待ってて
日本シリーズ第1戦。シリーズを占う大事な初戦だ。
すでに9回裏ツーアウトまで来ていた。
落日ドラグーンは1点ビハインドだったが連打でランナーを進め、2塁3塁の1打逆点のチャンスを作ることに成功した。
続くバッターは4番の俺。ヒットでもサヨナラになる場面だが、俺が狙うのはホームランのみ。この試合は3三振でいいところが全くなかった。この最後の打席でどうしてもホームランを打たなくてはならない。
ピッチャーが振りかぶって第1球を投げた。俺は派手に空振りする。自分でも力んで大振りになっているのが分かった。観客席から大きなため息が届く。
それは3日前のことだった。その日は練習はオフだったが、病院に慰問に行く仕事が入っていた。
「相合選手、日本シリーズ第1戦でホームラン打ってくれる?」
「俺がホームラン打ったら、手術を受けてくれるかい?」
「うん、ちょっと怖いけど手術受けるよ。手術が成功したら僕も野球できる?」
「もちろんだよ。俺とキャッチボールしよう。」
「やったー。」
その少年はヨウタ君と言い。重い心臓の病で手術を控えていた。だけど成功率はかなり低いのだそうだ。
死を目前としても少年は明るかった。年齢差があってもすぐに打ち解け、俺たちは固い絆で結ばれた。
翌日、結局俺はホームランを打てず、試合にも敗れた。
練習に身が入らずフラフラと歩く。コーチに危ないからヘルメットをしろと怒鳴られた。だが、力無く頷いただけコーチから言われた事はすぐに忘れてしまった。朝、広報担当から少年の体調が突然悪化し、帰らぬ人になったと報告を受けたのだ。全身から力が抜け、俺はブツブツと呟きながら自分がグラウンドのどこにいるかも分かっていなかった。
「俺のせいで、ヨウタが死‥」
その時、鋭い打球音とともに俺の頭に衝撃が走った。
薄れゆく意識の中で、もう1度あの打席に立ちたいと願った。
「?」
「相合さん、起きて下さい。」
俺を呼ぶ声がしてゆっくりと瞼を開ける。
目の前に背中から翼を生やした女性が光を背負って立っていた。
「相合さん、ここは死後の世界です。あなたは本来、ここにくる予定ではありませんでした。そのため我々は2つの選択肢を与えることにしました。1つは、異世界転生です。チート能力を身につけて無双生活が送れます。もう1つはタイムリープです。あなたが戻りたいと思う瞬間に戻り、人生をやり直すことができます。」
「タイムリープ?」
「そう、あなたにはもう1度やり直したいと思っている瞬間があるようです。人生をやり直すことができますよ。」
「神様、ありがとうございます。よろしくお願いします。」
「私は天使なのだけど。分かりました。では目を閉じて下さい。再び目を開けた時あなたは時を遡っています。」
俺は静かに眼を閉じる。
空気が変わった気がした。
目を開けると見覚えのある場所だった。確か、ヨウタの病室だ。と言うことは4日前に戻ってきたのか?いや違う。様子がおかしい。俺がベッドに横たわっている。しかも身体つきが中学生のそれだ。
「相合さん、大変です。私の話が聞こえますか?」
「神様ですか?」
「私は天使なんだけど、タイムリープには成功したんですけど、相合さんと、ヨウタさんの魂が入れ替わっちゃったんです。」
どうやらこの物語はタイムリープ物ってだけじゃなく、入れ替わり物でもあるわけだ。思わず笑ってしまう。
「笑い事じゃないですよ、今日相合さんがホームランを打たないと相合さんとヨウタ君が死ぬ運命は変えられないんですよ。」
「何だって?」
俺は飛び起きると時計を探した。20:00。もう試合は始まっているじゃないか。
「相合さん、聞こえる?」
「ヨウタか?話が通じるのか?」
「うん、さっきからの神様との会話聞こえてたよ。」
「ヨウタ、今何回だ?」
「7回裏が終わった所、どうしよう僕、野球なんかできないよ。」
「ヨウタ落ち着け、俺はDHだ。守備に着く必要はない。第3打席が終わった所だから、9回まで打席が回ってくることはないからそれまで出来るだけ時間を稼ぐんだ。」
「どうやって?」
「とにかくゆっくり動け。」
「そんなぁ」
「それと、広報担当を呼んで、俺が、つまりヨウタがベンチまで行けるように取り計らってくれ。」
「分かった。やってみるよ。」
「神様、どうしたら魂は元の体に戻る。」
「2人が直接触れ合えば元に戻るはずよ。」
誰も見つからないように病院を抜け出るようにしなければ。
俺は駆け出した。心臓が高鳴り悲鳴を上げる。耐え難い痛みだ。ヨウタはこんな痛みを抱えながら笑顔を振りまいていたのか?
病院から球場まで車で30分くらいか?
だけどどうしよう。タクシー代を持っていない。
病院を出たところで、車から車椅子を降ろしている家族を発見した。おじいさんを介助して車イスに乗せるところだ。
俺は運転席に入り込むと車を拝借した。
申し訳ないけど、人命がかかってる。
球場に到着すると広報担当が待ち構えていた。事情は把握できていない思うが、ヨウタは上手く説得してくれたようだ。
「相合選手、どうしよう?打順が回って来ちゃったよ。」
「待っててくれ、もう球場には着いてる。いいか良く聞け、自信たっぷりにゆっくりバッターボックスに入れ、バッターボックスに立ったら1球もバットを振るな。悠然と見逃せ。まるでお前のボールは見切っているんだよと言わんばかりに。そして1球毎に座席を外すんだ。そしてバッターボックスに戻る時、バットをライトスタンドに向けろ。ホームラン宣言だ。観客は沸くはず。その歓声を十分に聞いてからバットを構えろ。」
ヨウタからの返事は無かった。
俺は最後の力を振り絞って駆けた。心臓の痛みは気合いで吹っ飛ばした。
俺はベンチに雪崩れ込んだ。俺と、ヨウタと目が合った。
「タイム!」
俺が、ヨウタがベンチに戻ってくる。
「よく頑張ったな。」
「後は任せてもいい?」
「ああ、お前はそこで見守っていてくれ。」
俺たちはガッチリと握手した。
カウント3ボール2ストライク。俺に残されたチャンスは1球だけだ。だけど不思議と落ち着いている。体の力を抜いていつものスイングをすることだけに集中した。
カキーン。打球音が響く。
「凄いなぁ、やっぱり相合選手は格好いいや。あれ?心臓の痛みがない。相合選手が何かしたのかな?」
2/14/2024, 10:22:03 AM