あぁ、逃げたいなぁ。
授業に集中できていない。先生には関係ないはずなのに、これでもかと怒られる。
今日も放課後に呼び出しを食らった。
正直どうでもいい。ボーッとしているのも勿体無いので、今日の小説のネタを考える。
今日は男女の恋愛かなぁ。そこにちょっとホラーを混ぜて。最後は彼女の方が行方不明になって、彼氏が探しに行くとか?それか死ネタでも面白いだろうなぁ。
脳内で自分の考えた物語をアニメのように映像化する。
すると先生の怒鳴るような声が聞こえた。
妄想の世界から一気に現実に引き戻される。
僕の楽しい世界を返してくれよ。僕だけが入れる、真昼の夢。
僕が僕でいれる時間だから、真昼の夢は僕を救う。
これからもきっと、
僕は真昼の夢に浸って生きていく。
姉が大学生になり一人暮らしをするようになった頃、とても喜んだ。なぜなら2段ベットの2階をやっと使えるようになったから。小さな事だけど、ずっと楽しみにしていた。少し手を伸ばせば天井に届く。地から離れた場所で寝る。その特別感が欲しかった。
でも、それでテンションが上がったのは1日。いや、1時間。もしかしたら1分、、1秒かもしれない。
姉の居ない部屋が何故だか広く感じて、やけに静かだった。
私は思っていたより姉が好きだったんだな。
この2段ベットは姉と私の、2人だけの思い出が沢山ある。
どっちが2階で寝るかで争ったり、勝手に2階に上がって叱られたり。でも楽しい思い出もある。
2階の床と布団の隙間に掛け布団を挟んで、1階まで垂らす。そして1階に2人で入って「秘密基地」なんてのもした。暗闇で2人。楽しくて、幸せだった。
少し懐かしくなって1人で秘密基地を作った。でも、足りない。姉が、居ない。
2人だけの思い出。2人だけの秘密基地。2人だけの。
小学生の頃の夏休みのこと。夏祭りがあるっつて友達と一緒に行ったんだ。そしたら思ったより人が多くて見事にバラバラ。
ちょっと歩いたら鳥居っぽいとこがあったから、そこで座って待ってたんだ。んでちょっと鳥居の奥の方見てたら狐の面した女の子が現れてさ。俺と同い年くらいの子で、顔が見えないのに可愛いって思った。いわゆる一目惚れ。
声はかけられなかったんだけど、それから毎日あそこに行ったんだ。晴れでも雨でも、夏でも冬でも。
でも、あの子は夏祭りの日にしか現れない。
思い切って声を掛けた中2。あの子はニタっと笑った。
「やっと、話しかけてくれた。ねぇ、変わって?」
冷や汗が止まらなかった。今まで仮面をかぶっていると思った顔はあの子の素顔で、その奇妙な狐の顔が目を歪ませ、口を少し開けたまま弧を描く。
不気味な笑顔に変わった瞬間、俺はあいつに喰われた。
あぁ、今度は俺の番。俺の身代わりを探して今年も夏祭りに現れる。
ねぇ、変わって?そう思いながら。
これが俺の夏の恒例行事。
これは遺書です。
例_______________________
別に特別辛かった訳じゃないけど、何だか疲れました。
ずっと愛してくれた家族や彼、友人。でも理解だけはしてくれなかったよね。全部理解しろ、とかそう言う訳じゃないけど、アナタの考えを押し付けるだけじゃなくて、寄り添って欲しかったな。
でもね、愛してくれたから満足だよ。結局死ぬのだって私のせいだし。
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こんな風に毎日毎日遺書を書いては依頼主に送る。
そう、私は遺書代行サービスの仕事をしている。
体が動かせない老人、上手く言葉にできない気持ちを抱えた若者。最期くらい素直になりたい老若男女たちの気持ちを代わりに文字にする。
そんな事してたらさ、こっちが滅入ってきちゃって。元々病みやすいんだからやめときゃ良かったなんて思いながら。
この仕事も、私の気持ちも、誰にも言わずに隠してきたんだ。
私が隠した真実に私は苦しめられている。
今も遺書を書いています。
でも仕事じゃないよ。
これは私の遺書です。さようなら。
社会人になった今、風鈴の音なんて聞く機会がない。だけど、時々近所に飾ってある風鈴のチリンという音が頭にこだまするとあんなに嫌だった田舎に帰りたくなる。
うちは魔除けや厄除けの意味で一年中風鈴が飾られていた。
それでも、あの音は夏が1番似合う。涼しげなチリンという音が部屋に鳴り響く。暑くて汗が滲んでいるのにエアコンが効かなくて扇風機の前で涼む。すると奥の台所から婆ちゃんがスイカを持ってくる。
昼ご飯には素麺か冷麦をたらふく食べさせてくれる。正直言うと飽き飽きしていた。
都会はエアコンも効くし、好きな物を好きな時に食えるし、俺のやりたかった事目一杯できる。それなのに、時々無性に田舎の暑さを、婆ちゃんの素麺や冷麦を、求めている自分がいる。
あぁ、また風鈴の音が聞こえる。
今年は絶対にちゃんと帰ろう。