「」
クリスマス・イブに雪が降るなんて、いつぶりだろう。〈星詠み〉としてこの教会で過ごすことになってから、数年が経つが、初めてのことかもしれない。〈星詠み〉は、〈彼ノ地〉にいます星々の意志を、この私たちの世界へ伝え継ぐことを生業としていて、私の母も〈星詠み〉であった。母が死んだあと、私がこの街の〈星詠み〉を務めている。私たちは星々の意志を受け取るために、非常に多くのエネルギーを使うため、星々の力の満ちた教会の中で一生を過ごすのである。一年に一度、このクリスマス・イブを除いて。
クリスマスは星々の誕生を祝う大切な日である。だから、クリスマスの前日であるクリスマス・イブの夜からクリスマスの夜までは、教会の外でも星々の力が強く漂うのである。クリスマスは教会で儀式を行うため、外へ出ることはできない。だから、〈星詠み〉にとって唯一、イブが教会の外で過ごせる特別な日なのである。そして、それは〈彼ノ地〉の星々にとってもそうなのである。
私は、昼間の仕事を終えて日が暮れた頃、教会の外へ出た。雪はちょうどよく積もっていて、降り出したのが遅かったからだろうか、足跡ひとつない白銀の絨毯はとても美しく、その上に歩を進めるのは少しもったいな気がした。杉の木に囲まれた教会の前の広場に出ると、中央に位置する大きなモミの木の下に、雪のように美しい白髪を無造作に散らし、夜空のような紺色の衣を纏った青年が、その美しい金色の目で私を見つめていた。そして私と目が合ったことに気づくと言った。
「久しぶりだね、リゼ。」
透き通るような美しいその声を聞くと、なぜだか心が温まるようだ。
「またお会いできて嬉しいです、ステラ様。」
そう答えると、彼は少し微笑んで言った。
「そんなに堅苦しくしないでよ。僕たち、毎日言葉を交わしてるわけだし、去年もこうして会ったじゃないか。」
「いえ、私はあくまで〈星詠み〉ですから。このようにしている方が話しやすいのです。」
そう、彼はこの街を司る星々のうちの1人である。どういうわけか、毎年この日になると私はこちらの世界へ降りてきた彼と一緒に過ごすようになってしまった。本来なら、星々と私たち〈星詠み〉は、その意志と言葉によって繋がるのみであり、このように現世で共に過ごすなんてことはないのだが、5年前に彼がこちらにやってきてからというもの、毎年このように一緒に過ごすことが当たり前になっている。
一緒に過ごすといっても、彼はこちらの世界の存在ではないから、私以外の人間の目に触れてはいけないし、彼も星々の力の濃い教会の周りでしか人間の姿を維持できない。だから、この教会前の広場だけが私たちを繋いでくれる。
私たちは雪の積もった広場を歩きながらたわいもない話をしていた。私たちが歩く音は、まるで和音のように心地よいものに聞こえた。
何を話していたか、よく覚えていない。けれど、随分と早く時間が過ぎてしまったように感じる。もうすぐで日が昇ってくるようだ。彼は〈彼ノ地〉へ戻らなければならない。日が昇ってしまえば、現世と〈彼ノ地〉をつなぐ〈光の谷〉が消えてしまう。
「そろそろ時間みたいだ。早く戻らないと谷が消えてしまうし、シャルル様やサーシャ様に叱られてしまうからね。」
そういって笑う彼は、なんとも形容し難い魅力があった。
「そうですね、お父様はまだしも、弟のサーシャ様にまで叱られてしまっては、ステラ様も立つ瀬がなくなってしまいますわ。また明日からこの街を守ってもらわないといけないのに。」
私も少し微笑んで、冗談混じりに言った。
「リゼはそんなことまで言うようになったか、さすがは僕が見初めだ人間だよ。」
「そんなつもりはないですわ。さあ、早く帰らないと谷が閉じてしまいます。また来年会えるのを楽しみにしていますね。」
「ははっ、そうだな。では帰るとしよう。」
そういってステラ様は薄暗い空に溶けるかのように、消えてしまった。
一年に一度、たった少しの特別な時間。広場の積もった雪に残されていた2人分の足跡は、昇る日に照らされてだんだんと形を崩していく。
あ〜空広いな〜
将来どうなるんだろうな〜
このまま眠ってしまいたいな〜
サイレント・ナイト
12月25日、夜。渋谷にはなかなか珍しい小雪が舞い、一年に一度のこの日を彩っている。さらに今年のクリスマスは一味違う。サンタクロースがやってくるのだ、この東京のど真ん中に。
去年はパリ、一昨年はロサンゼルスだったが、今年は日本の首都、東京にサンタクロースがトナカイに引かれてやってくる。
彼はイエス・キリストの誕生を祝うこのパーティの司会であり、その姿を一目見ようと、渋谷中の液晶が東京の空を写す中継映像になっている。
彼は19時を回ろうとする頃にやってきた。
シャンシャンシャン...
そりに引っ提げた鈴のようなものを美しく鳴らしながら東京の空を舞うように滑る。彼は決して何か特別なことをするわけではない。流れ星にお願い事をするかのような、彼にまつわる迷信があるわけでもない。毎年どこかの町へやってきて、人々がクリスマスを祝う様子を見にくるだけである。
そんな彼も、私たちに一つプレゼントを与えてくれる。
クリスマスの渋谷であるから、遊びに来たカップルなどでいっぱいであり、会社員にとっても帰宅の時間であるから、渋谷の街は人だかりに溢れ、クリスマスをテーマにした曲と雑踏の足音で、なんとも心地の良いような悪いようなハーモニーが醸し出されている。
そこにやってきたサンタクロースはだんだんと地面から離れて、見える姿が小さくなっていく。そして、彼が右手に掲げた一つのベルを一振り、
「カランッ」
と鳴らすのである。
すると街に飛び交っていた様々な音楽、話し声、足音など全ての音がかき消され、ベルが響く音だけが聞こえてくるのである。ベルの響きも小さくなると訪れるのは静寂である。
雪の降る、クリスマスの渋谷に訪れる静寂、このうるさいほどの静寂は、数年ぶりのクリスマススノウに美しく彩られ、夢の中にいるかのような感覚を覚える。
そらに浮かぶ彼がもう一振り、
「カランッ」
すると、彼が与えてくれた凪はおさまり、日常の世界が帰ってきた。勇気を出して誘った女の子と、今夜を過ごしていたあの男の子はあの静けさの中に与えられた2人だけの空間に勇気をもらったのだろう。
あそこのスーツ姿の女性は無音という非日常の美しさに呆然としている様子だった。
音のない非日常、これこそ彼が、東京の街へ送るプレゼントであったようだ。
「sunset」
用事を終えて外へ出ると突き刺すような冷たい風が頬を撫でる。厳しい残暑も終わり、すっかり冬になってしまった。まだ11月だというのに、駅前に並ぶおしゃれな店々はすっかりクリスマス商戦真っ只中だ。
思ったよりも早く用事を済ませることができたので、昼過ぎには家に帰ってこられた。凍える手足をこすりながらリビングのこたつにダイブする。こたつの上のお菓子をつまみながら、お昼のワイドショーを眺めて一息ついた。
最近のテレビはコンプライアンスの厳しさからか、いつ見ても当たり障りのない食レポやクイズが繰り返されていて退屈だ。
「んっ!美味しい〜!外はサクサク、中はふわふわで〜…」
「ほんとに美味しいですね〜!この味の秘訣はなんなんですか?」
「実はですね、生地にとあるものを練り込んでいて…」
なんの目新しさもない、量産型の番組という感じだ。日曜だというのに、寒い朝から用事を済ませて疲れてしまった。こたつも温まってきて…
はっ、どうやら眠ってしまっていたようだ。つけっぱなしのテレビが何やら騒がしい。
「…繰り返します。NASAの発表によると、地球の自転と公転が止まってしまった、ということです。この後日本政府は緊急会見を開く模様です。首相官邸に中継をつなげます。」
「えー、NASAの発表があった通り、地球は自転及び公転運動を止めてしまったのは事実であるようです。原因はわかっておらず、我々日本政府もJAXAの協力のもと、対応を図っております。混乱が予想されますが、国民の皆様は自分の安全を最優先に……」
なにがおこってるんだろうか。まだ夢の中にいるのかもしれないとも思って頬を強くつねってみるがとても痛い。どうやら現実のようだ。日本はちょうど日没の時間で、おそらくこのまま太陽は動かないのだろう。これからどうなってしまうのだろうか。
地球の静止から数日が経った。地球の静止の原因は未だわからないようで、報道を見る限りではこのまま地球は動かないままだそうだ。
地球の静止によって、地球と太陽の距離を保っていた遠心力はなくなり、地球は太陽へ近づいている。また、どうやら月も地球に近づいてきているようで、確かに前よりも大きくなっている。日本は日没直前の状態で、なんとか保っているが、太陽が沈み切った地域では気温が低下し、極寒の中人々が過ごしている。
地球上は大混乱だ。月は日に日に大きくなり、地球に激突しようとしている。月の重力によって海はうねり、海岸地域は破壊され尽くしてしまった。人々は突然突きつけられた世界の終わりを前に、ただ黙って待つことしかできないのである。
私はこの黄昏の空のもと、地球の最後を見守ることになるのだろう。私は、この光と闇の狭間で、世界の終わりに何を見るのだろうか。
「星の子」
小指くらいの小さな蝋燭が、僕の足元をだいだい色に照らしてくれる。僕が膝を抱えて座るこの星は、無限に広がる暗闇に漂う星々の中でも、一際小さく弱々しい。
そんな小さな星の上で僕は、ずっと1人、暗い宇宙に輝く星々を見つめて過ごしていた。時々、他の星にも遊びに行くけれど、そこで出会う人々は、不思議な人ばかりで、いつも少しのお喋りの後で、僕は自分の星に帰ってくるのだった。
いつもと変わらず、暗い空を見つめる僕の目の前に現れたのがこの小さな蝋燭と、金色の髪を靡かせて、青い目で僕を見つめる若い男だった。
「やあ、元気かい?少年。」
「元気だよ。」
「本当?とても元気な少年って感じには見えないけれど。元気ってのはもっと、目をキラキラさせて、なんというか、力がみなぎっている感じじゃないのかい?」
「知らないよ、そんなこと。お兄さんは何しにきたのさ。」
「何しに、か。うーん、君とお話ししにきた、って感じかな。だってずっと1人で寂しそうじゃないか」
「寂しくなんかないよ、1人でいるのが普通だからね。他の星の人たちも、みんな1人で過ごしているじゃないか。そんなことも知らないの?」
「知っているよ。けれど僕には、特に君が寂しく見えたのさ。」
「だから、そんなことないよ。僕だって時々他の星へ遊びに行くよ。」
「でも、少し話してすぐに帰ってくるだけ、そうだろ?例えば、あそこの大きな星の王様。馴れ馴れしく話しかけた君に怒った王様は、すぐに君を星から追い出したんじゃないかい?」
「その通りだけれど、どうして知ってるんだい?」
「あるいは、そっちのほうで緑色に光る星に遊びに行った時には、酒飲みのじいさんが住んでいて、君がお酒を持ってないことを知るや否や、口を聞いてくれなくなっちゃったんだよね、確か。」
「何者なの、お兄さん。」
「君は彼らに出会ってどう思ったんだい?」
「変わった人たちだなって思ったよ。自分しかいない星の王様、ずっと酔っ払ってるおじいさん。他のみんなも変な人たちばっかりだったよ」
「君から見れば、彼らは不思議な存在だろうね。孤独を逃れるために、何かに縋っているわけだから。それに対して君は、孤独の中に生きている。未だ運命の渦のどんな真ん中にいる。」
「どういうこと?」
「君は無限の可能性を秘めているってことだよ。あるいは可能性そのもの、運命の源流とでも言おうか。」
「よくわからない」
「おっと、そろそろ時間がなくなってきたようだ。最後になっちゃったけど、僕がここにやってきたもう一つの理由を話さないとね。」
足元で光っていた蝋燭は、ほとんどが溶けてしまっていた。残り少ない蝋に燃える輝きが今にも地面を焦がしてしまいそうだ。
「僕は星のゆりかごの主、そして生命をつなぐもの。君が孤独を抜け出す手助けをしにきたんだ。」
「さっきから何を言ってるの?ひとつも理解できないよ!」
「よく聞いて。今から君をこの暗闇の反対側にある大きな星へ連れて行く。その星は、この辺りの星とは違ってたくさんの人が住んでいる。ちょうど君の目と同じ色をした、美しい星だよ。」
「暗闇の反対側...?なんでそんなところにに行かないといけないの?」
「行けばわかるさ。もうすぐ時間だ、良い旅を。少年!」
足元の明かりが消え、黒い焦げだけが残されたその瞬間!僕は光に包まれる。光の道を抜けたと思えば、暗いけれど、暖かい水の中だ。
「さあ、この"僕"はどんな運命を辿って行くんだろうね、楽しみだ。」