【灯火を囲んで】
焚き火の火が大きくはぜて、静かな山を照らした。
こうしてこのメンツで集まるのは何度目だろうか。
数えるには日が暮れ――いや、もう暮れとるな。
「おい、誰やねん! マシュマロ焦がしたの!」
「ちゃう、これは“香ばしさ”だしてやったねん。」
「黒こげやしもう炭や!」
笑い声が夜に響く。
ひとりが火ばさみを振り回して、もうひとりが逃げ回る。
「危ないわ、火の粉飛ぶやろ!」
「大丈夫や、お前ならいける!」
「いけへんわあほか!」
火の勢いが落ち着くと、誰かが缶ビールをカシュ、と開けた。
「お前、前みたいに一気しようや。」
「もう無理やろ。歳考えてみい。」
「なに言うとん、“永遠の二十代”やろ。」
「いや、腰痛持ちの二十代がおってたまるか!」
また笑いが起こる。
火の明かりに照らされた顔は、みんな汗と笑いでぐちゃぐちゃだった。
それでも、この空気が心地いい。
「なんやかんや言うて、こうやってアホ言うて笑ってんの、やっぱり楽しいな」
一瞬だけ静かになって、誰かが笑いながら薪をくべた。
「せやなぁ。来年もここでまたアホしよや。」
焚き火がぱちりと鳴いた。
夜風が吹いて、笑い声をふわりと運んでいった。
【冬支度】
北風が山を越えて町に降りてくる頃、二人は古びた小屋の前に並んで立っていた。
屋根の上には去年よりも深く落ち葉が積もり、軒先の薪棚はすっかり空になっている。
「今年ももうそんな時期かー。」
片方がつぶやくと、もう一人は黙って斧を持つ。
乾いた木を割る音が、冷えた空気の中に鋭く響く。
二人でこの小屋を直し始めたのは、いつだったか。
確か3年前だったかな、冬の少し前だった。
町を出てから互いに行き場を失い、偶然のように再会した。
誰も来ない山裾の土地を借り、手探りで暮らしを整えていくうちに言葉よりも確かな絆が芽生えた。
薪を積み上げ、窓の隙間を詰め、湯気の立つ鍋を囲む夜。
「来年も、こうやって準備してるんやろな。」
火に照らされた顔は、どこか遠くを見ていた。
「さあ。まぁ、お前がおったら冬も悪くないわ。」
小さな笑いがこぼれる。
外では雪がちらつき始めていた。
焚き火のぱちぱちという音の向こうに、静かな季節の足音が近づく。
2人は肩を並べ、何も言わずに湯気の向こうを見つめた。
その沈黙には、言葉より深い約束があった――また、この冬を共に越えようという。
【時を止めて】
「なあ、もし時間止めれたら、何やる?」
コンビニの駐車場。
夜の冷たい空気の中で、あいつが缶コーヒーをプシュッと開けた。
「俺? 寝るわ、永遠に。」
「はぁ? 夢なさすぎやろ、お前。」
笑いながら、白い息がふわりと上にのぼっていく。
少しの沈黙の中で、遠くの車の音が消える。
缶の中から立つ湯気が、風に揺れた。
「俺は時間止めたら、お前だけ起こす。」
「は?なんでや。」
「いや、お前おらんかったらしょうもないやん。」
冗談っぽいのに妙に本気みたいで、返す言葉が出なかった。
時計の秒針が、やけに大きく聞こえる。
「じゃあ、俺も止めるわ。」
「なにを?」
「今。」
空を見上げると、雲の切れ間に星がきらりと光っていた。
あいつが肩をすくめて、缶を軽く持ち上げる。
「止めるんやったら、俺も動かしといてくれや。」
カラン、と缶がぶつかる音。
その音が夜に溶けて、時間がゆっくり止まった気がした。
ぬるくなったコーヒーも、街灯の明かりも、笑い声も──全部そのままで。
【キンモクセイ】
駅までの道がふわりと甘い匂いで満たされていた。
金木犀の花が風に散りながら、アスファルトの上で小さく光っている。
「今年も咲いたなー。」
隣を歩く声に思わず笑いが溢れてしまう。
毎年同じことを言うくせに、まるで初めて気づいたみたいな顔をしているから。
「お前、去年も同じこと言ってた。」
「言ったっけ?」
「言ってたって。しかも全く同じ場所で。」
くだらないやり取りに、ふたりして笑う。
でも、その笑いの奥には少しだけ寂しさがあった。
この道を一緒に歩くのも、もうすぐ終わる。
あいつが遠くの街へ行くことを俺は知っていた。
それでも、わざと何も言わない。
今だけは、いつものままでいたかった。
風が吹いて、金木犀の花びらが舞う。
オレンジ色の粒が光の中を漂って、まるで時間までゆっくりになったようだった。
「来年も、ここで同じ話しようや。」
「うん。約束な。」
そう言った声が少しだけ震えていた。
目の前がぼやけて、金木犀の色が滲む。
それが風のせいなのか、それとも——
わからないまま、歩き出す。
そんな背中に金木犀の光がふわりと滲んでいった。
【行かないでと、願ったのに】
夕焼けが街を染めていた。
ビルの隙間から差す光が、二人の影を長く伸ばす。
「お前、ほんとに行くんやな。」
目の前の親友は、荷物を肩にかけ、いつものように笑ってうなずいた。
「行ってくるわ。ちょっと遠くまでな。」
それがどれだけ遠いのか、なんてもう聞けなかった。
駅へ向かう足音が並ぶ。
ふざけて押し合いながらも、笑い声の裏には言葉にならない寂しさが混じっていた。
「お前がおらへんと、なんか落ち着かへんな。」
「たまには静かでええやろ。」
そう言って笑うその声に、喉の奥が詰まった。
改札の前で立ち止まる。
「じゃあな。また、飲もうや。」
軽く手を上げて歩き出す背中に、伸ばした指先が空を切る。
行かないで、と願った。
けれど声にはならなかった。
電車の音が遠ざかる。
残されたホームに、一人だけの笑い声が小さくこぼれる。
「ほんま、勝手なやつやな……」
そう呟きながら空を見上げる。
赤から藍へと変わる空の輪郭が、少しだけ滲んで揺れた。
どこまでも広がる空は、あいつのいた日々みたいにまぶしくて、少しだけあたたかかった。