NoName

Open App
4/26/2024, 4:10:16 AM

『流星に願いを』

「あ、流星」

「えっ?!どこどこ?」

1人呟いた私は、そっと願いを唱えた。
その願いをかき消すほどの声をあげ、きょろきょろ夜空を探し回る君は、しゃがみ込んで残念そうな声を上げた。

「って、もう見つからないよなぁ」

「残念だったね」

「ずるい!どこ見てるのか教えてくれなかったから!!」

「えー?予知じゃないんだから、別々のところ見てた方が確率高いじゃん」

「やだ!見たかった!」

「大丈夫大丈夫。また流星来るって」

「………。…願い事、出来た?」

「……。うん」

「なんて願い事?」

「教えない!」

「えー!?」


流星に願ったことは、
誰かに教えたら効力が消えちゃうんだって。
だから、これは教えない。
大切な、
気の置けない友人の君にだって教えてあげない。
この願いが叶うなら、他には何も望まないから。
お願い、叶えてくれるといいな。

4/20/2024, 5:06:09 PM

『何もいらない』

本当に何もいらないの。

命は大事にするべきと思うし、
お金は大切だと思っているし、
時間の制限に困らされても来たけれど。

それでも、何もいらないの。
欲しいものなんて何もない。

長く生きることに重要性を求めていないし、
お金に必要以上の価値を感じていないし、
ギリギリの時間だからこそ出せる全力もある。
生活にも不自由はないし、
これといって求めるものもない。

ね。何もいらないの。

……それでも、もし。
どうしても私の願いを叶えたいっていうのなら。
それなら、ちょっとだけ聞いていて。
私の話の聞き手になってちょうだいな。
私が誰にも話せなかった秘密のお話。

3/17/2024, 4:18:58 AM

『怖がり』

怖くて、すぐに逃げてしまいたい。
こんな臆病な自分が大嫌いだ。
自分が自分のことを一番許せない。
挑戦、経験、結束。
怖がらずに関われていたならば、
得られたものはきっといくらでもあった。
それでも私は動けなかった。
見ているだけで十分だからって言って、
曖昧ながらも笑い返してみちゃったりしてさ。
相手の顔色を伺っては言葉を選んで自分を消して、
相手の望んだ通りに従っておく。
そうすれば無駄に怒られることはないと知ったから。
一番精神的に辛い時なんかは、
友人相手ですら目を合わせるのが怖いけど。
怖がりは、私の処世術だった。


……
場面、状況、人、食事。
初めてのものは誰だって緊張する。
相対するそれが人ならば、自分と同じく経験を積んで今がある血の通った人間だと言える。
知識と経験は尊く、ネガティブの経験だって可能だ。
否、ネガティブからだって経験は得られるのだから、一概に悪とも言い切れまい。
これらは強かで怠惰な私の憧れから学んだことだ。

恐怖や警戒心といった感覚だって、元は生存率を上げるための本能的な仕組みなんでしょう。
現代においては不利に働くことはあれど、本来これは弱さではなかったはずなのだ。
今はまだ借りた言葉で武装して飛び込む日々だけど、
適切に勤勉に経験を積めば良い。
怖がりを打破する方法は、きっと見つかる。

3/10/2024, 1:50:29 AM

『過ぎ去った日々』

過ぎ去った日々。
そのどれもがキラキラ輝く宝物だ、なんて。
そんな風に言える人生だったならば、きっと。
こんな惨めな思いをして苦しむこともなかった。
過去の後悔に思考を引きずられることもなかった。
自分の将来に絶望するなんてこともないんだろうな。

順風満帆で、しあわせな日常を謳歌できたなら。
こんなif物語はいくらだって紡げるのに、
失敗した過去を修正することは叶わない。
時折思い出しては顔を歪めてしまう、あれやこれも、
消し去ることはできない。
それは誰もが同じこと。

それでも、こんなどうしようもない日々を肯定できることがあるとするならば。
それはきっと、君に会えたこと。
君の価値観を良いと思える感性を持つことができたのが、なにより嬉しいんだ。
君に出会って、過去の弱さを自分の強みに変えることができた。
日常が色鮮やかになって、今が一番最高だって言えるようになった。

過ぎ去った日々は変えられない。
それでも、その先に君がいるのなら。
こんな人生でも価値があると思うんだ。

3/4/2024, 4:10:15 AM

『ひなまつり』

幼少の私にとって、このお祭りは日常における季節を感じるイベント程度のものだった。

お雛様の飾り付けするよ、の母の言葉で思い出し、
一対のお人形と飾り付けを済ませる。
気づけば祖母がお人形たちの横に桃の花を添えていたりして。
そして、お昼か夕飯にはちらし寿司が振る舞われ、
それを食べる。
時がくれば、おひなさまたちは梱包され、再び段ボールの中に収まる。
段ボールは滅多に開かない押し入れへ。

なんてことのない一連の出来事だ。
町がそれで賑やかになるわけでもなく、
大きな花火が上がることもない。
一家の中で起こる季節のイベント。
お祭りというにはあまりにも静かすぎる。

それでも毎年恒例イベントとして定着しているのが
不思議なものだった。
我が家の決して広くはないスペースが毎年この時期
おひなさまに占領されるわけだし。
幼い私は人型のお人形たちが、いつかこちらをその目で捉えてくるのだと怯えたりして。
そもそも、こんな盛大な結婚式なんて今時誰もしていないのではないかと思うのだけれど。
まあ、いっか。
そういえば、ひなあられを食べ忘れていたんだっけ。

———————-
たぶん、こういう伝統行事は歴史を後世に伝えていく一手段になり得るんだろうなと考えたり。

Next