ほおずき るい

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吐いた白い息が雪降る曇天に近づこうとして消える。それを見ると冬が来たと多くの人が思うだろう。でも、ぼくはこの景色を見ると「あの人」が来たと思うのだ。

寒さでかじかむ手をダウンジャケットのポケットに突っ込み小さな丘に生えているとある木を目指す。この時期になると寒くて誰も来ないような木の下に黒い人影が見えた。

「やあ奇妙な少年。今年も来たんだね」
「奇妙なのはどっちかな。こんな寒い冬にそんな寒そうな格好をするお姉さんの方が奇妙だと思うよ」
ぼくが言い返しても「お姉さん」はケラケラと笑うだけだった。本当に雪煙を掴むように得体の知れない人だ。

「こっちに座って少し話そうよ。私がいない間に何があったのか知りたいんだ。キミの願望は消えたのか、とかね」
「消えてないよ。でもことごとく失敗するんだ。みんなが止めるせいでね」
はーと白い息を吐きながらそういうと「お姉さん」はニコッと口角を釣り上げる。

「まだキミの自殺願望は無くならないらしいね。周りの大人はなんて?」
「「こんなに若いのに何をそんなに思い詰めるんだ」、「お父さんとお母さんが大事にしている君の命を他でもない君が捨てるのか」、「自殺は罪だからやめなさい」などなど、ひじょーにありがたいお言葉をいただいてるよ」
「本当にそう思っているならもう少しありがたそうな顔をしなよ少年」
「思ってるわけないじゃん」
視線を街に向けて小さく、灰色のつまらない街を指差す。

「誰がこんな灰色の世界で生きたいと思うの?もっと明るくてカラフルな世界だったら自殺なんてしないよ。それに自殺の何が悪いの?逃げたい時は逃げていいのにその手段の一つの自殺がこんなに批判されるなんてあまりにも矛盾してるよ」
「少年〜...それは傲慢って言うんだよ。キミにとっては灰色でも他の人間にとってはかけがえの無い世界だ。でも」
「お姉さん」はぼくの隣に腰掛けイタズラそうな目でぼくを覗き込む。

「自殺が批判されるのが納得いかないのは同意。死にたい人に生きろって言うのはさらに苦しめる事にしかならない。生きることは死へ向かうことだ。だから生と死は真反対に見えて直線上にあって、この2つは密接な関係にある」
「お姉さん」がぼくの頭をわしゃわしゃと撫で回す手を払いのけると「お姉さん」は懲りもせずに笑った。

「だからさ、少年。死を探して生きるなって言う人がいるけど、キミは死(わたし)を探して生きな」
ニヤッとわんぱくな笑顔の「お姉さん」の笑顔は寒そうな格好とは真反対で、すごく暖かかった。否定され続けたぼくを初めて肯定してくれた。それがすごく嬉しかった。

「...ねえ、来年もお姉さんはここに来る?」
「そうだねぇ...もし少年がわたしを覚えていて、ここに来たのなら、わたしはきっとこの木の下にいるだろうね」
「わかった、来年も来るから、お姉さんも来年ここで待ってて」
「いいよ」

来年の冬もその次の冬も。お姉さんが来ることはなく、ぼくは懐かしい一冬の、あの日の温もりだけを信じて毎年あの丘に登った。

3/1/2025, 2:01:17 AM