光と霧の狭間で、俺は一体何を考えただろう。
光がこちらだと叫んでいるのに、俺は先の分からない霧へ向かう。
未来が良く見える光は、安定で幸せなんだろう。
霧の世界は何が起こるかわからない。でも、俺はそれが良いんだ。
全てが順調で平坦な未来より、少し先がうっすらと見えるような、それでも転んでしまうかもしれない世界に飛び込みたい。
光と霧の狭間は運命の別れ道。
もっと、もっと、ワクワクしたい。
そんな俺は霧の世界へ一歩進んだ。
結婚13年目。
夫婦の仲は良くも悪くもない。
家は静寂に包まれていて、テレビのバラエティ番組の笑い声だけが響く。
ある日俺は会社の飲み会に行くことになった。
なかなか盛り上がって帰ってきたのは夜の2時。
明日は休みなので思う存分寝るとしよう。
次の日、起きたのは昼で見事に二日酔いだ。
何か食べるものを探しに冷蔵庫を開けると、切られた梨にラップがかけられ、その上には付箋が貼ってある。
「コレ食べて良いから。どうせ二日酔いでしょ?」
俺は梨を一口頬張った。
ジュワッと口に広がる甘い果汁に妻の笑顔を思い出す。
今日は妻の好きなケーキでも買ってこようか。
君の歌声が好きだった。
2人で歌うのが楽しかった。
将来は2人で音楽で飯を食っていくんだって語り合った。
でも、その頃には俺の耳が聞こえにくくなっていて、医者に言えば後天性の難聴と診断された。
それでも治療をすれば治るんだって。だから君と一緒に治療に励んだ。
だけど俺の難聴は悪化していくばかりだった。
しまいにはもう治る可能性はゼロに近いなんて。
だから、君に別れを告げた。
君1人なら世界に羽ばたける。
俺なんかが邪魔をするべきじゃない。
なぁ、泣くなよ。
最後くらい歌ってさよならしようぜ。
俺の世界から音が無くなる前に。
いつもの交差点。知らない人と目が合った。
よくある事だけどこの日だけはなんだか違って、それでも何が違うのかは分からない。だから、そのまま横を通り過ぎた。
でも、もしあの時あの人に声を掛けていたら?
もしあの人に会釈だけでもしていたら?
そんな「もし」が頭に浮かび上がる。
ifの世界を考えると、自分の日常の選択画面が出てきたかのようだった。
選択を間違える事はないけれど、ゲームのようにやり直せない。
人生の選択画面には未知が埋まっている。
時には「いつも通り」を未知にしてみるのもアリかもしれない。
君は教室で良く絵を描いている。美しい花の絵。
ある時は赤いバラ、ある時は可愛らしいミモザ。
中でも良く描いていたのは赤のコスモス。
僕が「絵上手いね」って声をかけたら嬉しそうにニッコリ笑ってた。
それから休み時間は君の絵を見て過ごすことが増えた。そしてある日、赤いチューリップの絵をくれた。
「ありがとう」と言うと何故か寂しそうな顔をした君を良く覚えている。
それからしばらくたった時、僕に彼女が出来たんだ。その事を君に報告すると「良かったね」って微笑んでた。
でも、その日から君は絵を描かなくなった。
なんでって聞いても話してはくれない。
その代わり最後にってまた絵をくれた。
上品で美しい。一輪のチョコレートコスモスの絵を。