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『空に恋をした日』
昼休みのチャイムが鳴ると、私はいつものようにお弁当を抱えて階段を上った。
誰も来ないこの屋上は、私だけの秘密の場所。
風が強い日はスカートがめくれそうになるけど、それでも空が近いこの場所が好きだった。
今日も、そう思っていた。
けれど──
「……あれ?」
扉を開けた瞬間、風に乗ってふわりと音楽が流れてきた。
屋上の隅、フェンスにもたれて座る男子生徒。
制服のネクタイはゆるく、髪は少し長めで、目を閉じてヘッドホンをつけていた。
知らない顔。
でも、どこか見覚えがあるような気がした。
私はそっと歩み寄り、彼の横に腰を下ろす。
彼は気づかない。音楽の世界に沈んでいる。
「……ここ、いつも誰も来ないのに」
思わずつぶやいた声に、彼がゆっくりと目を開けた。
「……あ、ごめん。邪魔だった?」
低くて、少しかすれた声。
その声が、なぜか胸の奥に残った。
「ううん。びっくりしただけ。……あなたも、ここが好きなの?」
彼は少し笑って、空を見上げた。
「うん。空が広いから。……なんか、全部忘れられる気がして」
その言葉に、私は黙って空を見上げた。
青くて、どこまでも高くて、少しだけ切ない空。
その日から、昼休みの空は、ひとりじゃなくなった。
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『空に恋をした日』第二章:風の音、君の声
それから毎日、昼休みになると私は屋上へ向かった。
そして、彼もそこにいた。
名前も知らないまま、隣に座って、空を見上げて、時々言葉を交わす。
それだけなのに、心が少しずつ、ほどけていくのがわかった。
「……何聴いてるの?」
ある日、私は思い切って聞いてみた。
彼は少し驚いたように目を見開いて、それからヘッドホンを外した。
「これ? RADWIMPS。……知らない?」
「うん、名前は聞いたことあるけど、ちゃんとは」
「じゃあ、聴いてみる?」
そう言って、彼は片方のヘッドホンを私の耳にそっと当てた。
流れてきたのは、優しくて、どこか痛いような歌声。
風の音と混ざって、胸の奥がじんわりと熱くなった。
「……なんか、泣きそうになるね」
私がそう言うと、彼はふっと笑った。
「わかる。俺も、最初に聴いたときそうだった」
その笑顔が、思っていたよりずっと優しくて、私は目をそらした。
風が吹いて、髪が揺れて、ふたりの間に静かな時間が流れる。
「……名前、聞いてもいい?」
私がそっと尋ねると、彼は少しだけ間を置いて、答えた。
「蒼真。青いに、真実の“真”」
「……空みたいな名前だね」
「うん。だから、空が好きなのかも」
そのとき、私は思った。
この人のこと、もっと知りたいって。
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7/6/2025, 12:03:29 PM