『イルミネーション』
塾終わりの帰り道。
夕方から陽が落ちるまで、友達と塾の講師とまぶしい教室で勉強をして、薄暗い帰路につく。私は都心から離れた、けれども田舎とも言い難いような地方に住んでいた。電灯はそれほど明るく無かったし、たまに横を走り過ぎて行く車のライトの方が足元が見やすかった。
中でも1番暗い歩道は真っ直ぐ一直線。
歩くには問題なかったが、とにかく心細かったことを覚えている。
そんな時、私は空を見上げて歩いていた。
晴れている日には星がよく見えたからだった。
私が知る中で、形と名称の一致してる星座はひとつだけ。
冬季限定で、一番有名。オリオン座である。
夏用にさそり座も覚えておこうか、なんて考えたこともあるが、受験期前の塾帰りとなれば冬ばかり。
結局、夏は月を見るだけに留まった。
それから大人となり、生活の幅も広がった。
都会は、地方育ちの子どもには、煌びやかで憧れの街だった。
都会の夜は、地元の夜ほど暗くない。
『灯台下暗し』という言葉とは正反対に、足元しか照らせないような古い電灯は、もう見かけることも無くなった。
見上げて目に飛び込んでくるのは、LEDの白だけ。
流石に真夜中にまでなれば静かになるとは思うが、騒がしく、常に人で溢れた、活気のある様子は陽が落ちても変わらないように思えた。季節も時間も曖昧になって、夜まで友達とあちらこちらを巡り歩いた。
そんなとき、儚く心許ない灯りが懐かしくなる時もあるのだ。
しかし、都会に星がないわけではない。
冬季限定。一面が星空。
飾りつけたことはないため詳細は知らないが、名前は知ってる。これはイルミネーションである。
子供時代の帰り道。
母が迎えに来てくれた日は、並んで歩きながら、発見した星座を指差して『オリオン座だよ!』と言って教えたものだった。
だが、母には星があまり見えていないようだった。
大人になれば、視力は落ち、老眼になる。暗くて星の見やすい地元でも星が見えなくなるかも知れない、とその時初めて知った。
子供心に衝撃を受けた。
いま、こんなに楽しく星を探していると言うのに、この行為には期限があるのかと寂しく思えた。
クリスマスになると毎年あちらこちらで地上に星空をつくろうとする人が現れる。
これを飾りつけた人々も、かつては本物の星空を見つめて、はしゃいでいた日もあったのだろうか。
見上げたら、木の上に大きな星が乗っていることさえあるのだから。
もう、サンタは来ないけれど。
童心に帰るとは幸せなことだ。
オリオン座は、今でも見つけられる気がする。
『光と闇の狭間で』
君とゆっくり話をしよう。
水平線の彼方に太陽が沈むまで。
長く伸びた影で背伸びして、
岩礁を波打ち際まで攻めてみて、
海の上にできた光の道を指差して、
美しい空をカメラにおさめてさ。
明るい昼にはできない話を。
暗い夜には選ばれない話を。
本日の夕焼けは雲の色まで芸術的な感じだ。
燃えるような橙色の空に負けない、鈍色の雲。
物語の終盤で見る景色がこれなら、絶対不吉の前触れなのだけれど、今の気分なら悪くない。
海辺に並んで座って、
また見に来ようねって約束を交わす。
沈んでゆく夕陽は直視していられないほど眩しくて、
けれども目を逸らしたくないくらい輝いていた。
美しかった橙色もキャンバスの隅に追いやられ、
代わりに真っ暗な夜が空を染めてしまった。
きっとこれが”夜の帳”ってやつなのだろう。
今日の終わりを見るようで切ない気分だった。
……さて、そろそろ帰ろうか。
夜の海は真っ黒で、
夜の風は冷たいからね。
『好き嫌い』
「好き…嫌い…好き…嫌い…」
花びらを一つ摘んでは千切り。
隣を一つ千切り。
また一つ。
「花占い? 珍しいことするね」
「嫌い…好き…」
「綺麗な花だね。マーガレット、だっけ?」
「ちょっと離れててよ」
「いいじゃんか。見てるだけなんだから」
「気が散るんだよ……。って、やばっ」
「どうかした?」
「次がなんだったか忘れた……。
最後どっちだったっけ?」
「ちなみに、聞かれてもこっちも覚えてないからね」
「邪魔されただけかーい!!
っく…、思い出せそうで思い出せない……!」
「ごめんって。
……ところで、何を真剣に占ってたの?」
「それは…、
……………秘密」
まだ半分花弁を残した、白いガーベラが宙をふわりと舞った。
『最悪』
君にだけは知られなくなかったのに。
ずっと隠してた秘密がバレた。
悔しそうに顔を歪めた君は、
泣きそうな顔で笑顔を作った。
「君が1人になってしまう前で、よかった」
触れてきた君の手は温かくて、
変わらない温度で抱きしめられた。
「君がいなくなってしまったら、耐えられない」
やめて、やめてくれ。
君にこの秘密がバレたとしても、抱きしめてくれるってわかってた。
それでもずっと秘密にしてきたのは。
君にこの秘密がバレたとしたら、君の人生も滅茶苦茶になってしまうってわかってたから。
だから隠していたのに。
「一緒に連れてって」
君がならそう言うってわかってたけど、
どうしても選んでほしくなかった。
君は知らないままを最悪だと思うのだろうけど、
こっちはわがままを最期まで貫くつもりだったのに。
「最悪だな。計画変更しなくちゃならないじゃんか」
『楽園』
楽園なんて、見たこともないのに。
わかりやすく立て看板のある場所でもないだろうに。
空想上の楽園を目指して、
友人は旅に出てしまった。
曰く、楽園とは花々の咲き乱れる美しい場所だとか。
曰く、楽園とは死後の世界だとか。
友人の主観によると、
楽園はこの世に実在するものであり、
きっと素晴らしく素敵なところなのだろうと語っていた。
だから友人は旅に出た。
きっと見つける、その時は君も招待するよと言ってくれていた強くて優しい私の友人。
しばらくは手紙のやりとりがあったのに、
今ではすっかり途絶えている。
私の送った手紙がうまく届かなかったのだろうか。
それとも、見つけた楽園が楽しすぎて私のことなど忘れてしまったのだろうか。