『波音に耳を澄ませて』
風が止んだ。
それは、世界が息をひそめたような瞬間だった。
夕暮れの図書館。
誰もいない閲覧室の隅で、彼〈か〉は古びた一冊の本を開いていた。
背表紙には文字がなかった。ただ、金の箔押しでこう記されていた。
――「波音に耳を澄ませて」
ページをめくるたび、どこか遠くで風鈴のような音が鳴った。
それは本の中から響いてくるようで、けれど確かに、彼の耳元で囁いていた。
「聞こえるかい?」
その声は、言葉ではなかった。
音の粒が心に直接触れてくるような、不思議な感覚だった。
次の瞬間、ページの隙間から光が溢れた。
彼の視界は白に包まれ、重力が消えたように身体が浮かぶ。
――そして、目を開けたとき、そこはもう図書館ではなかった。
空は深い群青。
空中に浮かぶ島々が、音符のように並んでいた。
風は旋律を奏で、草木はリズムに合わせて揺れている。
「ここは……音の世界?」
彼の足元には、あの本が落ちていた。
開かれたページには、こう記されていた。
> “この世界は、忘れられた音たちの記憶でできている。
> 彼音〈かのね〉に耳を澄ませよ。
> さすれば、君は真実に触れるだろう。”
---波でした( ̄▽ ̄;)
7/5/2025, 11:42:41 AM