ほおずき るい

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〈ウィッシュ・アポン・ア・スター〉
メキシコの山間部の集落は星を従える少女を信仰していて、その少女は1日に何人もの村人の願いを笑顔で星に願い、叶えてくれた。

「星の奥さま、どうか、私の足の傷を治してください。痛くて、痛くて耐えきれないのです」
村人がそう願うと星の奥さまと呼ばれた少女はにっこりと微笑み頷いた。

「ウィッシュ・アポン・ア・スター、彼女の足が治りますように」
少女がそう願うと、彼女の横で浮かんでいた光の玉がいっとう激しく光を放ち、あっという間に村人の足の傷が綺麗さっぱりなくなったのだ。

少女は星と婚姻を結び、永遠の命と願いを叶える力を手に入れた。そのおかげで彼女は何百年も生きることができている。
星と婚姻を結ぶ前、少女は虚弱な体質のせいで死の狭間を彷徨っていた時に、星が現れた。
星は自分と婚姻を結び、妻となる代わりに永遠に等しい命と願いを叶える力を与えようと言った。少女はそれを受け入れ、今までないほどの健康的な生活を手に入れた。

少女は手に入れた力を使って村人達の願いを叶えていった。それが星の要求だったからだ。星の使命は人々の願いを叶えることなのに、自分だけでは叶えられない。誰かを介してでしか叶えられない。
少女は笑顔で人々の願いに応じた。
裕福になりたい、お腹いっぱいの食べ物が欲しい、健康になりたい、子供が欲しい。果てには、死んだ人を生き返らせて欲しいと。
少女は全て叶えた。死んだ人間は生前の姿を取り戻した。裕福になりたいと願った人は一生かかっても使いきれない財を得た。生まれた子供は病気にかからない健康な子供だった。
村人達は泣いて喜び、少女に貢物をした。
少女は笑った。それ以外の表情ができないからだ。

村人の願いを叶え終わり、1人なった瞬間、耐え難いほどの苦痛が少女の体を蝕んでいった。
少女の生命力を最小に叶えられる願いは少女に身体中の血という血を搾り取られるような苦痛と、息もできなくなるような窒息感を与えた。しかし少女の苦しみが村人に知られることはなかった。少女の表情は人々の前では必ず笑顔に固定されていたからだ。

「ウィッシュ・アポン・ア・スター、私を、解放して...ウィッシュ・アポン・ア・スター、もう...終わりにして...お願い...」
しかし少女の切なる願いが聞き入れられることはなく、少女の伴侶である星はキラキラと少女の顔を照らすだけだった。
いつも通り、自分の願いを叶えてくれない星に恨みがこもった視線を向けて唇を噛み締め涙を流す。

「ウィッシュ・アポン・ア・スター、私は...決してこんなことを願ってなんかいなかった...!」
「奥さま、入りますね」
少女のいる部屋の入り口から優しそうな顔のふくよかな女性が現れた。
口元に笑い皺が刻まれたその顔は数100年も前に亡くなった少女の母を彷彿とさせ、少女は世話係の彼女を好意的に思っていた。

「奥さま、簡単なおやつをお持ち致しましたよ。最近は暑いですからね、涼しくなるようなひんやりとした果物を持ってきました。奥さまが元気がないように見えていたので、祭司様はオロオロとしていましたから、アタシがしっかりしなさいと一発喝を入れてやりましたとも!」
快活に笑う女性に釣られて少女は心から笑い声を上げた。
今の生活は耐え難い苦痛を伴うが、少女は自分の心配をしてくれる彼らが好きだった。苦痛がこの生活の対価だというのなら、それすらも受け入れられた。
優しい祭祀や女性、泣いて喜んでくれる村人達。彼らの存在が、少女の支えだった。救いだった。


「奥さま!お逃げください!蛮族が攻め入ってっ!キャァァァァ!」
「奥さまには指一本たりとも触れさせるわけにはいかない!かかれ!命に変えても奥さまをお守りするのだ!」
「あのガキを差し出せば助かるんなら差し出そうぜ!?今まで養ってやったじゃねえか!」
「何を言っているのだ!!貴様の妻を助けたのはどなただと思っている!?」
「とっとと願いを叶える女を差し出せ!」
「やっやめろ!来るな!来るな、ぐわぁぁぁぁ!」
目を見開いて震えることしかできない少女の顔に無惨にも親切にしてくれた祭祀の地が飛び散る。そのまま願いを叶えてやった村人に髪を乱暴に捕まれ、蛮族の前に放り投げられる。

「こ、この女が願いを叶える星の妻です!これで、俺たちは助けられるんだよな!?」
「ああ...そうだな...おい、とらえた女達を殺し、家に火を放て。1人、一軒たりとも見逃すなよ」
蛮族の首領と思われる男はニヤニヤと嫌な笑いを浮かべながら部下に指示した。

「なっ!?さっきと言ってることがちが、」
「待ってください」
少女が足の震えを裾で隠しながら立ち上がって蛮族を力強く見つめる。

「あなた方の望みはなんですか」
「俺たちの望み?っは!んなもん1つしかねえだろ!金だよかーね!それ以外に何があんだよ!」
ゲラゲラと下品に笑い声を上げる蛮族を見ながら少女は祈るように手を組む。

「ウィッシュ・アポン・ア・スター、抱えきれない程の金をちょうだい」
そう願った瞬間星が輝き、辺りを照らしたかと思えば蛮族の前に純金の塊が積み上がった。蛮族からどよめきが上がり、本物かどうか齧ったりして確かめている。本物だと確信した蛮族の首領が低く唸る。

「力は本物みてえだな...」
「この村の人たちを見逃すというのならこれ以上の宝物を出します。ですがそうしないというのならここの金をすべて消します」
「乗った。お前ら、人質を解放しろ。この女だけを連れて引き上げる!」
「イエッサー!」
「このっ...!裏切り者...!俺たちを捨てて楽できるやつに着いて行こうってのか!」
地面に手をつき、涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔で恨み言を叫ぶ村人を少女は悲しみを感じながら見た。しかし、少女は人々の前では笑顔しか許されない。笑顔で見下ろされた村人は目元を険しく歪めながら獣のような叫びと共に血が出るほど地面を殴り続けた。

「ここに入って大人しくしろ」
乱雑に固い石牢に放り込まれた少女は歯を噛み締めて俯いて耐える。
それから数日に渡り少女は蛮族の願いを際限なく、休みもなく叶え続けた。
体調はすこぶる良い。星が常に少女の体調を健康にしてくれるからだ。だが少女の心はボロボロに擦り切れてしまった。常に襲いかかる願いの代償の苦痛。労ってくれるものもいない環境。見ず知らずの蛮族に囲まれる日々。
いつしか少女の願いは開放から死に変わっていった。

「ウィッシュ・アポン・ア・スター、私を殺して」
「ウィッシュ・アポン・ア・スター、殺して」
「ウィッシュ・アポン・ア・スター、」
「ウィッシュ・アポン・ア・スター、」
何度も、何度も同じことをくり返す少女を気味悪く思った蛮族はいつしか少女を閉じ込めていた石牢に近寄ることがなくなり、食事も与えれなくなった。だが、少女の頬は痩けるどころか、ふっくらと柔らかさを保ち、髪の毛もツヤツヤと輝きを放つ。目だけが深淵よりも、新月の夜空よりも昏く淀んでいた。
痛みを感じなくなった今でも少女は輝く無口な星に自身の死を願い続けている。

2/10/2025, 9:25:07 PM