鳳羅

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タイトル『遠くに行きたい』

その日は
淡い夏の空。
白い鳥が羽ばたく、広い広い花畑。
窓縁に一羽、そっと降り立った。
まるで何かを知らせに来たかのように。

その鳥はじっとこちらを見ていた。
声もなく、ただその瞳に映る僕を見つめて。
風がカーテンを揺らして、
昔の音楽がふいに耳の奥で鳴る。
あの夏も、たしかにこんな光だった。

僕は鞄に本を一冊と、
ポケットに少しの小銭をしまいこむ。
花の香りと日差しに背中を押されながら、
心の地図にはまだ描かれていない“どこか”を思う。

遠くへ行きたい、
理由もなく、ただ強く。
あの鳥のように、風に乗れたら――。

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誰もいない古びた駅のホームに、
ぽつんと止まっていたのは一両きりの汽車だった。
車体には蔦が絡まり、時が止まったようだったが、
白い鳥が近づくと、ふいに蒸気が「ふっ」とこぼれる。

扉が静かに開く。乗れ、と言っているようだった。
僕は躊躇わず足を踏み入れる。木の床がきしむ。

汽笛が遠く高く鳴った。
誰もいないはずの運転席に、風だけが座っている。

がたん、ごとん
がたん、ごとん

車窓から見えるのは、忘れられた町並み、
川沿いの灯り、草の海に沈んだ塔――
そのどこにも、僕はまだいたことがないのに、
なぜか懐かしい。

白い鳥は、ずっと僕の近くの手すりにとまり、
目を閉じている。
やがて空がひらけて、遠くに塔が見えた。
あれは――王都の尖塔。

7/3/2025, 3:52:06 PM