今日は七夕。だから短冊に願い事を書いている。
これは夏に入ってからずっと悩んでいる事だ。コレは母さんにも言ったんだ。でも、母さんに言ってもどうにかなる事じゃなかった。
だから俺は藁にも縋る思いでショッピングモールの笹に短冊をくくりつけて、手を合わせる。こんな事意味ないと分かりながら。
一説によると七夕の願い事は織姫様が叶えるらしい。お願いします、織姫様。どうか、どうか、俺の願い事を聞いてください。
これからは夜更かしも、塾をサボる事もしませんから。
10分程その場に居ただろうか。流石に周りから変な目で見られるのでその場から足早に退散した。
家に帰ってきてからも、俺は天の川を見ながら手を合わせる。
そして恐る恐る母さんに聞く。
「今日の夜ご飯何?」
母さんはにっこり微笑んだ。ほっとしたのも束の間。
「豚とキュウリの炒めものよ。」
食卓に並んでいくキュウリ達を見ながら絶望する。
あぁ、織姫様。貴方はなんて残酷なんだ。俺はあんなに願ったのに。
"もうキュウリは食べたくない"
ってさ。
俺が幼い頃、地元の近くの神社で一目惚れをした。
その事を爺ちゃんに言ったら、
「そりゃあ神様じゃろぉ、お前は厄介な恋をしたなぁ。」
と言われた。確かに言われてみれば人間ではない。
袴を纏い、頭からは狐の様な耳を生やした少女。
爺ちゃんが言うにはあそこの神社には狐の神が祀られているらしい。
昔、人間は狐を怖がり、害のあるものとしていた。
だから災いが起きる前にあの神社に祀って、お供物をしていたんだとか。
爺ちゃんは俺の恋を空恋だと言った。人間に閉じ込められた神と、人間の俺では恋は実らないと。
それでもあの神が頭から離れなかった。それは40になった今でも同じだ。
あの神を忘れる為に彼女も作った。でも結局は彼女を好きになりきれず別れて、40になっても独身 子なしだ。
なあ、神様、一回だけ俺の告白聞いてほしい。それで断られたら諦めるから。
「好きだよ、狐の神様。」
ポツリと呟く。
「ワシもじゃ。」
天から降ってきた声に目を見開いた後、俯いて笑った。
どうやら、俺の空恋は終わりそうにない。
俺は波音が好きだ。波が寄せたり引いたりする、独特のザーザー音。でも、俺は元々あの音が好きじゃなかった。海の近くに住んでいた時、波音で寝られなかった。ただそれだけの理由で海も、波音も、綺麗なものだとは思えなかった。
そんな俺が波音を好きになったのはきっと、彼女のおかげだろう。
彼女は俺の家の近くに引っ越してきたんだ。波音がうるさいはずなのに、笑顔で「いい音ですね」なんて言われたら確かにそんな気がしたから。
そんな彼女に俺はだんだん心を惹かれていった。
少しでも多く彼女と一緒にいたくて、沢山話した。
そうやって話してた流れで「なんで引っ越したのか」って聞いてみたんだ。そしたら彼女は
「死のうと思って」なんていつもの笑顔で何も躊躇わず言った。つまんなくなったから死ぬ、最期は大好きな海の中で。と。
俺はただのご近所さんで、止める資格もない。だから「やめて」という言葉が喉につっかえた。
そしたら彼女は本当に死んじゃってさ、次の日にはその家からいなくなってた。俺の家に「ありがとうございました。」なんて一言だけ添えて。
どこの海で死んだのかもわからないけど、海は繋がってるから。
俺は今日も彼女の死んだ海に手を合わせる。
彼女の声を聞くように波音に耳を澄ませながら。
僕らの夏が終わった。という言葉は甲子園などでよく使われる言葉だろう。そうだとしたら、そもそも夏を掴む機会のなかったものには一生使うことのできない言葉だ。
僕は野球が大好きだったんだ。小中高と続けてきた。でも、学力の関係で入った僕の高校には野球同好会しかなかったのだ。
結局部員は全員で4人しか集まらず、高校3年生の僕は夏を掴む機会もないまま夏を終えた。
野球同好会には僕の他に3年生の部員は1人だけいた。
そいつは野球を高校生で始めた。でも、誰より必死に練習をしていた。
指に豆ができるまでバットを握り、足が筋肉痛で動かなくなるまで守備練習をし、手がグローブ臭くなるまでピッチング練習をした。
そんなに練習をしたのに夏を掴むチャンスも得られない。でもアイツは平気そうに笑って、終わっちゃった。なんてあっけらかんと言った。
僕は悔しくてたまらなかった。アイツも俺も必死に頑張ったのに、なんで。残酷な世の中に嫌気がさす。
いつの間に流れた涙と後悔の言葉をアイツはしっかり受け止めた。
「俺たちは、まだ、青すぎたんだよ。」
初めて見たアイツの目尻の涙を青い風が飛ばした。
「俺、どっか遠くに行って、旅でもしながら生きるよ。」
お前がそう言ったのは高校を卒業した日だった。
中学も高校も成績トップのお前がどうして?って思ったよ。
お前ならどこの大学にも行ける。どんな企業だってお前を欲しがる。そんなお前に追いつこうと俺は学年2位を保ってきたのに。
そんな俺を見透かしたようにお前は笑って言った。
「この世界に飽きたってだけだよ。数字で価値が決められるこの世界に。」
お前はトップなのになぜそんなことを思うのか不思議だった。でも、お前はトップだからこそのプレッシャーとか、レッテルとかが嫌だった。だからもうやめる。ってさ。
そんなこと聞いてたらさ、俺のやってきたこともお前を苦しめてた気がして、罪滅ぼしをしたくて、口をついた。
俺も一緒に行くよ。
お前だけが周りから「変だ」とか、「落ちこぼれ」
とか言われる気がして嫌だった。俺のせいかもしれないのに。
泣きそうになりながら言ったら、案外お前は笑ってOKしてくれてさ。
そんで次の日には何も考えずにこの街を飛び出した。
これが元学年1位のお前と、元学年2位の俺の
逃避行の物語。