村影の仮面師

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7/7/2025, 11:02:45 PM

『星の願い』

山あいの小さな村に、透(とおる)という名の少年がいた。
透は生まれつき体が弱く、村の子どもたちと走り回ることも、遠くの町へ行くこともできなかった。
けれど、彼にはひとつだけ、誰にも負けない楽しみがあった。
それは、年に一度だけ訪れる「星の降る夜」を、丘の上から眺めることだった。

その夜、村では「願い星祭り」が開かれる。
星が空からこぼれ落ちるように流れるその日、人々は空に向かって願いを唱える。
「星に願えば、ひとつだけ叶えてくれる」
そんな言い伝えが、村には昔からあった。

今年もまた、その日がやってきた。
透は母に手を引かれながら、息を切らしつつも丘の上へと向かった。
草の匂い、夜風の冷たさ、遠くで響く祭りの太鼓の音。
すべてが、どこか遠くの世界のように感じられた。

やがて、空が星で満ち始めた。
ひとつ、またひとつと、光の尾を引いて星が落ちていく。
透は、そっと目を閉じて、心の中で願った。

「星さま、どうか僕の病を治してください。
それが無理なら……もう、楽にしてください。」

その瞬間、ひときわ大きな流れ星が夜空を横切った。
まるで透の願いに応えるように、静かに、優しく。

その夜、透は深い眠りについた。
母が何度呼んでも、もう目を開けることはなかった。

けれど、不思議なことが起きた。
翌朝、丘の上に咲くはずのない花が、透の寝ていた場所に咲いていた。
それは、透が昔、絵本で見て「いつか見てみたい」と言っていた、星の形をした白い花だった。

村の人々は言った。
「きっと、星があの子の願いを叶えたんだね。」

透の願いが「治ること」だったのか、「楽になること」だったのか、それは誰にもわからない。
けれど、あの夜、星は確かに彼のもとに降りてきた。
そして今も、丘の上にはその花が咲き続けている。
まるで、透の願いが、風に揺れながら空を見上げているかのように。

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(願い事)

7/6/2025, 12:03:29 PM

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『空に恋をした日』

昼休みのチャイムが鳴ると、私はいつものようにお弁当を抱えて階段を上った。
誰も来ないこの屋上は、私だけの秘密の場所。
風が強い日はスカートがめくれそうになるけど、それでも空が近いこの場所が好きだった。

今日も、そう思っていた。

けれど──

「……あれ?」

扉を開けた瞬間、風に乗ってふわりと音楽が流れてきた。
屋上の隅、フェンスにもたれて座る男子生徒。
制服のネクタイはゆるく、髪は少し長めで、目を閉じてヘッドホンをつけていた。

知らない顔。
でも、どこか見覚えがあるような気がした。

私はそっと歩み寄り、彼の横に腰を下ろす。
彼は気づかない。音楽の世界に沈んでいる。

「……ここ、いつも誰も来ないのに」

思わずつぶやいた声に、彼がゆっくりと目を開けた。

「……あ、ごめん。邪魔だった?」

低くて、少しかすれた声。
その声が、なぜか胸の奥に残った。

「ううん。びっくりしただけ。……あなたも、ここが好きなの?」

彼は少し笑って、空を見上げた。

「うん。空が広いから。……なんか、全部忘れられる気がして」

その言葉に、私は黙って空を見上げた。
青くて、どこまでも高くて、少しだけ切ない空。

その日から、昼休みの空は、ひとりじゃなくなった。
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『空に恋をした日』第二章:風の音、君の声

それから毎日、昼休みになると私は屋上へ向かった。
そして、彼もそこにいた。

名前も知らないまま、隣に座って、空を見上げて、時々言葉を交わす。
それだけなのに、心が少しずつ、ほどけていくのがわかった。

「……何聴いてるの?」

ある日、私は思い切って聞いてみた。
彼は少し驚いたように目を見開いて、それからヘッドホンを外した。

「これ? RADWIMPS。……知らない?」

「うん、名前は聞いたことあるけど、ちゃんとは」

「じゃあ、聴いてみる?」

そう言って、彼は片方のヘッドホンを私の耳にそっと当てた。
流れてきたのは、優しくて、どこか痛いような歌声。
風の音と混ざって、胸の奥がじんわりと熱くなった。

「……なんか、泣きそうになるね」

私がそう言うと、彼はふっと笑った。

「わかる。俺も、最初に聴いたときそうだった」

その笑顔が、思っていたよりずっと優しくて、私は目をそらした。
風が吹いて、髪が揺れて、ふたりの間に静かな時間が流れる。

「……名前、聞いてもいい?」

私がそっと尋ねると、彼は少しだけ間を置いて、答えた。

「蒼真。青いに、真実の“真”」

「……空みたいな名前だね」

「うん。だから、空が好きなのかも」

そのとき、私は思った。
この人のこと、もっと知りたいって。

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7/5/2025, 11:42:41 AM



『波音に耳を澄ませて』

風が止んだ。
それは、世界が息をひそめたような瞬間だった。

夕暮れの図書館。
誰もいない閲覧室の隅で、彼〈か〉は古びた一冊の本を開いていた。
背表紙には文字がなかった。ただ、金の箔押しでこう記されていた。

――「波音に耳を澄ませて」

ページをめくるたび、どこか遠くで風鈴のような音が鳴った。
それは本の中から響いてくるようで、けれど確かに、彼の耳元で囁いていた。

「聞こえるかい?」

その声は、言葉ではなかった。
音の粒が心に直接触れてくるような、不思議な感覚だった。

次の瞬間、ページの隙間から光が溢れた。
彼の視界は白に包まれ、重力が消えたように身体が浮かぶ。

――そして、目を開けたとき、そこはもう図書館ではなかった。

空は深い群青。
空中に浮かぶ島々が、音符のように並んでいた。
風は旋律を奏で、草木はリズムに合わせて揺れている。

「ここは……音の世界?」

彼の足元には、あの本が落ちていた。
開かれたページには、こう記されていた。

> “この世界は、忘れられた音たちの記憶でできている。
> 彼音〈かのね〉に耳を澄ませよ。
> さすれば、君は真実に触れるだろう。”

---波でした( ̄▽ ̄;)

7/4/2025, 4:06:52 PM

『青い風の向こうへ』

第一章:風のない街で

東京。
コンクリートの谷間に沈む夕暮れは、今日も誰にも気づかれずに終わろうとしていた。

32歳、独身。
彼女いない歴=年齢。
名前は――いや、今となってはもう意味のない名だ。

休日の午後、後輩の誘いで珍しく外に出た。
「先輩、たまにはちゃんとした飯食いましょうよ」
そう言って笑った後輩の顔も、今はもう霞んでいる。

駅前の通りを歩いていた。
人混みの中、ふと背後から――

「きゃあああああっ!!!」

女の悲鳴。
反射的に振り返る。

ナイフを持った男が、こちらに向かって走ってくる。
目が合った。
次の瞬間、横腹に焼けるような痛み。

――ああ、俺、刺されたんだ。

膝が崩れ、視界が傾く。
遠ざかる喧騒。
血の匂い。

そして、耳元で囁くような声。

「あなたは、ここで終わるべき人ではない」
「風が、あなたを選んだのです」
「目を閉じて、風に身を委ねて」

その声は、どこか懐かしく、優しかった。
まるで、ずっと昔に夢で聞いたような――

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第二章:風の目覚め

草の匂い。
風の音。

目を開けると、そこは見渡す限りの草原だった。
空はどこまでも青く、風が頬を撫でていく。

「……ここは……どこだ?」

立ち上がると、身体が軽い。
いや、それだけじゃない。

手を見た。
知らない手。
鏡もないのに、なぜか分かる。

――顔が、違う。

「まさか……これって……」

風が吹いた。
青く、深く、どこか懐かしい風。

「……異世界転生……!?」

そう呟いた瞬間、風が笑った気がした。

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第三章:風の囁き

草原の風は、どこまでも静かだった。
けれどその静けさの中に、確かに“何か”がいた。

彼は歩きながら、自分の手を見つめる。
知らない手。
知らない体。
けれど、どこか懐かしいような感覚が胸の奥に残っていた。

「……俺は、死んだんだよな」

あの東京の街角。
ナイフの痛み。
遠ざかる意識。

そして――あの声。

「……誰だったんだ、あれは」

風が吹いた。
草が揺れ、空が鳴る。

そのとき、耳元でふと声がした。

「――目覚めたか」

誰もいないはずの草原。
けれど確かに、声があった。
それは人の声ではない。
風そのものが、言葉を持ったような響きだった。

「お前は選ばれた。
 この世界に吹く“青い風”に導かれて」

「……選ばれた? なんの話だよ」

「まだ思い出せぬか。
 お前の中には、かつてこの世界を揺るがした“核”が眠っている」

「……俺が、そんな大層なもん持ってるように見えるか?」

風は答えなかった。
ただ、草原の向こうから一陣の風が吹き抜け、彼の髪を揺らした。

その風の中に、微かに何かが混じっていた。
記憶の断片。
誰かの叫び。
剣戟の音。
燃える空。

「……なんだ、今の……」

膝が震えた。
頭の奥が、じんじんと痛む。

「お前はまだ“名”を持たぬ。
 だが、いずれ思い出すだろう。
 この世界での、お前の役割を」

風が去った。
だが、彼の中には確かに何かが残った。

――俺は、誰だ?
――なぜ、この世界に来た?

名もなき男は、草原を歩き出した。
風の導くままに。

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7/3/2025, 3:52:06 PM

タイトル『遠くに行きたい』

その日は
淡い夏の空。
白い鳥が羽ばたく、広い広い花畑。
窓縁に一羽、そっと降り立った。
まるで何かを知らせに来たかのように。

その鳥はじっとこちらを見ていた。
声もなく、ただその瞳に映る僕を見つめて。
風がカーテンを揺らして、
昔の音楽がふいに耳の奥で鳴る。
あの夏も、たしかにこんな光だった。

僕は鞄に本を一冊と、
ポケットに少しの小銭をしまいこむ。
花の香りと日差しに背中を押されながら、
心の地図にはまだ描かれていない“どこか”を思う。

遠くへ行きたい、
理由もなく、ただ強く。
あの鳥のように、風に乗れたら――。

---

誰もいない古びた駅のホームに、
ぽつんと止まっていたのは一両きりの汽車だった。
車体には蔦が絡まり、時が止まったようだったが、
白い鳥が近づくと、ふいに蒸気が「ふっ」とこぼれる。

扉が静かに開く。乗れ、と言っているようだった。
僕は躊躇わず足を踏み入れる。木の床がきしむ。

汽笛が遠く高く鳴った。
誰もいないはずの運転席に、風だけが座っている。

がたん、ごとん
がたん、ごとん

車窓から見えるのは、忘れられた町並み、
川沿いの灯り、草の海に沈んだ塔――
そのどこにも、僕はまだいたことがないのに、
なぜか懐かしい。

白い鳥は、ずっと僕の近くの手すりにとまり、
目を閉じている。
やがて空がひらけて、遠くに塔が見えた。
あれは――王都の尖塔。

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