死んだ。
私の、夫が。
突然のことで、頭が回らない。
子供はどうするの?
貴方の大好きだった、手芸は、もうしないの?
机の上に置いてある、あの作りかけはどうするの?
なんでだろう。
心に空いた穴に、重くて暗い風が、通り過ぎている。
当然、埋めるものはない。
ついさっきまで、この我が家で、冷たい中華素麺を食べて、
「お父さん、きゅうり入れすぎだよ」
とか
「今度はカニカマとハムも一緒に食べたら美味しいかもね」
とか、言っていたのに。
少し遠くの公園に忘れてきてしまった、
彼から貰った、花柄の可愛いバックを、
車で取りに行ってくれた。
着いて行こうとしたら、
「いや、悠太と一緒におって。外も暗いし、悠太もお留守番は寂しいやろ。」
と、拒否された。いや、優しさだ。
「行ってきます。悠太を宜しく」
という言葉が、最期だった。
でも、最期だなんて、本当は思いたくない。
今にもひょこっと帰ってくるんじゃないか
と、思ってしまう自分を、
責めればいいのか、慰めればいいのか。
それすら、考える頭は無かった。
でも、宜しく、というのは、そういう意味なのかな。
御題:喪失感 2023/09/10
コンクリートと踵の擦れる音がする。
喋り声がガヤガヤと聞き取れない。
いろんな匂いがする。
私はスクランブル交差点のど真ん中で立ち止まってみた。
人が行き交う中、私だけ。
映画の主人公になった気分だ。
世界が私中心に回っている。
行き交う人々が私を見ている。
そんな事だったら良かったな。
私はまた歩き始める。
何故なら、ここを行った先にさっきの感覚よりもいい事があるからだ。
「涼太!」
「お、来たか、結衣。おかえり。」
思いっきり彼の腕の中に飛び込む。
街の街灯が、
街を行き交う車のライトが、
街を練り歩く人々の声が、
私たちをスポットライトのように照らしている。
そんな世界が、一番いい。
寄り添える場所がある、この世界が。
お題:街 2023/06/11
「お前の声も聞きたないわ!!」
地面を滝の様に勢いよく叩きつける雨。
すっかり鏡に変わり、天井の黒い雲を映している。
今日は何もかもうまくいかない。
色んな人に怒られたし、
途中転んでびちょびちょだし、
彼氏と喧嘩したし。
神様、私は何か悪い事をしてしまったのですか。
特に彼氏とは最悪だった。
所詮すれ違い。ちゃんと話せばあのいつもの優しくてあたたかい日常が戻ってくるって思ってた。
でも、あいつは私が浮気をしてるって勘違いしてどっかに行った。
あー好きだったのになぁ
とか
もう戻ってこないのかな
とか
マイナスな事しか出てこない。
でも、
それも全てこの梅雨のせいだよね。
なんか頭痛くなってきたなぁ。
全て梅雨のせいだから。
お題:梅雨 2023/06/01
追記:檸檬味です。他の作品も見ていただけると嬉しいです。
*
彼は、ずっと長袖だ。
短パンもあまり見たことがないし
マスクもずっと付けてる。
髪の毛の襟足は伸びきっていて
前髪も目にかかっている。
でも、それ以外は普通の男の子。
好きな食べ物はメロンパンで、嫌いなのは抹茶。
甘党すぎて、最近私からのストップが入ったほど。
逆に苦いものとか辛いものは嫌い。
でも梅干しはいけるんだって。
星と飛行機が好きで、よく天体観測をしてる。
部屋も星座の本や空に関する本がたくさん置いてあって、
暇な時はいつもそれを読んでる。
夜、彼の家に遊びに行った。
親が一晩だけだと許してくれた。
正直、私は彼の上着やマスクの下が気になる。
付き合ってからも一度もマスクは外したことはないし、上着も脱いだことがない。
水泳でも、体育でも、外れることはない。
多分、何か理由がある。先生と親を通じて外さなくても良くなる様な、深い理由が。
本当は踏み込んじゃいけないとこだと、甚だ感じている。
でも、彼女として……というのは苦しい言い訳だけれど、
気になってしまった。
ベランダに出て、綺麗な星空を見上げる。
「あれはなんていう星?」
指差しながら聞く。心地いい風が彼の髪を揺らして、
かっこいい目元がちらちらと見える。
「さそり座やで。かっこええやんなぁ」
そう言いながら目を輝かせた。かわいいなぁ。
「さそり座、どっかで聞いたことある」
「夏空を代表してる星と言っても過言やないんやで?」
「そうなんだ!…夏といえば、夏の大三角形とか?…あんまり覚えてないけど…」
「デネブとか覚えとる?中学でやったやんな」
「あ!なんか…なんとなく…」
「んは、なんとなくかぁ」
「星も覚えたいから、教えてね」
「もちろん。何時間でもできんで」
ありがとうと笑って返す。
少し時間が過ぎる。
といっても、少しの沈黙。
私は、思い切って言った。
「ねえ、」
「ん?どしたん」
「上着とかマスクで肌を隠してるのって、何か理由があるんだよね、?」
そう聞くと、少し目を丸くした後、微笑んだ。
「うん、そやで。見る?」
そう思いがけない返事が来て、少々戸惑う。
「えっうん、」
「まあ、見ても気ぃ悪くなるだけかも知らんけど…」
そう俯いた。
「大丈夫、私君の彼女だから。」
君の理解者になりたい。
寄り添いたい。
なんでもいい、形はなんでもいい、
私の恋が実った、証拠が欲しかった。
「な、なんや、嬉しいこと言ってくれるやん」
頬を赤らめた。
そして、ジーッと上着のファスナーが降ろされる。
完全に脱ぐと、
白い半袖から覗く
赤く爛れた肌があった。
マスクも外れて、
初めて見える、彼の顔があった。
「俺な、色々あって、ほぼ全身火傷してんねん。でも、それは火事とかやなくて、所謂、障害ってやつやな。」
そう淡々と話す彼の横顔は、感情が読み取れなかった。
「かっこいいね。」
「えっ」
気づけば、そんなことを呟いていた。
「あっ、えっと…、、、急にごめんね、でも、本当にかっこいいよ」
そう彼に投げかけると、
「……そか、ありがとう」
優しく微笑んだ彼の目頭は紅かった。
お題:半袖 2023/05/28
*
「はいこれ。今日中。」
「ごめーん!今日友達と遊ぶから、これ、よろしくねっ!」
「ここ間違ってるけど?何回言わせりゃ気が済むんだお前は?」
お金。
それはどんな綺麗事であっても、結局辿り着いてしまうもの。
愛。
それは同じ愛なんてなくて、一人一人違うもの。
「すいません」
「いや、すいませんじゃなくてさ。何でこんなことも出来ないの?」
「……すいません…」
謝罪。
それは……自分を下げるのに一番簡単な方法。
人からものを貸してもらったら、
「ごめん、ありがとう」
この世はなんて非常だろうか。
いや…違う。
勝手に世の中の所為にするな。
ただ、日本人が大きな譲り合いの精神と、
なぜかすぐ謝ってしまう国民性があるからだろう。
そうであって欲しい。
決して自分のせいではない、と逃げているのも、
日本人だからだ。
自分を自分で洗脳するしか、
逃げたり頭を空にして物事を進めたりする最善の方法がない。
「もうすいませんは聞き飽きたよ。はやく取り掛かってくれ。」
「はい…すいません」
とぼとぼと歩いて、どすんと自分の椅子に座り、じっと目の前のパソコンを見つめる。
机の上には空き缶と沢山のタスクと、付箋と…。
隣の同僚も目が虚ろだ。
スマホの黒い画面に映る自分は、自分じゃ無いような顔だった。
ぴろんっ
スマホの電源がつき、通知が来た様だ。
その瞬間、疲れが全て弾け飛んだ。
“今日の晩御飯、なにがええ?”
私はすぐに返信する。
“オムライス!”
すぐに既読がついたあとOKのスタンプが来た。
“了解!仕事がんばってな。家で待ってるで”
と、優しい言葉を載せて。
私、幸せだ。
お題:天国と地獄 2023/05/28