【凍える朝】
凍える朝。
吐く息が白く膨らんで、風にさらわれていく。
自転車を押しながら信号を待っていると、「おーい!」と声がして振り返った。
手をポケットに突っ込んだまま、あいつが小走りでやってくる。
「さむっ。指終わったんやけど。」
「手袋したらいいやんか。」
「朝の俺にそんな知能はない。」
くだらない会話で笑いながら、コンビニへと避難する。
温かい空気に包まれて、悴んだ指がじんとする。
肉まんを買って外に出る。
湯気が顔に当たって、思わず目を細めた。
「これ持つだけで生き返るわ。」
「手袋みたいなもんや。」
あいつがかじりつくのを見て、「それ絶対猫舌で死ぬやつやん。」と笑うと、案の定「熱っ!」と飛び跳ねた。
道端の霜が朝日に光っていた。
白い息と笑い声が混ざって、世界が少しだけやわらかく見える。
「このあとなにするん?」
「さぁ。とりあえず、もうちょい歩こうや。」
凍える空気の中で、なぜか足取りは軽かった。
寒さを笑い飛ばせる相手がいるだけで、冬もちょっとはマシになる。
【光と影】
夜の屋上に集まるのが、いつの間にか恒例になっていた。
缶を鳴らして、くだらない話を延々と続ける。
「あの時のお前、マジで傑作やったわ。」
「もうええって! あれは風のせいやん!」
「お前の顔の方が風よりよっぽど強烈やったわ。」
笑いが止まらず、誰かが床を叩く。
揺れる街のネオンが、俺たちの顔を赤や青に染めていく。
遠くのクレーンが瞬き、下からはタクシーのクラクション。
この街は眠らない。
だからこそ、俺たちもまだ眠れない。
誰も特別な話なんかしてない。
でも、この時間が一番熱くて、一番本気だ。
どうでもいい冗談で互いの疲れを笑い飛ばして。
何度も夜を越えて、気づけば並んでここにいる。
光の下ではしゃぎ、影の中でふざけて、でも本気で向き合って。
この街のどこよりもうるさいこの屋上が、たぶん俺たちの光なんだと思う。
外はもう朝焼け。
光と影が混ざる時間に、俺たちはまだ笑っていた。
【そして、】
海沿いの小さな駐車場。
潮の匂いが漂い、波の音が車体をくすぐる。
2人は古びた車の後ろに腰を下ろし、カップ麺の湯気をぼんやり眺めていた。
「結局、目的地ってどこやったっけ。」
「しらん。気が向いたほうに行けばええやろ。」
そんな無計画さは、昔から何ひとつとして変わっていない。
昼間は道に迷い、ガソリンスタンドで笑われ、知らない町でソフトクリームを食べた。
くだらない出来事の連続なのに、なぜか胸の奥が軽い。
夕日が沈み、波がゆっくりと赤く染まる。
「なあ、次はもっと遠いとこ行こうや。」
「ならお前が運転しろよ。」
「いややわ。お前の車やろ。」
「うるさいわ、助手席のくせに偉そうに言うな。」
笑い声が風に乗って広がっていく。
夜の気配が近づいても、話は途切れない。
どこへ向かうのかもわからないまま、それで十分だと思えた。
空の端に、一番星が瞬く。
ふたりの旅は、まだ始まったばかりだった。
【tiny love】
駅前の小さなカフェ。
その片隅のテーブルで、2人は今日もくだらないことで笑い合っていた。
ひとりはコーヒーのミルクをこぼし、もうひとりはそれを見て肩を震わせている。
周りの視線なんて気にしない。
ここではそれが日常だった。
「はい、ティッシュ。」
そう言って差し出された紙ナプキンを、わざとふくれっ面で受け取る。
そうやって軽口を叩きながらも、お互いのことはちゃんと見ている。
特別落ち込んだ日でも、ここに来ればいつの間にか笑ってしまうのだ。
大きな夢の話をしたり、好きな映画を熱く語ったり、時には「明日は何食べよう?」なんて小さな相談もする。
そんなちっぽけな時間の積み重ねが、いつの間にか特別な宝物になっていた。
「俺らって、なんかええよな」
気恥ずかしさを隠すように、片方がコーヒーを一口すする。
もう片方は鼻で笑いながらも、どこか嬉しそうにカップを合わせた。
ちょっとしたいたずらも、小さな応援も、全部ひっくるめて彼らのささやかな愛。
派手じゃないし、大声で語るほどのものじゃない。けれど、心の奥でずっと温かく灯り続けるのだ。
今日もまた、笑い声がカフェに跳ねる。明日もきっと、それは変わらない。
【おもてなし】
夜の街を包む柔らかな灯りを頼りに、小さな店の扉を押した。
木の鈴がころんと鳴り、温かな空気が出迎える。
カウンターには磨き込まれた木目が淡く光り、奥ではスパイスの香りが静かに漂っていた。
席に腰を下ろすと、マスターが軽く会釈をしながら、湯気の立つ一杯を差し出してくれた。
言葉は少ないけれど、その仕草に心の奥がほぐれていく気がした。
初めてだが、どこか懐かしく安心した。
調理場で手を動かしながら、ふとマスターがこちらに視線を寄こす。
「外は寒かったでしょう。これ、うちのおすすめです。よかったら。」
その声は落ち着いていて、不思議と安心を溶かし込んでくる。
湯気の向こうに見える横顔は、少し不器用そうなのに、丁寧さが滲んでいた。
気付けばいつの間にか、こちらも話しかけていた。
どこに住んでるのか、どんな仕事をしているのか、ぽつりぽつりと会話が続いていく。
グラスが触れ合う音が響いた瞬間、ふと思った。
この人とは仲良くなれそうな気がする。
まだ始まったばかりの時間なのに、未来の楽しさが小さく膨らんでいく。
いつか常連になって笑い合っているかもしれない。
そんな予感を抱えながら、温かな一杯をもう一度口へ運んだ。