憂一

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4/24/2024, 11:44:23 AM

『ルール』

家に帰ったら鍵を閉め、手を洗い、米を炊き、シャワーを浴び、服を着替え、肉を焼き、米と肉を食らい、歯を磨き、ベランダで本を読む。
いつも変わらず、このルーティンを繰り返している。
どれだけ帰りが遅くなろうと、雨が降ろうと、熱があろうと、必ず守る。
このようなことをしてなんの意味があるのかと思うだろうけれど、私のように何も確かなものを持たない者にとっては、確かなルールを守ることが、自分という存在を確かめるほとんど唯一の方法なのだ。
だから今日も、家に帰ったら鍵を閉め、手を洗い、米を炊き、シャワーを浴び、服を着替え、肉を焼き、米と肉を食らい、歯を磨き、ベランダで本を読む。
ベランダで本を読む。ベランダで本を読む。ベランダで本を読む。

ベランダで本を読む?

4/23/2024, 1:40:48 PM

『今日の心模様』

雨が降りしきる晩のこと、男が雨具も持たずに川沿いの小道を歩いていた。雨音と蛙の声が男を包んでいる。
春先といえど夜の雨は冷たく、男の肌は青ざめていた。人が見れば死人と見間違ったとしてもおかしくないほどであった。
さて、なぜ男がこのような状況にあるのかと言えば、帰る家が無いからである。正確には、無くなった、のである。
男には妻と2人の娘がいた。近所でも評判の仲睦まじい家族で、笑顔の絶えない家であった。
しかしこの日、男の働きに出ている合間に、家が賊に襲われ妻と娘は滅多刺しにされてしまった。
男が家に戻った時には既に息絶えていた。
こうして絶望のままに、男は彷徨するに至ったのだった。
今、男の頭の中は希死念慮で満たされていた。最愛の家族を失った以上、もはや生きる意味などないと思い始めていた。
男の足取りは少しずつ濁流の方へと向かっていく。周囲に人はおらず、彼を踏みとどまらせるものは何も無い。
右の足が水に沈み、左の足もそれに続いた。
決して速い足取りではないが、躊躇わず進む。
腰の辺りまで水面を下回った時、男は川の流れにさらわれた。
流れに身を任せ、男はひたすらに流されていく。
男は意識を失った。
しかし、あるところに流れ着き、一命を取り留めた。
川辺に倒れるその男を見つけた村の者が、寺に担ぎ込み、住職が介抱をしてくれることになった。拾われて2日目の朝、男は目を覚ましたが、川に流される前の男と同様、生きる気力はもはやなかった。
それを見かねた住職は男を出家させ、信仰に専念させなんとか生きながらえさせることにした。
こうして男は、僧として再びの生を歩むこととなった。

男が川に流された日、実は娘のひとりは生きていた。意識を取り戻した娘は街の医者に引き取り育てられ、15の歳を迎えた頃、父を探す旅に出た。
娘が父と出会うことが叶ったのは18の歳の頃であったが、これはまた別の機会に話すとしよう。

4/22/2024, 12:51:38 PM

『たとえ間違いだったとしても』

「俺は自分で幸せになるよ。」

この街を治める私を救ってくれた1人の勇者は、その言葉を残して私の元を去りました。
勇者にはあまり似つかわしくない台詞かもしれません。
勇者は人を幸せにするために戦うものだと思われる方が多いと思います。
事実、あの方も、この街を襲った魔物と戦い、人々を救い幸せをもたらしました。
そして、それが人類と魔物との最後の戦いでした。
あの方は、それから先の道に迷っていました。あの方にとってはこの街を守ること、この街の人々を救うことがすべてでした。その役目を果たし終え、己の道を見失っていたのでした。
私はどうにかこの方を支えたいと思い、やがてそれは愛へと変わっていました。
あの方と過ごす時は、私にとって幸せだったと思います。
ですが、あの方にとってはいつからか違ったのかもしれません。
だから、あの方は私の元を去ったのです。

「俺に幸せを与えてくれてありがとう。だけど、俺は自分で幸せになるよ。」

私の愛は、同情から生まれた間違ったものだったのかもしれません。それでも、あの方をお慕い申していたこと、それは正しかったのだと覚えておきたいのです。

4/21/2024, 12:01:25 PM

『雫』

小説を書き始めて、6年が経った。
最初は、書きたいという衝動に突き動かされて原稿用紙を殴りつけるように物語を書いていた。
何本か書いて、少しずつ刺々しさが取れていき、今は言の葉の雫が原稿用紙に染み渡るように書いている。
書きたいという意志だとか情熱だとかはもちろん大事なのだろうけれど、人々の心の奥底まで行き届くように、瑞々しい言葉を紡がなくてはならない。川の上流にあるような尖った岩をぶつけられても痛いだけだ。川の流れの中で角を取って丸みを帯びた言葉にすることが必要だ。
そのためには、兎にも角にも言葉と向き合うことだ。
それが物語を書きたいという欲望を言の葉の流れの中で滑らかにしてくれる。
作家というのは川を下らなければならないのだ。

4/21/2024, 12:40:51 AM

『何もいらない』

私は部屋に物をあまり置かない。いわゆるミニマリストだ。
生まれつきそうだったわけではなく、大学を出て働くようになってから少しずつ部屋からものがなくなっていった─ひとりでにものがきえたわけではなくて、もちろん私が自分で捨てたのだけど─。
この部屋に越して来た頃は、服も本も雑貨もいっぱい持っていて、部屋に物と色が溢れていた。
だけど、働くのは辛くて、いろいろと考えることが多い。
毎日ひっきりなしに頭を使い続けて、日に日に生活の余白を楽しめなくなってしまった。
そういう私の心持ちが、部屋を空っぽにしていった。
そんな私だけど、昨日、手のひらに収まるくらいのクマのぬいぐるみを買ってきた。仕事の帰り道で見かけた骨董屋で目が合って、その5分後には私は店主の老人に500円を手渡していた。
あの衝動がどこから来たのかは分からないけれど、今なら前よりも、世界を楽しめる気がする。

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