよ」
ぼくが言い返しても「お姉さん」はケラケラと笑うだけだった。本当に雪煙を掴むように得体の知れない人だ。

「こっちに座って少し話そうよ。私がいない間に何があったのか知りたいんだ。キミの願望は消えたのか、とかね」
「消えてないよ。でもことごとく失敗するんだ。みんなが止めるせいでね」
はーと白い息を吐きながらそういうと「お姉さん」はニコッと口角を釣り上げる。

「まだキミの自殺願望は無くならないらしいね。周りの大人はなんて?」
「「こんなに若いのに何をそんなに思い詰めるんだ」、「お父さんとお母さんが大事にしている君の命を他でもない君が捨てるのか」、「自殺は罪だからやめなさい」などなど、ひじょーにありがたいお言葉をいただいてるよ」
「本当にそう思っているならもう少しありがたそうな顔をしなよ少年」
「思ってるわけないじゃん」
視線を街に向けて小さく、灰色のつまらない街を指差す。

「誰がこんな灰色の世界で生きたいと思うの?もっと明るくてカラフルな世界だったら自殺なんてしないよ。それに自殺の何が悪いの?逃げたい時は逃げていいのにその手段の一つの自殺がこんなに批判されるなんてあまりにも矛盾してるよ」
「少年〜...それは傲慢って言うんだよ。キミにとっては灰色でも他の人間にとってはかけがえの無い世界だ。でも」
「お姉さん」はぼくの隣に腰掛けイタズラそうな目でぼくを覗き込む。

「自殺が批判されるのが納得いかないのは同意。死にたい人に生きろって言うのはさらに苦しめる事にしかならない。生きることは死へ向かうことだ。だから生と死は真反対に見えて直線上にあって、この2つは密接な関係にある」
「お姉さん」がぼくの頭をわしゃわしゃと撫で回す手を払いのけると「お姉さん」は懲りもせずに笑った。

「だからさ、少年。死を探して生きるなって言う人がいるけど、キミは死(わたし)を探して生きな」
ニヤッとわんぱくな笑顔の「お姉さん」の笑顔は寒そうな格好とは真反対で、すごく暖かかった。否定され続けたぼくを初めて肯定してくれた。それがすごく嬉しかった。

「...ねえ、来年もお姉さんはここに来る?」
「そうだねぇ...もし少年がわたしを覚えていて、ここに来たのなら、わたしはきっとこの木の下にいるだろうね」
「わかった、来年も来るから、お姉さんも来年ここで待ってて」
「いいよ」

来年の冬もその次の冬も。お姉さんが来ることはなく、ぼくは懐かしい一冬の、あの日の温もりだけを信じて毎年あの丘に登った。

2/18/2025, 8:08:17 AM

「お嬢様、イヤリングは耳が痛くなるからと苦手ではありませんでしたか?」
「うん。でもね、このイヤリングは蒼樹様が贈ってくださったの!」
素敵でしょう?と髪を耳にかけて見せてくれたきらりと輝きを放つイヤリングはそこらの雑貨店で売っていそうな安物の大量生産品だった。お嬢様ならすぐ分かるはずなのに、あえてつけるほどあの鼻持ちならない小癪なガキが好きなのか。
そう思うとはらわたが煮えくりかえりそうな気がした。
なぜお嬢様はあんな奴のために心を砕くのだろう。

毎年返されないプレゼントをお嬢様自ら見繕って「気に入っていただけるかしら」と不安そうに贈ったプレゼントに対してお礼の手紙一つよこさないで、初めて贈ったものがこんな安物だなんて。そんな不義理な男のためにお嬢様が御心を悩ませているだなんて許せない。

俺はいけないと思いつつもお嬢様が大切にされているイヤリングを一つ隠し持った。片方だけになってしまったイヤリングならお嬢様もおつけにならないだろうと思って。

「ねえ伊月、わたくしのイヤリングを知らないかしら?どこにもないの」
「イヤリングですか?いえ、私は見ておりませんが...どこかに落とされたのかもしれません。見つけ次第すぐにお渡しいたします」
我ながらよくもまあ嘘八百を並べ立てられるものだと感心する。お嬢様が悲しむ姿に心が痛まないわけではないが、少しでもあの男との関わりを消したかった。
お嬢様を幸せにできない男の心無いプレゼントなど汚らわしくて清廉なお嬢様に触れて欲しくなかった。
服の上から握ったイヤリングを握りつぶさんばかりに握る。こんなものでもお嬢様のお気を引けると言うのに、なぜ俺はこれっぽっちもお嬢様の御心に留めていただけないのだろう。

片方無くなればお嬢様はイヤリングをおつけにならないと思っていたが、お嬢様は変わらずあのイヤリングを使用し続けた。
毎晩イヤリングを外した後に残る痛々しい赤い跡を見るのが居た堪れなかった。

2/11/2025, 10:15:05 PM

皆さんは「野生の島のロゼ」をご覧になりましたか?
なっていない?あ、なった?様々な人がいるでしょう。と、いうことで。「ココロ」というお題を出された私はこの映画のことしか頭にありませんでしたね。心を語るのにあれ程適した映画は無いと思います。ロボット、動物、成長。
笑いあり涙大有り、まさに全米が泣いた(全私が泣いたと言ってもいいかもしれません)映画でございます。当社調べ。
ネタバレはぜっっっっったいにしたく無いので多くは語りませんが、映画をご覧になった方々は深く頷いて頂けると幸いです。
何はともあれ、ロズ最高。

2/10/2025, 9:25:07 PM

〈ウィッシュ・アポン・ア・スター〉
メキシコの山間部の集落は星を従える少女を信仰していて、その少女は1日に何人もの村人の願いを笑顔で星に願い、叶えてくれた。

「星の奥さま、どうか、私の足の傷を治してください。痛くて、痛くて耐えきれないのです」
村人がそう願うと星の奥さまと呼ばれた少女はにっこりと微笑み頷いた。

「ウィッシュ・アポン・ア・スター、彼女の足が治りますように」
少女がそう願うと、彼女の横で浮かんでいた光の玉がいっとう激しく光を放ち、あっという間に村人の足の傷が綺麗さっぱりなくなったのだ。

少女は星と婚姻を結び、永遠の命と願いを叶える力を手に入れた。そのおかげで彼女は何百年も生きることができている。
星と婚姻を結ぶ前、少女は虚弱な体質のせいで死の狭間を彷徨っていた時に、星が現れた。
星は自分と婚姻を結び、妻となる代わりに永遠に等しい命と願いを叶える力を与えようと言った。少女はそれを受け入れ、今までないほどの健康的な生活を手に入れた。

少女は手に入れた力を使って村人達の願いを叶えていった。それが星の要求だったからだ。星の使命は人々の願いを叶えることなのに、自分だけでは叶えられない。誰かを介してでしか叶えられない。
少女は笑顔で人々の願いに応じた。
裕福になりたい、お腹いっぱいの食べ物が欲しい、健康になりたい、子供が欲しい。果てには、死んだ人を生き返らせて欲しいと。
少女は全て叶えた。死んだ人間は生前の姿を取り戻した。裕福になりたいと願った人は一生かかっても使いきれない財を得た。生まれた子供は病気にかからない健康な子供だった。
村人達は泣いて喜び、少女に貢物をした。
少女は笑った。それ以外の表情ができないからだ。

村人の願いを叶え終わり、1人なった瞬間、耐え難いほどの苦痛が少女の体を蝕んでいった。
少女の生命力を最小に叶えられる願いは少女に身体中の血という血を搾り取られるような苦痛と、息もできなくなるような窒息感を与えた。しかし少女の苦しみが村人に知られることはなかった。少女の表情は人々の前では必ず笑顔に固定されていたからだ。

「ウィッシュ・アポン・ア・スター、私を、解放して...ウィッシュ・アポン・ア・スター、もう...終わりにして...お願い...」
しかし少女の切なる願いが聞き入れられることはなく、少女の伴侶である星はキラキラと少女の顔を照らすだけだった。
いつも通り、自分の願いを叶えてくれない星に恨みがこもった視線を向けて唇を噛み締め涙を流す。

「ウィッシュ・アポン・ア・スター、私は...決してこんなことを願ってなんかいなかった...!」
「奥さま、入りますね」
少女のいる部屋の入り口から優しそうな顔のふくよかな女性が現れた。
口元に笑い皺が刻まれたその顔は数100年も前に亡くなった少女の母を彷彿とさせ、少女は世話係の彼女を好意的に思っていた。

「奥さま、簡単なおやつをお持ち致しましたよ。最近は暑いですからね、涼しくなるようなひんやりとした果物を持ってきました。奥さまが元気がないように見えていたので、祭司様はオロオロとしていましたから、アタシがしっかりしなさいと一発喝を入れてやりましたとも!」
快活に笑う女性に釣られて少女は心から笑い声を上げた。
今の生活は耐え難い苦痛を伴うが、少女は自分の心配をしてくれる彼らが好きだった。苦痛がこの生活の対価だというのなら、それすらも受け入れられた。
優しい祭祀や女性、泣いて喜んでくれる村人達。彼らの存在が、少女の支えだった。救いだった。


「奥さま!お逃げください!蛮族が攻め入ってっ!キャァァァァ!」
「奥さまには指一本たりとも触れさせるわけにはいかない!かかれ!命に変えても奥さまをお守りするのだ!」
「あのガキを差し出せば助かるんなら差し出そうぜ!?今まで養ってやったじゃねえか!」
「何を言っているのだ!!貴様の妻を助けたのはどなただと思っている!?」
「とっとと願いを叶える女を差し出せ!」
「やっやめろ!来るな!来るな、ぐわぁぁぁぁ!」
目を見開いて震えることしかできない少女の顔に無惨にも親切にしてくれた祭祀の地が飛び散る。そのまま願いを叶えてやった村人に髪を乱暴に捕まれ、蛮族の前に放り投げられる。

「こ、この女が願いを叶える星の妻です!これで、俺たちは助けられるんだよな!?」
「ああ...そうだな...おい、とらえた女達を殺し、家に火を放て。1人、一軒たりとも見逃すなよ」
蛮族の首領と思われる男はニヤニヤと嫌な笑いを浮かべながら部下に指示した。

「なっ!?さっきと言ってることがちが、」
「待ってください」
少女が足の震えを裾で隠しながら立ち上がって蛮族を力強く見つめる。

「あなた方の望みはなんですか」
「俺たちの望み?っは!んなもん1つしかねえだろ!金だよかーね!それ以外に何があんだよ!」
ゲラゲラと下品に笑い声を上げる蛮族を見ながら少女は祈るように手を組む。

「ウィッシュ・アポン・ア・スター、抱えきれない程の金をちょうだい」
そう願った瞬間星が輝き、辺りを照らしたかと思えば蛮族の前に純金の塊が積み上がった。蛮族からどよめきが上がり、本物かどうか齧ったりして確かめている。本物だと確信した蛮族の首領が低く唸る。

「力は本物みてえだな...」
「この村の人たちを見逃すというのならこれ以上の宝物を出します。ですがそうしないというのならここの金をすべて消します」
「乗った。お前ら、人質を解放しろ。この女だけを連れて引き上げる!」
「イエッサー!」
「このっ...!裏切り者...!俺たちを捨てて楽できるやつに着いて行こうってのか!」
地面に手をつき、涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔で恨み言を叫ぶ村人を少女は悲しみを感じながら見た。しかし、少女は人々の前では笑顔しか許されない。笑顔で見下ろされた村人は目元を険しく歪めながら獣のような叫びと共に血が出るほど地面を殴り続けた。

「ここに入って大人しくしろ」
乱雑に固い石牢に放り込まれた少女は歯を噛み締めて俯いて耐える。
それから数日に渡り少女は蛮族の願いを際限なく、休みもなく叶え続けた。
体調はすこぶる良い。星が常に少女の体調を健康にしてくれるからだ。だが少女の心はボロボロに擦り切れてしまった。常に襲いかかる願いの代償の苦痛。労ってくれるものもいない環境。見ず知らずの蛮族に囲まれる日々。
いつしか少女の願いは開放から死に変わっていった。

「ウィッシュ・アポン・ア・スター、私を殺して」
「ウィッシュ・アポン・ア・スター、殺して」
「ウィッシュ・アポン・ア・スター、」
「ウィッシュ・アポン・ア・スター、」
何度も、何度も同じことをくり返す少女を気味悪く思った蛮族はいつしか少女を閉じ込めていた石牢に近寄ることがなくなり、食事も与えれなくなった。だが、少女の頬は痩けるどころか、ふっくらと柔らかさを保ち、髪の毛もツヤツヤと輝きを放つ。目だけが深淵よりも、新月の夜空よりも昏く淀んでいた。
痛みを感じなくなった今でも少女は輝く無口な星に自身の死を願い続けている。

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