誰だもが知らずの語り屋

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7/9/2025, 6:37:26 PM


届いて…

私は、喋れない、耳も聞こえにくい。

これは、私が小学生だった頃の話です。

父の転勤で、誰も知らない都会へ引っ越しました。高層ビルの隙間に、空がほんの少しだけ見える場所。私は教室で、まるで家具のようにそこにいるだけの存在でした。

話せない私は、「変な子」と呼ばれ、遠巻きにされることが多かった。何かを伝えようとしても、言葉にならない私の声は、空気に吸い込まれて、誰にも届かなかった。

昼休み、机に落書きされた私の名前を見つけた日、ひとりで図書室に逃げ込んだ。そこには誰もいなくて、静かな時間だけが流れていた。

その図書室で、一冊の本と出会った。

“わたしは しずかな こえを もっている
きみには きこえるだろうか”

その詩を読んだとき、不思議と涙が出た。

私は、初めて「届いた」気がした。

言葉じゃなくても、人の心に触れる瞬間があるんだ。
静かな声でも、誰かに届く日が来るんだ。

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届いて…(続き)

その本を読んで以来、私は毎日のように図書室に通うようになった。ページをめくる音と、遠くで鳴る時計の針の音だけが、私の世界のBGMになった。

ある日、図書室で一人の男の子に出会った。

彼は、私に話しかけることなく、ただ隣の席に座っていた。私の手元の本の題名をちらりと見て、自分のノートに同じ詩を書き写していた。そのとき、私の胸が少しだけ、あたたかくなった。

彼は、声ではなく、絵を描いて気持ちを伝えていた。

私の机に、そっと置かれた小さな紙。

そこには、風に揺れる草原と、空を仰ぐ猫の絵が描かれていた。ふわりと軽くて、でも確かに何かを伝えていた。

私は、自分の気持ちを少しだけ勇気に変えて、彼に返事をすることにした。

鉛筆を握って、震える手で「ありがとう」と書いた紙を渡す。

彼はそれを見て、にこっと笑った。

その笑顔だけで、「届いた」と、私は確信した。

喋れなくても、耳が遠くても、心が届く瞬間は確かにある。
それは、世界のどこかで響いている、静かな祈りのようなもの。

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#´ω`)ノオハヨォ皆さん熱中症等にお気をつけ下さい
水分補給日陰でお休み下さい。

7/8/2025, 12:56:54 PM

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『紫陽花の傘の下で』

あの日の景色を、僕は今でも忘れられない。
灰色の空。
濡れたアスファルト。
そして、雨に打たれてなお咲き誇る紫陽花たち。

朝から降り続く雨は、まるで世界を静かに閉ざしていた。
制服のシャツが肌に張りつく感覚も、
靴下の中に染み込む水の冷たさも、
すべてが、あの日の景色の一部だった。

学校へ向かうふりをして、僕はあの公園へ向かった。
駅の裏手にある、誰も気に留めない小さな場所。
けれど、あの季節だけは違った。
紫陽花が咲き乱れる、静かな楽園。

あの日の景色には、色があった。
青、紫、淡いピンク。
雨粒をまとった花びらが、まるで呼吸するように揺れていた。
その色彩は、どこか遠い記憶を呼び起こすようで、
僕の心をそっと掴んで離さなかった。

ベンチに腰を下ろし、傘も差さずにただ雨を見ていた。
濡れた木の感触。
土の匂い。
紫陽花の香り。
それらすべてが、あの日の景色を形づくっていた。

そして、彼女が現れた。

「……風邪、ひくよ?」

その声もまた、あの日の景色の一部だった。
振り向くと、そこに一人の女性が立っていた。
薄い茶色のスーツに、白いシャツ。
雨に濡れて少しだけ色が深まったその布地は、
紫陽花の群れの中で、どこか優しく溶け込んでいた。

濡れた前髪が額に張りついていたけれど、彼女は気にする様子もなく、
透明なビニール傘を僕の方へ差し出した。

スーツ姿の彼女は、まるでこの場所に似つかわしくないようで、
けれど紫陽花の前に立つその姿は、不思議と調和していた。

「紫陽花、好きなの?」

僕はうなずいた。
彼女は微笑んで、僕の隣に腰を下ろした。
傘の下、雨の音が少しだけ遠くなった。

「私もね、昔ここでよく雨宿りしてたの。
学校、行きたくない日とか、ここに来て、紫陽花見てた。」

その言葉に、僕の胸が少しだけ温かくなった。
まるで、彼女もまた、あの日の景色の中に生きていたようで。

「紫陽花って、不思議だよね。
雨に濡れてるのに、どこか誇らしげで。」

僕は、ようやく声を出せた。

「……僕も、そう思ってた。」

彼女は笑った。
その笑顔もまた、あの日の景色の中で、いちばん鮮やかだった。

「じゃあ、今日はここで休んでいこうか。
紫陽花の傘の下で。」

その日、僕は学校には行かなかった。
でも、心のどこかで、少しだけ前を向けた気がした。

雨は止まなかったけれど、
あの日の景色――濡れた紫陽花、灰色の空、濡れたベンチ、そして薄茶のスーツの彼女の傘――
今でも、僕の中で静かに咲き続けている。
ふとした雨の日に、あの香りを感じるたび、
僕はそっと目を閉じて、あの日の景色を思い出す。

それは、僕の心の奥に咲いた、永遠の紫陽花だった。

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7/7/2025, 11:02:45 PM

『星の願い』

山あいの小さな村に、透(とおる)という名の少年がいた。
透は生まれつき体が弱く、村の子どもたちと走り回ることも、遠くの町へ行くこともできなかった。
けれど、彼にはひとつだけ、誰にも負けない楽しみがあった。
それは、年に一度だけ訪れる「星の降る夜」を、丘の上から眺めることだった。

その夜、村では「願い星祭り」が開かれる。
星が空からこぼれ落ちるように流れるその日、人々は空に向かって願いを唱える。
「星に願えば、ひとつだけ叶えてくれる」
そんな言い伝えが、村には昔からあった。

今年もまた、その日がやってきた。
透は母に手を引かれながら、息を切らしつつも丘の上へと向かった。
草の匂い、夜風の冷たさ、遠くで響く祭りの太鼓の音。
すべてが、どこか遠くの世界のように感じられた。

やがて、空が星で満ち始めた。
ひとつ、またひとつと、光の尾を引いて星が落ちていく。
透は、そっと目を閉じて、心の中で願った。

「星さま、どうか僕の病を治してください。
それが無理なら……もう、楽にしてください。」

その瞬間、ひときわ大きな流れ星が夜空を横切った。
まるで透の願いに応えるように、静かに、優しく。

その夜、透は深い眠りについた。
母が何度呼んでも、もう目を開けることはなかった。

けれど、不思議なことが起きた。
翌朝、丘の上に咲くはずのない花が、透の寝ていた場所に咲いていた。
それは、透が昔、絵本で見て「いつか見てみたい」と言っていた、星の形をした白い花だった。

村の人々は言った。
「きっと、星があの子の願いを叶えたんだね。」

透の願いが「治ること」だったのか、「楽になること」だったのか、それは誰にもわからない。
けれど、あの夜、星は確かに彼のもとに降りてきた。
そして今も、丘の上にはその花が咲き続けている。
まるで、透の願いが、風に揺れながら空を見上げているかのように。

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(願い事)

7/6/2025, 12:03:29 PM

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『空に恋をした日』

昼休みのチャイムが鳴ると、私はいつものようにお弁当を抱えて階段を上った。
誰も来ないこの屋上は、私だけの秘密の場所。
風が強い日はスカートがめくれそうになるけど、それでも空が近いこの場所が好きだった。

今日も、そう思っていた。

けれど──

「……あれ?」

扉を開けた瞬間、風に乗ってふわりと音楽が流れてきた。
屋上の隅、フェンスにもたれて座る男子生徒。
制服のネクタイはゆるく、髪は少し長めで、目を閉じてヘッドホンをつけていた。

知らない顔。
でも、どこか見覚えがあるような気がした。

私はそっと歩み寄り、彼の横に腰を下ろす。
彼は気づかない。音楽の世界に沈んでいる。

「……ここ、いつも誰も来ないのに」

思わずつぶやいた声に、彼がゆっくりと目を開けた。

「……あ、ごめん。邪魔だった?」

低くて、少しかすれた声。
その声が、なぜか胸の奥に残った。

「ううん。びっくりしただけ。……あなたも、ここが好きなの?」

彼は少し笑って、空を見上げた。

「うん。空が広いから。……なんか、全部忘れられる気がして」

その言葉に、私は黙って空を見上げた。
青くて、どこまでも高くて、少しだけ切ない空。

その日から、昼休みの空は、ひとりじゃなくなった。
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『空に恋をした日』第二章:風の音、君の声

それから毎日、昼休みになると私は屋上へ向かった。
そして、彼もそこにいた。

名前も知らないまま、隣に座って、空を見上げて、時々言葉を交わす。
それだけなのに、心が少しずつ、ほどけていくのがわかった。

「……何聴いてるの?」

ある日、私は思い切って聞いてみた。
彼は少し驚いたように目を見開いて、それからヘッドホンを外した。

「これ? RADWIMPS。……知らない?」

「うん、名前は聞いたことあるけど、ちゃんとは」

「じゃあ、聴いてみる?」

そう言って、彼は片方のヘッドホンを私の耳にそっと当てた。
流れてきたのは、優しくて、どこか痛いような歌声。
風の音と混ざって、胸の奥がじんわりと熱くなった。

「……なんか、泣きそうになるね」

私がそう言うと、彼はふっと笑った。

「わかる。俺も、最初に聴いたときそうだった」

その笑顔が、思っていたよりずっと優しくて、私は目をそらした。
風が吹いて、髪が揺れて、ふたりの間に静かな時間が流れる。

「……名前、聞いてもいい?」

私がそっと尋ねると、彼は少しだけ間を置いて、答えた。

「蒼真。青いに、真実の“真”」

「……空みたいな名前だね」

「うん。だから、空が好きなのかも」

そのとき、私は思った。
この人のこと、もっと知りたいって。

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7/5/2025, 11:42:41 AM



『波音に耳を澄ませて』

風が止んだ。
それは、世界が息をひそめたような瞬間だった。

夕暮れの図書館。
誰もいない閲覧室の隅で、彼〈か〉は古びた一冊の本を開いていた。
背表紙には文字がなかった。ただ、金の箔押しでこう記されていた。

――「波音に耳を澄ませて」

ページをめくるたび、どこか遠くで風鈴のような音が鳴った。
それは本の中から響いてくるようで、けれど確かに、彼の耳元で囁いていた。

「聞こえるかい?」

その声は、言葉ではなかった。
音の粒が心に直接触れてくるような、不思議な感覚だった。

次の瞬間、ページの隙間から光が溢れた。
彼の視界は白に包まれ、重力が消えたように身体が浮かぶ。

――そして、目を開けたとき、そこはもう図書館ではなかった。

空は深い群青。
空中に浮かぶ島々が、音符のように並んでいた。
風は旋律を奏で、草木はリズムに合わせて揺れている。

「ここは……音の世界?」

彼の足元には、あの本が落ちていた。
開かれたページには、こう記されていた。

> “この世界は、忘れられた音たちの記憶でできている。
> 彼音〈かのね〉に耳を澄ませよ。
> さすれば、君は真実に触れるだろう。”

---波でした( ̄▽ ̄;)

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