お気に入り
僕にはお気に入りの奴隷がいます。ボブです。
ボブは南部から逃げて来た奴隷で、命を狙われているからパパが自分の奴隷にすることによって匿ってあげているのです。
「パパ、6才の誕生日プレゼントはさ、ボブが欲しいんだけど、僕、ボブが大好き。だから所有権を僕に移してよ。」
「エミリオ、ボブは人間だ。簡単にあげたり貰ったりするような事じゃない。」
「でも、ボブは、「私は旦那様の所有物ですから」ってよく言うよ。」
「いいかい、エミリオ、天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らずと言ってね。本来我々人間は平等でなくてはならないんだ。だけどボブは事情があってね、契約上は私の奴隷と言うことになっているが、私はボブのことを奴隷と思ったことは1度もないよ。」
「じゃあ、シュナイダーとは違うんだね。」
「シュナイダーはペットの犬じゃないか?全然違うぞ。」
天は人の下に犬を造り、犬の上に人を造る。
僕はパパの教えをしっかりと胸に焼き付けた。
「分かったよ、パパ。ボブは諦める。」
「旦那様いいじゃありませんか?私くめは坊ちゃまのことを愛しております。坊ちゃまの奴隷になれるなら本望です。」
「仕方がない、お前がそう言うならエミリオに所有権を譲ろう。」
「ボブ、今日からお前は俺の奴隷だ。だけど人間は平等だからボブが僕の奴隷なら、僕はボブの奴隷だね。」
僕は出かける時、いつもボブを連れて歩いた。
ボブは魚の取り方や、食べられる木の実の種類、黒人の間で流行っている遊びなどを教えてくれた。
「ボブ、ボブにはお母さんがいる?」
「ボブの家族は南部の白人に殺されて1人も残っておりません。」
「そっかぁ、僕のママはね、病気で亡くなっちゃったの。だけど今度パパが再婚するから新しいママができるんだ。僕、新しいママなんかいらない。ボブが僕のママになってよ。」
「坊ちゃま、母の愛情と言う物は決して男には与えられる物ではごさいません。最初は不安でしょうが、新しい奥様も坊ちゃまのことを愛してくれますよ。」
「ねぇ、奴隷から解放してあげようか?」
「滅相もありません。」
継母は、表面上は僕のことを愛してくれているようだった。だけどボブを見る時、その目に冷たい光が宿っているのを僕は知っていた。
ある時、事件が起きた。
継母が大事にしていた花瓶が割られていたのだ。
「ボブ、これは君がやったのかね?」
「いいえ、旦那様、私には関わりのない事でございます。」
「お前が割るところを見た者がいるのだぞ。」
「そんな馬鹿な、どなたがそん事を仰っているのですか?」
「黙れ、ボブ!奴隷の分際で口答えするな。」
やっぱりな。パパも所詮人間だ。人は人の下に人を造りたがる。
「父さん、ボブは僕の奴隷です。父さんの奴隷ではありません。それにこの花瓶を割ったのは僕です。母がボブをいじめるので腹いせに僕が割ったのです。ボブの所有権を僕に移しておいて良かった。父さんには、人間を平等に扱う心がなさそうなので。」
パパは俯いてしまった。
「ボブ、僕の部屋に来てくれ、話がある。」
僕はボブを連れ立って自分の部屋に向かった。
「坊ちゃま、なんであんな嘘を付いたのですか?」
「ボブは人はみな平等だと思う?」
「坊ちゃま、私は頭の足りねぇ奴隷でございます。ですがこれだけは分かっております。平等を信じている連中は頭のおめでたい連中です。」
「僕もそう思う。奴隷の身分から解放されたいかい?」
「とんでもございません、私みたいなもんは奴隷でいた方が安全なんです。」
「僕もそう思う。」
だけど僕の行動は継母の敵対心を助長するだけだった。
フラットワイヤー家に最悪の事態が訪れる。
他人の奴隷であると知りながらボブとの奴隷契約を違法に結んだとしてパパが訴えられてしまったのだ。
ボブを引き渡さなければパパが逮捕されてしまう。
「ボブは僕のお気に入りです。手放すつもりはありませんよ。」
「分かっている。自分の保身のためにボブを手放す気はない。」
「だけどパパが逮捕されたら、いったい誰があの女からボブを守れるんです?」
「それは・・・」
「パパ、僕はボブを諦めます。だからパパもお気に入りを1つ諦めて下さい。」
「分かった。エレーヌとは別れよう。」
僕はすでに涙が止まらなかったが、ボブには僕が直接伝えなくてはならない。
「ボブ、事情は聞いているかい?」
「はい、お坊ちゃま。」
「僕のせいだね、解放するチャンスはいくらでもあったのに、お気に入りを手放したくなくて、先延ばしにしたせいで、結局ボブを手放すことに。ごめんねボブ、ごめんね。」
「ボブは坊ちゃまの奴隷でいられた日々をとても気に入っております。」
誰よりも
鏡に写る自分の姿を見て誰よりも美しいと思う。
そして狂おしい程に自分を愛している。
何人もの女と付き合ったが、出来るだけ私に似ている女にした。そうして私に似ている選手権を勝ち残って優勝したのが今の妻だ。そんな私と妻の間に娘ができた。当然私に似ている。だが、妻も娘も結局私ではない。例えば私に瓜二つの人間を10とすると、妻は5で、娘は4だ。私は妻を5愛しているし、娘を4愛している。
それは突然だった。会社から駅に向かう道すがら、私に瓜二つの男が前から歩いてくる。私は目で追ったが、その男は私を無視して歩いて行ってしまった。私は追いかけると、男の前に回り込んだ。
「なんで無視する?」
「当たり前だろ?自分そっくりの男に会って嬉しいか?」
「私は嬉しい。」
「お前ナルシスト野郎か?自分そっくりの俺に抱かれたい口だろ?」
「抱いてくれるのか?」
「ついてきな。」
男の部屋に通されると一瞬で性癖が分かった。壁にかけられる手錠や鞭。
「服を脱いで、ベットに上がりな。」
両手を手錠で拘束され、目隠しで視界を遮られ、裸で四つん這いになる。
ヒュン。風を切る音がしたかと思った瞬間、ムチの衝撃が地肌に走った。
私が私を痛め付ける快感。股間がドクンと言って血が流れ込んでくる。目隠しで確認することはできないが人生最大の勃起をしているに違いない。
「おいおい、1発貰っただけでフルボッキかよ。自分ばかり楽しんでないで俺のも楽しませろ。」
手錠された手で男の股間を探り当てると、男のペニスを咥え込んだ。
幸せな時間だった。時間はあっという間に経って、男は満足して寝てしまった。スマホには心配した妻からの履歴が残る。
「残業して遅くなった。今から帰る。」
帰宅すると妻が擦り寄ってきた。
「心配したよー。今日は早く帰って来るって言ってたのに。今晩いいんでしょ?」
今、私の体にはムチの跡や、ロウソクの跡、縄で縛られた跡などが残っているだろう。夫婦生活が終わるかも知れない。しかしどうでもよかった。むしろ全てを公にした上でこの女を痛めつけたいと思った。
女をベットに押し倒すと無理やり服を脱がせた。
「ワイルドなあなたも素敵ね。」
しかし、この女の余裕も、前戯もしないで挿入しようとすると悲鳴に変わった。
「痛いよ。やめてよ。」
「五月蝿い、雌ブタが。」
女の臀部を激しく打ち鳴らす。
「いやー。」
女の姿を1時間前の自分の姿に重ねる。初めて女を可愛いと思った。女のお尻は真っ赤に腫れ上がっている。私は精魂尽きるまで、腰を打ちつけ続けた。
「あなた、もっとちょうだい。もっと痛めつけて。」
初めて私に愛されている喜びが女を雌ブタにさせていた。恍惚の表情を浮かべて、私からのご褒美を待つ姿は凄く醜いと思った。
そして女の醜い姿を自分に重ねることで、人生で初めて自分のことを嫌いになることができたのだった。
10年後の私から届いた手紙
A子とB子とC子は、高校を卒業して以来、10年間続く関係だ。高校卒業10周年を記念して今日はA子の家で宅飲み。
「変わらぬ友情に乾杯ー。」
「乾杯」
「乾杯」
「卒業式の時さ、10年経っても一緒だよ。って誓いあったの覚えてる?」
「覚えてるよ。誰もいない教室で私たち3人だけ集まってA子が号泣するから、私とC子も貰い泣きしちゃって。」
「懐かしい。そんなこともあったね。」
「やだぁ、恥ずかしい。それは忘れてよ。あれから10年経って、B子は子供ができて、C子も新婚かぁ。私だけ独身だぁ。」
「A子はCAじゃない。私とC子の誇りだよ。」
「それに結婚なんていいことばかりじゃないしね。B子も私も色々苦労してるんだから。」
「ねぇ、その苦労教えてよ。今から手紙書くの。卒業式の日の私たちに向けて。高校を卒業してからどんな経験をして、どんな成長をしたかを振り返ってさ。もちろん最後には発表して貰います。」
「A子はそう言うの好きだよねぇ、私は構わないけど、C子は?」
「私も別に構わないけどさ、大した人生じゃないから書くこと困るのよね。」
A4用紙を何枚か持ってきて、それぞれ手紙を書き出した。
できた手紙は一つにまとめられて、食事の片付けが終わった後、発表会が開かれることになった。
「では、言い出しっぺの私から読み上げたいと思います。
えー、A子ちゃんへ、あなたは高校生の頃、泣き虫だと冷やかされていましたね。残念ながら10年経っても変わりません。覚悟しておいて下さい。A子ちゃんの夢はキャビンアテンダントになることでしたね。その夢は絶え間ぬ努力の結果実現することになります。実現までには何度も泣くことになると思いますが頑張って下さい。私は今だに独身ですが、仕事にプライドを持って充実した日々を過ごしています。
10年後のA子より。」
読み終えたA子に拍手が送られた。
「A子の後だとやりづらいなぁ。私のは本当に内容薄いからね。」
と、手紙を読み出そうと思ったB子だが、手紙を目にすると戸惑いの表情を浮かべた。
「あれ?これ私の手紙じゃないよ。C子のじゃないの?」
「私のでもないよ。」
「とりあえず読んでみてよ。」
「分かった。読むね。B子ちゃんへ、あなたは大学で大企業の御曹司Xさんと付き合うことになります。」
「え?B子は高校の時から付き合ってたY君と結婚するんじゃない。」
「ちゃちゃ入れないの。B子も続けて。」
「Xさんは、お金持ちなのに謙虚で優しくて満ち足りた日々を送ります。しかしそんなXさんに病魔が忍び寄るのです。
Xさんを失った悲しみで失意にくれる私、しかし、そんな時励ましてくれたのがアラブの王族のZ。Zには3人の妻がいましたが、私への愛の証のため前妻とは全て別れてからプロポーズしてきました。私の生活は一変しました。Zからは一生かかっても使い切れないお金を与えられました。しかし、私はそんな生活に満足しなかったのです。ジュエリーデザイナーとしてデビューするとその活躍が話題になり、日本のテレビ番組に出演、歯に衣着せぬ物言いから時代の寵児になります。それが10年後のB子。
PSあなたが私に書いた手紙があまりにも退屈だったので内容を変更させて頂きました。
え?何これ?どう言うこと?」
「ちょっとB子何その手紙?」
「だから私が書いた手紙じゃないんだって、ひょっとして、私たちが書いた手紙が10年前の私達に届いて、その手紙を見た10年前の私達が返信を寄越してきたんじゃないかな?」
「変なこと言わないでよ。B子ってそんなキャラだっけ?」
「うるさいわね、あなたの手紙も読んでみせなさいよ。」
「はいはい。じゃあ私の番ね。えーと、手紙の内容を変更させて頂きます?何これ?私が書いた手紙じゃない。」
「えー?C子もなの?」
「だから言ったじゃない。続きはなんて書いてあるの?」
「大学に入学するとY君から告白されます。私のことをずっと好きだったと、だけどY君はB子の彼氏。私は愛か友情かを秤にかけて友情を選びました。しかしそんな私をB子は諭します。私、ずっとY君の気持ちには気付いていたの。だけど私は友情よりも愛を取った。C子はずるいや。自分ばっかり良い子ちゃんになって。これからはY君と幸せに生きて、そして私達の友情は永遠だよ。」
「ちょっとあんた?私の旦那を狙ってたの?」
「そうよ。Y君はね。私と結婚していた方が幸せな人生を送れたんだから。」
「あっ、私の手紙の内容も変わっている。A子へ、28歳にもなって結婚していないなんてガッカリです。私はパイロットと結婚したくてCAになりたかったんです。仕事へのプライドとか言って言い訳はやめて下さい。今すぐ安っぽいプライドなんか捨てて結婚すること。この際パイロットじゃなくてもいいです。何これ?10年前の私ってこんなに性格悪かったの?」
バレンタイン
恋人達の日。つまり忌むべき日、チョコの狂想曲、幸せか不幸かのジャッジメントデイ。
「あんた、今日はバレンタインデーだね?」
「なんだ、改まって、チョコでもくれるのか?」
「違うよ。バレンタインにそば屋に来るような人って、みんな1人身かねぇ?」
「そうにちげぇねぇな。可哀想な奴らよ。ちょ、待てよ。
バレンタインキャンペーン、お一人様限定、蕎麦に天ぷら一品プレゼントなんてどうだい?」
「あら、あんたいいじゃない。」
こうして、お一人様天ぷらキャンペーンは大流行し、バレンタインと言えば、お一人様に天ぷらをプレゼントする日として定着致しましたとさ。
みたいなことになるといいな。
待ってて
日本シリーズ第1戦。シリーズを占う大事な初戦だ。
すでに9回裏ツーアウトまで来ていた。
落日ドラグーンは1点ビハインドだったが連打でランナーを進め、2塁3塁の1打逆点のチャンスを作ることに成功した。
続くバッターは4番の俺。ヒットでもサヨナラになる場面だが、俺が狙うのはホームランのみ。この試合は3三振でいいところが全くなかった。この最後の打席でどうしてもホームランを打たなくてはならない。
ピッチャーが振りかぶって第1球を投げた。俺は派手に空振りする。自分でも力んで大振りになっているのが分かった。観客席から大きなため息が届く。
それは3日前のことだった。その日は練習はオフだったが、病院に慰問に行く仕事が入っていた。
「相合選手、日本シリーズ第1戦でホームラン打ってくれる?」
「俺がホームラン打ったら、手術を受けてくれるかい?」
「うん、ちょっと怖いけど手術受けるよ。手術が成功したら僕も野球できる?」
「もちろんだよ。俺とキャッチボールしよう。」
「やったー。」
その少年はヨウタ君と言い。重い心臓の病で手術を控えていた。だけど成功率はかなり低いのだそうだ。
死を目前としても少年は明るかった。年齢差があってもすぐに打ち解け、俺たちは固い絆で結ばれた。
翌日、結局俺はホームランを打てず、試合にも敗れた。
練習に身が入らずフラフラと歩く。コーチに危ないからヘルメットをしろと怒鳴られた。だが、力無く頷いただけコーチから言われた事はすぐに忘れてしまった。朝、広報担当から少年の体調が突然悪化し、帰らぬ人になったと報告を受けたのだ。全身から力が抜け、俺はブツブツと呟きながら自分がグラウンドのどこにいるかも分かっていなかった。
「俺のせいで、ヨウタが死‥」
その時、鋭い打球音とともに俺の頭に衝撃が走った。
薄れゆく意識の中で、もう1度あの打席に立ちたいと願った。
「?」
「相合さん、起きて下さい。」
俺を呼ぶ声がしてゆっくりと瞼を開ける。
目の前に背中から翼を生やした女性が光を背負って立っていた。
「相合さん、ここは死後の世界です。あなたは本来、ここにくる予定ではありませんでした。そのため我々は2つの選択肢を与えることにしました。1つは、異世界転生です。チート能力を身につけて無双生活が送れます。もう1つはタイムリープです。あなたが戻りたいと思う瞬間に戻り、人生をやり直すことができます。」
「タイムリープ?」
「そう、あなたにはもう1度やり直したいと思っている瞬間があるようです。人生をやり直すことができますよ。」
「神様、ありがとうございます。よろしくお願いします。」
「私は天使なのだけど。分かりました。では目を閉じて下さい。再び目を開けた時あなたは時を遡っています。」
俺は静かに眼を閉じる。
空気が変わった気がした。
目を開けると見覚えのある場所だった。確か、ヨウタの病室だ。と言うことは4日前に戻ってきたのか?いや違う。様子がおかしい。俺がベッドに横たわっている。しかも身体つきが中学生のそれだ。
「相合さん、大変です。私の話が聞こえますか?」
「神様ですか?」
「私は天使なんだけど、タイムリープには成功したんですけど、相合さんと、ヨウタさんの魂が入れ替わっちゃったんです。」
どうやらこの物語はタイムリープ物ってだけじゃなく、入れ替わり物でもあるわけだ。思わず笑ってしまう。
「笑い事じゃないですよ、今日相合さんがホームランを打たないと相合さんとヨウタ君が死ぬ運命は変えられないんですよ。」
「何だって?」
俺は飛び起きると時計を探した。20:00。もう試合は始まっているじゃないか。
「相合さん、聞こえる?」
「ヨウタか?話が通じるのか?」
「うん、さっきからの神様との会話聞こえてたよ。」
「ヨウタ、今何回だ?」
「7回裏が終わった所、どうしよう僕、野球なんかできないよ。」
「ヨウタ落ち着け、俺はDHだ。守備に着く必要はない。第3打席が終わった所だから、9回まで打席が回ってくることはないからそれまで出来るだけ時間を稼ぐんだ。」
「どうやって?」
「とにかくゆっくり動け。」
「そんなぁ」
「それと、広報担当を呼んで、俺が、つまりヨウタがベンチまで行けるように取り計らってくれ。」
「分かった。やってみるよ。」
「神様、どうしたら魂は元の体に戻る。」
「2人が直接触れ合えば元に戻るはずよ。」
誰も見つからないように病院を抜け出るようにしなければ。
俺は駆け出した。心臓が高鳴り悲鳴を上げる。耐え難い痛みだ。ヨウタはこんな痛みを抱えながら笑顔を振りまいていたのか?
病院から球場まで車で30分くらいか?
だけどどうしよう。タクシー代を持っていない。
病院を出たところで、車から車椅子を降ろしている家族を発見した。おじいさんを介助して車イスに乗せるところだ。
俺は運転席に入り込むと車を拝借した。
申し訳ないけど、人命がかかってる。
球場に到着すると広報担当が待ち構えていた。事情は把握できていない思うが、ヨウタは上手く説得してくれたようだ。
「相合選手、どうしよう?打順が回って来ちゃったよ。」
「待っててくれ、もう球場には着いてる。いいか良く聞け、自信たっぷりにゆっくりバッターボックスに入れ、バッターボックスに立ったら1球もバットを振るな。悠然と見逃せ。まるでお前のボールは見切っているんだよと言わんばかりに。そして1球毎に座席を外すんだ。そしてバッターボックスに戻る時、バットをライトスタンドに向けろ。ホームラン宣言だ。観客は沸くはず。その歓声を十分に聞いてからバットを構えろ。」
ヨウタからの返事は無かった。
俺は最後の力を振り絞って駆けた。心臓の痛みは気合いで吹っ飛ばした。
俺はベンチに雪崩れ込んだ。俺と、ヨウタと目が合った。
「タイム!」
俺が、ヨウタがベンチに戻ってくる。
「よく頑張ったな。」
「後は任せてもいい?」
「ああ、お前はそこで見守っていてくれ。」
俺たちはガッチリと握手した。
カウント3ボール2ストライク。俺に残されたチャンスは1球だけだ。だけど不思議と落ち着いている。体の力を抜いていつものスイングをすることだけに集中した。
カキーン。打球音が響く。
「凄いなぁ、やっぱり相合選手は格好いいや。あれ?心臓の痛みがない。相合選手が何かしたのかな?」