天須ミナ四個下
バス停があります。私の部屋の中に。
そうなんだよね。バスが大好きな私は、バス停を自作したんだよね。百均で買ってきたパーツを組み合わせて、色を塗ってそれらしく仕上げた。可愛らしい小ぶりのバス停だ。
その名も天須ミナ下。
この部屋の、上の階の住人が天須ミナさんで、その下の部屋にあるから天須ミナ下。
ドッカーン!物凄い音を立てて、バスが突っ込んできました。
そうなんだよね。こんな所にバス停があったら、バスが突っ込んで来るのも仕方がないんだよね。
「お客さん、困るよ。こんな所にバス停置かれちゃ」
運転手さんから怒られてしまいました。
数秒前まで、この部屋の壁を構成していた哀れな瓦礫を、タイヤが平然と乗り上げ、バスの姿は消えてしまいました。
しかしここが一階で良かったよ。もしここが二階なら、バスは一階を飛び越えて、二階に突き刺さっていたから。バスとはそう言う物だから。
私はとりあえずコートを羽織り、バス停をアパートから出すことにしました。しかし、アパートの前に出てみると、右を見ても、左を見ても、正面を見てもバス停があります。
そうなんだよね。ここはバス停激戦区。こんな所にバス停を置いたら、競争率が上がっちゃう。急いで場所を移さないと。
ふと、近くに、空き地があることを思い出し、そこへ向かう事に。
空き地に着いた私は、寂しく思いつつも、
バス停をそこに置いて行く事にしました。天須ミナ下。さようなら。
「待って、僕を置いて行くの?」
なんとバス停が、喋りました。見るとなんだか悲しい表情をしていて、私の胸は締め付けられます。
「僕は君に置いていかれたら、生きていけないよ。お願いだよ、連れて帰って」
私のアパートは、ペットを飼う事を許されています。だけど……
「仕方がないの。お前がいると、バスが突っ込んできちゃう。下手したら人が死んでしまうの」
バス停がふと笑った気がしました。
「だったら安心して、僕の名前を、天須ミナ下から、天須ミナ四個下に変更して」
変なお願いでした。私がマジックで名前を変更すると、確かにバスが通過していきます。
「何がどうなってるの?」
「アマスミナを五十音順の四個下の文字に変換してみて」
「えっと、アはオだよね、マはモだし、そうするとオ・モ・チ・ヤ・ノ……おもちゃの。おもちゃのバス停ってこと?」
「そう。これなら事故は起こらないだろ?」
私は、私のバス停を抱きしめました。
あれから、幾日か経ちました。足下でカチャリと音がします。
そうなんだよね。この部屋は、間違ってドアを開けておくと、おもちゃのバスが入って来ちゃうんだよね。
・宝箱
深夜二時の闇に飲み込まれそうになりながら、屋上のフェンスを這い上がった。こんな夜は月も出ていない。いじめっ子の名前を書いた遺書だけを武器に遂に上り詰めた。生と死の境界線がそこにはあった。
「お邪魔するよ」
急に声をかけられ、フェンスからずり落ちそうになる。
「何ですか?あなた?」
「俺は勇者ヤト。君が死ぬのを待っている」
「死ぬのを?何の理由があって?」
「勇者の近くで死んだものは、必ず宝物をドロップする。それを待っているんだ」
勇者?まるで死神だな。
「僕が死んだって、大した宝物はドロップしないと思うけど」
「じゃあ、これは何かな?」
勇者は僕の胸に手を突っ込み、何かを取り出した。
それは、小学校一年生の時に金賞を貰った母の絵だった。
「おお、絵の才能か、ちょうど欲しいと思ってたんだ」
「駄目だよそれは。母さんが褒めてくれたんだ」
「じゃあ、これはどうだ」
それは母が死んだ日の朝に僕に作ってくれたお弁当だった。
「食料か、まぁ良いだろう」
「駄目だよそれは。母さんとの大切な思い出なんだ」
「何だ、お前には宝物が沢山あるじゃないか?これは楽しみだ」
「僕は死なないよ。お前に上げる宝物なんかないや」
僕は急いで家に帰った。大切な宝物を守らなきゃと思った。
・たくさんの思い出
目の前で起こっている事が信じられず、夢かと思った。
だが、そいつは確かな存在感でそこに居る。
「お前のこと知ってるぞ」
「そりゃそうだろ、お前なんだから」
ドッペルゲンガー。もう一人の自分。二人が出会ってしまうと死ぬ運命にあると言う。
過去の思い出が走馬灯の様に駆け巡る。やはり俺は死ぬのだ。
「お前、子供の頃、宿題忘れて、教卓の前で正座させられてたよな?」
「そうそう、でも、却って皆んなの注目集めて、悪ふざけしちゃうって言うね」
「高校の頃は、女の子からの誘いを断っちゃったよな?」
「しょうがないだろ?知らない子だったし、女の子が苦手だったんだから」
「勿体無かったよなぁ」
俺は俺との話で盛り上がった。たくさんの思い出と共に。
・子猫
博士「ついに成功したぞ。究極生物の誕生だ」
助手「おめでとうございます」
博士「誰もが大好き、可愛らしい子猫の表面を、これまた皆んなが大好き、肉球が覆っている。可愛いの二乗。究極の生物だ」
助手「気持ち悪いです」
・秋風
五日間ため込んだ洗濯物を、部屋に渡した物干し竿にかける。丸一日使っても、秋風では半端にしか乾かない。
私も秋風と同じく半人前の人間だ。
炎を巧みに操り洗濯物を乾かしていく。
私はゼロ六番。サイボーグだ。