Tanzan!te

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Episode.33 夢が醒める前に


__目の前の人に溺れてしまいたくなる…
そんな生活を、また望んでいる。

夢が醒める前に、今度こそ君と幸せになる。


「…っねえ!私、病気で虐めてくるものから逃げてるの、助けて」

目の前から走ってきた少女は、少々息切れさせながら汗ばむ手で僕の腕を掴んだ。
僕に縋り付く人は何故か、決まって少女であった。
しかし彼女から漂う雰囲気に、きっと興奮していた。

「ねえってば、お願いよ、助けて!」


これが、僕の夢の始まりだった。


「おはよう、やっと起きたんだ」

「…だ、れ?」

連れ帰った少女が掠れた声で問う。

「ここは今日から君と僕が住む部屋だよ。
 "病気で虐めてくるものから逃げて来た、助けて"って
 君がしつこく縋ってくるもんだからさ…僕は綺麗なも
 のには目がなくてね」

「…あ」

その後、彼女の生い立ちを全て話させた。
彼女を見ていると、過去の女を思い出してしまう。


僕は生まれた時から母の存在しか知らなかった。
父は母の妊娠が発覚後、すぐに女を作って逃げたと聞かされた。
そんな状況でも、母は僕に優しく接してくれた。

しかし、母の愛は異常であると周りから沢山言われた。
そんな事は無いと思いたかったが、確かに母は僕に対しての束縛が激しかった。
きっと、父に出来なかったものを僕に当て付けているのだろう。

そんな浅はかな考えを潰したのは、僕が20歳の時。
疲れきった僕がソファで寝ている時、母が僕の体に跨り迫ってきた。
はっきり言って気持ち悪かった、はずなのに___
盛んであったからだろうか、僕はあの日興奮していた。

それからら言うまでもなく、迫られては応えていた。
2ヶ月ほどそんな関係が続いた後、母はとんでもない大金を僕に預けて出て行ってしまった。
禁じられた行為への興奮が鳴り止まなかった僕は、母が出て行ってすぐに女を作って家に呼んだ。

初めて母以外の女と言葉を交わしたのがその時だった。
口数は少ないが、とても綺麗な女だった。
今度こそ居なくならないように、大切にしないと__

"お金はいくらでもあるし好きなだけ与える、だから僕の
言うことを聞いてくれ"と頼み込んだ。
女は既婚で子持ちだったが、働きに出てると言って誤魔化せばいいと教え込んだ。
20分程で、女は微笑みながら頷いた。

なのに、あの女が僕の癪に障ることをしたのが悪い。
僕の分の料理を運んでいた女は、手を滑らせて料理を床にぶちまけた。
汚い物が嫌いだとあれほど言っていたのに。
でも僕は優しいから怒鳴りつけたりはしない。

ぶちまけた料理を手で掴み、女に全て食べさせる。
苦しそうな声を上げていたが、それに踠く姿はあまりにも綺麗で恍惚としたのを覚えている。


あの日、僕はその女に溺れたのだろう。

1年後、僕の望む女になったと思い始めた頃に、女は3日後に家族のもとで自殺すると話してきた。
女はこんなにも面倒なものなのか、ならばもういらない。

女は出て行く時、こんな言葉を放っていた。
"私の子はアリシアよ、私にそっくりな見た目の子。
もし街で会ったらよろしくね。"

溺れていた僕自身を掬い出し、心の奥に閉じ込めた。
また溺れたいだなんて、思ってはいけないのだ。

「母が死んだのが、いちばん苦しかった。
 私に宛てた遺書には"綺麗なものが好きな男に唆され
 た、狂わされた"って書いて、て…」

泣きながら話す彼女を僕は知っている。
___ああ、アリシア…とても綺麗だよ。
今度こそ僕と幸せになろう、アリシア。

「よしよし、君は泣いてる姿まで綺麗なんだね」

琥珀色の瞳から零れる涙でさえ、宝石のように綺麗だ。
それなのに、同じ過ちを繰り返すのが女だった。

「っぅおえっ…っは、う…」

「…は?ちょっと、何してんの?
 え?なんで吐いた?気持ち悪いんだよ」

「あ……っ」

汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い。
なんなんだ此奴ら、揃いも揃って穢らわしい。
せっかく僕が用意した綺麗なベットに吐瀉物をぶちまけやがって。

僕だって優しくしたいのに、全部お前らが悪いんだ。

「はあ…、ほら口開けろよ。
 態々僕の綺麗な手を汚してまで食わせてやるんだか
 ら、ちゃんと全部飲み込んでね」

ぶちまけられたものを手で掴み、女に全て食べさせる。

優しくなんてない、乱暴で束縛的な男だと?
違う、僕はなっていない女の躾をしてやってるんだ。

「…ははっ、その顔もいいね。
 感じてるの?凄く綺麗だよアリシア。
 これからはずぅーっとここで一緒だよ」

ああ駄目だ、そんなに踠き苦しむ顔を見せつけるな。
押し込めていた僕が、溺れたがる僕が出てきてしまう。

やめろ、やめろやめろやめろ____


大丈夫、これは夢だ。
こんな偶然がある訳が無いだろう。
女は綺麗で守りたくなる程にか弱いものなのだから。

これが夢なら都合がいい。
夢が醒める前に、アリシアと幸せに溺れていたい。

3/20/2024, 12:23:18 PM