Episode.34 二人ぼっち
毎日同じ思考の繰り返し。
頭が痛い、気持ち悪い、気怠い、泣きそう。
苦しい、分かっている、何も出来ない、落ちこぼれ。
そんな感情で埋め尽くされた俺の全てを受け入れてくれた親友。
「俺マジでお前だけいたらいいや、お前が1番だよ」
共依存していることを顕にするように、唐突に。
そんな期待させるような発言を軽々しく口にしていいものなのだろうか。
抱いてはいけない愛情と期待、そして優越感に浸っている。
「なあ、好きだよ」
あまり口に出さない感情だが、あいつの前では素直に言いたくなってしまう。
きっとこれも俺が悪い。
それでも、あいつは全部受け入れて応えてくれる。
「俺もすきだよ」
あいつはきっと俺の気持ちになんか気付かない。
気付かせてはいけない。
俺の目には、お前以外なんか誰も見えていないこと。
でもあいつの目には、俺以外にも沢山見えていること。
せっかく俺に懐いてお互い信じ合えたのに、それを裏切るような行為は絶対に許されない。
それでもあいつは、俺の醜く汚れきった感情を知っても許してくれるのだろうか。
毎晩眠る前。
「好き、おやすみ」
「おやすみ、いい夢見ろよ」
何度伝えたとて変わらない愛情が段々と穢れていく。
あいつが無条件に与えてくれる優しさが、俺の腐りきった心を救いながらグサグサと刺してくる。
目を閉じて夢に沈む前、俺はいつもこう思う。
世界に俺とあいつが二人ぼっちだったら、あいつは俺を抱き締めてくれたのだろうか。
違う、きっと二人ぼっちでも。
お互いがドロドロに沈んでいくだけなんだ。
Episode.33 夢が醒める前に
__目の前の人に溺れてしまいたくなる…
そんな生活を、また望んでいる。
夢が醒める前に、今度こそ君と幸せになる。
「…っねえ!私、病気で虐めてくるものから逃げてるの、助けて」
目の前から走ってきた少女は、少々息切れさせながら汗ばむ手で僕の腕を掴んだ。
僕に縋り付く人は何故か、決まって少女であった。
しかし彼女から漂う雰囲気に、きっと興奮していた。
「ねえってば、お願いよ、助けて!」
これが、僕の夢の始まりだった。
「おはよう、やっと起きたんだ」
「…だ、れ?」
連れ帰った少女が掠れた声で問う。
「ここは今日から君と僕が住む部屋だよ。
"病気で虐めてくるものから逃げて来た、助けて"って
君がしつこく縋ってくるもんだからさ…僕は綺麗なも
のには目がなくてね」
「…あ」
その後、彼女の生い立ちを全て話させた。
彼女を見ていると、過去の女を思い出してしまう。
僕は生まれた時から母の存在しか知らなかった。
父は母の妊娠が発覚後、すぐに女を作って逃げたと聞かされた。
そんな状況でも、母は僕に優しく接してくれた。
しかし、母の愛は異常であると周りから沢山言われた。
そんな事は無いと思いたかったが、確かに母は僕に対しての束縛が激しかった。
きっと、父に出来なかったものを僕に当て付けているのだろう。
そんな浅はかな考えを潰したのは、僕が20歳の時。
疲れきった僕がソファで寝ている時、母が僕の体に跨り迫ってきた。
はっきり言って気持ち悪かった、はずなのに___
盛んであったからだろうか、僕はあの日興奮していた。
それからら言うまでもなく、迫られては応えていた。
2ヶ月ほどそんな関係が続いた後、母はとんでもない大金を僕に預けて出て行ってしまった。
禁じられた行為への興奮が鳴り止まなかった僕は、母が出て行ってすぐに女を作って家に呼んだ。
初めて母以外の女と言葉を交わしたのがその時だった。
口数は少ないが、とても綺麗な女だった。
今度こそ居なくならないように、大切にしないと__
"お金はいくらでもあるし好きなだけ与える、だから僕の
言うことを聞いてくれ"と頼み込んだ。
女は既婚で子持ちだったが、働きに出てると言って誤魔化せばいいと教え込んだ。
20分程で、女は微笑みながら頷いた。
なのに、あの女が僕の癪に障ることをしたのが悪い。
僕の分の料理を運んでいた女は、手を滑らせて料理を床にぶちまけた。
汚い物が嫌いだとあれほど言っていたのに。
でも僕は優しいから怒鳴りつけたりはしない。
ぶちまけた料理を手で掴み、女に全て食べさせる。
苦しそうな声を上げていたが、それに踠く姿はあまりにも綺麗で恍惚としたのを覚えている。
あの日、僕はその女に溺れたのだろう。
1年後、僕の望む女になったと思い始めた頃に、女は3日後に家族のもとで自殺すると話してきた。
女はこんなにも面倒なものなのか、ならばもういらない。
女は出て行く時、こんな言葉を放っていた。
"私の子はアリシアよ、私にそっくりな見た目の子。
もし街で会ったらよろしくね。"
溺れていた僕自身を掬い出し、心の奥に閉じ込めた。
また溺れたいだなんて、思ってはいけないのだ。
「母が死んだのが、いちばん苦しかった。
私に宛てた遺書には"綺麗なものが好きな男に唆され
た、狂わされた"って書いて、て…」
泣きながら話す彼女を僕は知っている。
___ああ、アリシア…とても綺麗だよ。
今度こそ僕と幸せになろう、アリシア。
「よしよし、君は泣いてる姿まで綺麗なんだね」
琥珀色の瞳から零れる涙でさえ、宝石のように綺麗だ。
それなのに、同じ過ちを繰り返すのが女だった。
「っぅおえっ…っは、う…」
「…は?ちょっと、何してんの?
え?なんで吐いた?気持ち悪いんだよ」
「あ……っ」
汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い。
なんなんだ此奴ら、揃いも揃って穢らわしい。
せっかく僕が用意した綺麗なベットに吐瀉物をぶちまけやがって。
僕だって優しくしたいのに、全部お前らが悪いんだ。
「はあ…、ほら口開けろよ。
態々僕の綺麗な手を汚してまで食わせてやるんだか
ら、ちゃんと全部飲み込んでね」
ぶちまけられたものを手で掴み、女に全て食べさせる。
優しくなんてない、乱暴で束縛的な男だと?
違う、僕はなっていない女の躾をしてやってるんだ。
「…ははっ、その顔もいいね。
感じてるの?凄く綺麗だよアリシア。
これからはずぅーっとここで一緒だよ」
ああ駄目だ、そんなに踠き苦しむ顔を見せつけるな。
押し込めていた僕が、溺れたがる僕が出てきてしまう。
やめろ、やめろやめろやめろ____
大丈夫、これは夢だ。
こんな偶然がある訳が無いだろう。
女は綺麗で守りたくなる程にか弱いものなのだから。
これが夢なら都合がいい。
夢が醒める前に、アリシアと幸せに溺れていたい。
Episode.32 胸が高鳴る
ドクンドクンドクンドクンドクン。
ああ、私は前にも同じように恍惚としたことがあった。
グチャグチャと音を立てて迫ってくるものに、私はきっと興奮していた。
目が覚めてすぐ、朧げながら辺りを見渡すが、見えるものはベッド、テーブル、そしてイスが2つ。
天井には2m程の正方形の窓があった。
壁にドアが2つあるが、1つはまるで開かずの扉のように南京錠と鎖が掛けられていた。
「おはよう、やっと起きたんだ」
ふと横を見ると、同じベッドに寝転がっている男が話しかけてきた。
「…だ、れ?」
返事のつもりで声を出したが、掠れてうまく話せない。
「ここは今日から君と僕が住む部屋だよ。
"病気で虐めてくるものから逃げて来た、助けて"って
君がしつこく縋ってくるもんだからさ…僕は綺麗なも
のには目がなくてね」
「……あ」
そうだ、何故だか忘れていた。
「きっと辛いことがあったんだろう?
なら僕に全部話してごらん、受け止めてあげるよ」
それから私は、言われるがままに心の内を明かした。
私は生まれてから2年後、突如として難病を患っていると告げられた。
まだ幼く何も出来ない私には、その時告げられたことに対して何も感じていなかった。
それから10年後、母がキッチンで自殺した。
ダイニングテーブルに置かれていた遺書には、疲れたから命を絶ったことと、私に対しての謝罪が書かれていた。
"アリシア、男には気をつけるのよ。
内緒にしていてごめんなさい。"
この時はきっと、まだ幸せだったのだ。
さらに6年後、父の対応が急変した。
母が自殺してから別の女で寂しさを埋めるように、夜遊びや女を家に連れ込むことを繰り返していた。
父は昔から乱暴で、すぐ私に手を出していたのに今は何もされない。
むしろ女に嫉妬を覚え、毎晩殴られる妄想をしていた。
深夜、眠ろうと自室のベッドに潜り込んですぐ、父親が下着を脱いだ姿で部屋に入ってきた。
あまりにも突然の出来事に、私は逃げることも声を出すことも出来ず、ただ興奮気味な父を見つめることしか出来なかった。
父は私の体を弄りながら、自分の下半身にも手を伸ばしていた。
グチャグチャと音を立てて迫ってくるものに、私はきっと興奮していた。
やっと父が私のところへ戻ってきてくれた。
痛い事はしてこないが、今までとは違い"女"として見てくれていることにとても興奮していた。
その日の夜明け、私は逃げるように家から飛び出していた。
そしてその時に、通りかかった男に縋るように助けを求めたのだろう。
みんなのような、昔のような家庭のままでいたかった。
そんな思いがあるにも関わらず、手を染めてしまった。
その日の事は死ぬまで忘れない。
「辛かったね、君は凄く偉いよ…ほら、おいで」
「…っあぐ、ふ…ぅ…ごめん…な、さぃ…」
「よしよし、君は泣いてる姿まで綺麗なんだね」
何故泣いているのかは分からない。
泣いてる姿が綺麗だなんて、全く意味が分からない。
それでもただ、何も知らないこの男の暖かさに救われた気持ちでいた。
「っぅおえっ…っは、う…」
「…は?ちょっと、何してんの?
え?なんで吐いた?気持ち悪いんだよ」
「あ……っ」
ドクンドクンドクンドクンドクン。
ああ、私は前にも同じように恍惚としたことがあった。
「はあ…、ほら口開けろよ。
態々僕の綺麗な手を汚してまで食わせてやるんだか
ら、ちゃんと全部飲み込んでね」
グチャグチャと音を立てて迫ってくるものに、私はきっと興奮していた。
みっともない女なのだろうか、乱暴にされることに興奮を覚えるだなんて。
ああ、胸の高鳴りが止まらない。
「…ははっ、その顔もいいね。
感じてるの?凄く綺麗だよアリシア。
これからはずぅーっとここで一緒だよ」
名前なんて教えていないのに。
男の名前も知らないのに。
その快感に、私はまだ溺れていたい。
Episode.31 不条理
不条理とは| 検索
不条理とは、事柄の筋道が立たないこと。
道理、条理から外れていること。
「あーん?なんだっけこれ、どういうことだ?」
読んでいた小説に出てきた「不条理」がよく分からず調べたものの、さらに訳が分からなくなってしまった。
そうだ、こういう時はマブの織斗に聞こう。
"なー、世界は不条理で溢れているってとこの不条理って
なに?"
"バカに分かりやすく教えるなら、2+2=7になること"
"バカじゃねーし、分かりやすいありがとう"
返信はすぐに来たがとても腹が立つ。
でも分かりやすい、つまりは成り立たないってことか。
「じゃあここは、世界は成り立たないことで溢れてい
る…ってことか?」
たしかにそうなのかもしれない。
最近じゃ議員が脱税したってニュース見たし、これこそ「不条理」なんだろう。
議員だって、議員である前に一人の人間で、さらには国民なんだ。
日本にいるのに、なんで法律で定められている義務を果たさないのか。
国民に対して、日本に踏み入った人に対しての法律なのに、議員は脱税してもいいだなんてわけがない。
…なんて、俺が言えたことじゃないか。
そんな簡単な事じゃないのだろうか…。
世の中の条理・不条理なんて考えていたら、息をするのが苦しくなる。
ならば隠すのだ。
条理・不条理なんてお金で、言葉や技術でいくらでも隠せる。
世の中バレなきゃなんでもいいんだよな、そうだよ。
「はー…織斗ん家いこ」
Episode.30 泣かないよ
「もううちら卒業かあ、あたし泣いちゃうかも…」
卒業式の朝、登校中に隣に並ぶ女の子が呟いた。
彼女は小学校からの幼馴染で、私の親友。
「ねえ更紗、私、今日は何があっても泣かないよ」
「芭李の薄情ぅ……じゃあそれ絶対の約束ね!」
私は卒業式が待ち遠しかった。
私は昔から学校が嫌いだ。
理由は単純、本当に必要なことなんて学ばせてくれないくせに、社会人になるために無駄なことを学べと言われるのが嫌だった。
数学の方程式だって、別に使うとは思わない。
でもそれを解けるような思考判断を育てるためだということは、ずっと前から分かっている。
だから、嫌々でも生きるために我慢していた。
でもたまに、息をすることが、生きていることが辛くて醜いと感じることがある。
___キーンコーンカーンコーン。
「えーみんな、卒業おめでとう。
これから卒業式が始まります、移動前に身だしなみは
しっかり整えておくように。
緊張したり、途中で泣いても大丈夫。
でも顔を上げて、最後まで堂々と歩きなさい。」
そこからの記憶は曖昧だ。
卒業への喜びと、これから先の人生への不安、そしてこの場にいることへの緊張で頭が働かない。
「卒業証書授与」
その言葉が耳に刺さり、私の意識はスっと戻された。
前列に並ぶクラスメイトが次々と受け取っていく。
次、その次、またその次が私の番。
大丈夫、落ち着いて、自信持って___。
「っう、ふ……うぅう…芭李、はな…りぃ」
卒業式が終わり玄関を潜り抜けた直後、更紗が泣きながら抱きついてきた。
「更紗……また会えるんだから、そんなに泣かないで」
「あ、会えない!会えないよ!だって今日、さいごなん
だもん…たぶん」
その言葉に引っかかる。
会えない?そんな訳が無い。
連絡先も持っているし、家も歩いてすぐ近くにある。
「芭李、ぎゅーして、だいすき」
「…はい、私もだいすきだよ。
仲良くしてくれてありがとう」
その後、みんなで記念写真を撮って解散した。
私は更紗を誘ったが、今日はママとパパと帰るって決めてたの!と断られてしまった。
全く、最後だと言っていた割にはあっさりしている。
だがその時覚えた違和感に、間違いは無かった。
本当に最後で、断られた。
「もしもし、……ええ、芭李の母です。
…………え、嘘、…?
…っちょっと芭李!さっき更紗ちゃんが…!」
「…え?」
更紗は、卒業式の夜に死んだ。
原因は持病の手術によるものだった。
医療ミスではなく、もともと成功確率が10%だと言われるほどの手術だったという。
あれから1週間後、更紗の母が私に伝えてくれたこと。
「更紗はね、周りには目立たないだけで症状が進んでい
く持病があったの。
芭李ちゃんには心配かけたくないから!って聞かなく
て…それで卒業式の日、手術も内緒にしていたの。
…手術の前、芭李ちゃん宛てに書いた手紙を預けられ
て、もし私が死んじゃったら渡してねって…これ。」
意味がわからない、なんで隠した?
同情されるのが怖かったの?私が心配しすぎてみんなのように接してくれないとでも思っていたの?
迷惑かけてきたのに、かけたのに、変えられないことはかけちゃいけないと思ったの?
___こんなの、なにも習ってない。
入り乱れる感情で湧き上がってくる手の震えを抑えながら、渡された手紙を開封する。
思ってもいない、知りもしないことが、書かれていた。
"芭李へ
突然ごめんなさい。きっと心優しい芭李はあたしのこと
心配してると思う。ほんとにごめんなさい。
わたしは、みんなにずっと隠してきた持病の手術を受け
ます。成功確率は10%にも満たないらしいけど、あたし
まだ芭李と出掛けたいし、夏祭りの約束もしたから絶対
生きたい!って思った。だから受けることにした!
正直怖いし、死ぬ確率の方が高いのは分かってる。
でも手術しなかったら確実に1ヶ月以内に死んじゃうん
だって、ひどいよね!
だから私、確率が低くても生き延びられるよう頑張りま
す。でも、これが手に渡ってるならあたしは負けた。
どうせだから本音を書いておきます。
あたし、芭李に恋愛感情抱いてたんだ、知ってた?
自分では上手く隠してたつもりなんだよね、あたしって
結構女優派でしょ?(バレてたらどうしよう…)
でも持病とこの感情で、今までの関係崩れるの怖かった
し、崩れるくらいなら今の方が幸せだから隠してまし
た。自分勝手でごめんね。
ほんとは浴衣着て夏祭り行きたかった。海も、ハロウィ
ーンイベントも、イルミネーションも全部行きたかっ
た。でも全部出来なくなっちゃった。
ずっと自分勝手でごめんなさい。
大好きです。
追記!今日の絶対の約束、ちゃんと守ること!
またね芭李"
「……ごめんなさい、ごめん……っぐ、ぅ…まもれなくて、ご……め、なさぃ……」
絶対嘘に決まってる。
更紗、私も大好きだったんだよ。
最後の約束、守れなくてごめんね。