ほおずき るい

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ひらり、はらり、またひらり。練習用のステージの上で彼女の動きに合わせて薄い布が生きているように動く。指の先から幾重にも重ねられた布一枚一枚まで計算され尽くしているような美しさがあった。

「お!新入りここにいたんだな!ウチの花形様の踊りはどうだ?凄えだろ?」
「っはい!すみません、呼ばれてたのに寄り道してしまって...」
「いいっていいって!しょうがねえよ!アイツの踊りを一度見ちまったら目を離すなんて出来ねえんだからさ!」
ガハハハ!と豪快に笑う男に少年は照れたように頭を掻く。

「だがオマエもウチのサーカスの一員になったからにはアイツみたいにお客さんの視線を集めるようになってもらわなきゃなんねぇ。覚悟はいいか?」
「はいっ!」
「よっしゃ!いい返事だな!早速オマエ向きの芸を探すとするか!」

数時間の芸探しを経て、団長も僕もヘロヘロになってしまった。

「す、すみません団長...僕、何も出来なくて...」
「き、気にすんな!サーカスってのは何も表に立つことだけが仕事じゃねえ!猛獣の世話だとか、団員たちの怪我のケアだとか裏方の仕事だって数え始めたらキリがねえくらいだ!オマエはオマエにあった仕事があるはずだ!」
頭を地面にめり込ませる勢いで項垂れる僕を団長は慌てて慰めてくれた。
なんていい人なんだ...!

「おーい!ラスカル!新入りに裏方の仕事を教えてやってくれ!オレは今日の公演の準備をする!っとそうだ、新入りのー...」
「ダニエルです」
「っそうそう!ダニエル!いや別に忘れてたわけじゃねえぞ?ただ似たような名前のやつがいたから迷っただけだからな?あー、何話してたんだか...そう!ダニエル、オマエが裏方の仕事をすることになっても、ステージに出てお客さんたちに挨拶はするからな!心の準備だけはしておけよ!」
団長はそう言ってから慌ただしそうに走って行ってしまった。

「あーらら、団長ってば段取り悪いんだから。ダニエル君でしょ?オレについといで〜。裏方の仕事教えたげるからさ」
「お願いします!」
僕はラスカルさんに頭を下げて小走りで着いて行った。

「へー!上手いじゃんか。表よりこっちの方が向いてんじゃない?怪我の手当はできる?」
「あ、はい!多分ですけど、できると思います!」
「有能だね〜おっと、そろそろ公演が始まっちゃうね、オレはともかく、ダニエル君は早めにいかないと!こっちこっち、オレが連れてったげるから着いてきて!」
「はい!あの、挨拶って何すればいいんですか!?」
「名前となんか一言いえばいいよ〜!表に出るわけじゃないから難しく考えなくて大丈夫だから!」
そんなこと言われてパッと思いつくはずもなく。
気づけばもうステージは目の前だった...
分厚い舞台袖の幕から見えるステージの向こうにはぎっしりとお客さんがいて、団長の挨拶をしている声と楽しそうな歓声や口笛が聞こえてくる。

「うわぁぁぁ...緊張して震えてきた....!失敗したらどうしよう...」
「気にすんなよ新入り!」
「そうだぞ!何かあったら俺たちがカバーしてやるさ!」
「心配しなくたって誰もアンタのことを見ないわ。アタシのことを見るもの」
みんなが励ましてくれる言葉に混じって、少し突き放すような声が聞こえた。
声がした方を見ると、エキゾチックな褐色肌と、黒いはっきりとしたアイラインに彩られた異国の太陽を思わせる金色の目を僕に向けて花形の彼女はにこりともせずに言った。

「アタシが観客全員の視線を奪うのはいつものことだわ。今更何を心配してるの?」
「おーいフェリシア、こいつは新人だぞー」
「ま、確かにお前の言う通りだけどな!このサーカス来る目的は全員フェリシアだからな!よ!さすが我らが花形様!」
周りの団員がやいのやいのと囃し立てるのを笑うこともせず、彼女はツンと前を向いていた。それは傲慢さがありながらも、気高さがあって、気品に溢れていて...
まあ、つまり僕は、花形の彼女。フェリシアに恋をしてしまった。

3/4/2025, 10:47:06 AM