【冬へ】
朝から雪が降り続けていた。
二人は駅前で待ち合わせたはずなのに、いつの間にかどちらも相手の頭めがけて雪を投げつけ、挨拶代わりの小さな雪合戦が始まっていた。
通りすがりの人が振り返るほど騒いでいるのに、本人たちはまったく気にしていなかった。
「おい、ぶつけんな!」
「は?負けたほうがジュース奢りやからな。」
そう叫び合いながら、滑る道を走る。
片方が派手に転ぶと、もう片方は腹を抱えて笑いながら手をつかんで引っ張り起こす。
指先は冷たいのに、笑い声はやたらと温かかった。
コンビニで缶ココアを買うと、二人で屋根のあるベンチに腰を下ろした。
息が白く混じり合い、服にはまだ雪が残っている。
「寒すぎやろ。」
「でもテンション上がるやん。ほんまに楽しいわ。次どこ行く?」
寒さなんて、二人で騒げばちっぽけなもので。
肩をぶつけ合いながら歩くその道は、冬なのにどこかほかほかしていた。
二人はふざけ合い、笑い合い、雪の街をワイワイと駆け抜けていった。
冬へ向かう足取りは、雪よりも軽かった。
【君を照らす月】
夜の公園の、塗装が少し剥げた鉄の匂いがどこか懐かしかった。
ふたりは自販機で買った微妙にぬるい缶コーヒーを片手に、古いベンチへと腰を落とす。
沈黙したあと、なぜか同時に缶を開けて同時にため息をついた。
「上司に“もっと前向きに”とか言われたわ。」
「お前にそれ言うの五年遅いな。」
「やんな。」
返事が軽すぎて笑ってしまう。
気の利いた励ましなんてないけど、それがむしろ心地いい。
背中を押すのではなく、隣を歩き、ぼやく感じ。
大人になってから、そういう友逹って案外貴重だ。
ふと上を見ると、雲の切れ間から月が覗いている。やけに弱々しくて、まるで今にも消えそうだった。
「なぁ、あの月絶対やる気ないよな。」
「わかる。なんかへこんでるんやお前みたいに。」
「うるせぇ。お前が言えたことちゃうやろ。」
しょうもない言い合いなのに、じわじわおかしくて気づけば肩が震えるほど笑っていた。
子どもの頃みたいに理由もなく笑える瞬間がまだこんなふうに残っていたなんて。
月は相変わらず弱々しい光のまま。
でも、不思議と2人のまわりだけ少し明るかった。
「明日どうするん?」
「知らんわ。けどまあ、つぶれたら拾ってや。」
「おう。俺もつぶれたら頼むわ。」
錆びれても、くたびれていても、どこか子どもの心が残ったままの2人。
月は相変わらず元気がなかったけれど、友情だけはふんわり輝いていた。
【木漏れ日の跡】
久しぶりに森のそばを歩いたとき、ふと懐かしい気配に呼ばれた気がした。
道の脇に立つ大きな木。
その枝葉の隙間から淡い光が地面にこぼれている。それを見た瞬間、胸の奥でひっそりと眠っていた記憶がそっと息を吹き返した。
幼い頃、友人と二人でよくここを駆け回った。
まだ背丈の低かった自分たちの頭上に、木漏れ日はまるで宝物のように揺れていた。
明るくて暖かい木漏れ日は友人との思い出の象徴。
大したことのないことなのに、毎日その瞬間が待ち遠しかった。
今見ている木漏れ日は、あの頃よりも静かで少しだけ色が落ち着いて見える。
でも、どこか変わらなかった。
まるで昔の自分たちを思い出してくれたかのように、やさしく足元を照らしていた。
もし今一緒にこの景色を見たら、あいつはどんな顔をするだろう。
相変わらずくだらないことを言って笑うのか、それとも少し照れたように昔話をするのか。
想像すると、不思議と胸が温かくなる。
地面に散らばる光の模様の中へ足を踏み入れる。
あの頃と同じように影がゆっくりと揺れた。
あの日見た木漏れ日は、確かにここに残っている。
ただ形を変えて、今の自分に寄り添っていた。
【ささやかな約束】
小さな公園の真ん中で1人が手を振った。
もう1人は思わず笑って駆け寄る。
昔からずっと変わらない、少し不器用でまっすぐな笑顔がそこにあった。
2人にはささやかな約束がある。
"年に一度はここで会って、話すこと"
深刻な相談を持ち寄るためでも、大きな計画を語り合うためでもない。
ただ互いが元気でいることを確認するための、ひっそりとした確認のようなものだった。
ベンチに並んで座り、買ってきたばかりの温かい飲み物を渡し合う。
缶を開けた瞬間に漂う甘い香りに、ふたりは同時にと笑った。
互いの近況は聞き出すほどのことではない。
最近ハマっていることや、ちょっとうまくいった話、誰にも言うほどでもない小さい失敗。
気負いのいらない話ばかりだった。
それでも話すたびに肩の力が抜けていく。
ふと、ひとりが空を指さした。
「来年はさ、ここで何かやってみようや。バドミントンとかええんちゃう?」
もう1人は驚いた顔をしたあとすぐに嬉しそうにうなずいた。
ささやかな約束は、いつのまにか次の小さな楽しみを運んでくる。
ベンチに並ぶ2人の影は去年よりも少しだけ明るく伸びていた。
【祈りの果て】
古びた神社の境内に、朝から三人分の靴跡が伸びていた。
「よし、最後の一枚や!」
彼は賽銭箱の前で、友人の受験票を掲げて叫んだ。
周りの参拝客が笑って振り返る。
本人は真っ赤になって手を振り下ろした。
「おい、恥ずかしいやんけ。」
「神様に届くように、声を出すのが大事なんや。」
「いや、お前が受験するわけじゃないからな。」
そんなやり取りに、雪混じりの風もどこかあたたかかった。
彼らは夜遅くまで勉強に付き合い、コンビニでおでんを分け合い、眠い目をこすって励まし合った。
「祈り」と呼ぶよりただただ“全力の応援”だった。
数週間後、結果発表の日。
掲示板の前で、友人の声が弾けた。
「受かった! まじで受かった!」
「ガチ!? 神様ほんまに聞いとったんや!」
三人は肩を組み、雪解けの道を転げるように笑いながら走った。
祈りの果てにあったのは奇跡よりもずっと確かなこと。
――一緒にふざけて、信じ合える仲間がいるという幸せだった。