・宝箱
深夜二時の闇に飲み込まれそうになりながら、屋上のフェンスを這い上がった。こんな夜は月も出ていない。いじめっ子の名前を書いた遺書だけを武器に遂に上り詰めた。生と死の境界線がそこにはあった。
「お邪魔するよ」
急に声をかけられ、フェンスからずり落ちそうになる。
「何ですか?あなた?」
「俺は勇者ヤト。君が死ぬのを待っている」
「死ぬのを?何の理由があって?」
「勇者の近くで死んだものは、必ず宝物をドロップする。それを待っているんだ」
勇者?まるで死神だな。
「僕が死んだって、大した宝物はドロップしないと思うけど」
「じゃあ、これは何かな?」
勇者は僕の胸に手を突っ込み、何かを取り出した。
それは、小学校一年生の時に金賞を貰った母の絵だった。
「おお、絵の才能か、ちょうど欲しいと思ってたんだ」
「駄目だよそれは。母さんが褒めてくれたんだ」
「じゃあ、これはどうだ」
それは母が死んだ日の朝に僕に作ってくれたお弁当だった。
「食料か、まぁ良いだろう」
「駄目だよそれは。母さんとの大切な思い出なんだ」
「何だ、お前には宝物が沢山あるじゃないか?これは楽しみだ」
「僕は死なないよ。お前に上げる宝物なんかないや」
僕は急いで家に帰った。大切な宝物を守らなきゃと思った。
・たくさんの思い出
目の前で起こっている事が信じられず、夢かと思った。
だが、そいつは確かな存在感でそこに居る。
「お前のこと知ってるぞ」
「そりゃそうだろ、お前なんだから」
ドッペルゲンガー。もう一人の自分。二人が出会ってしまうと死ぬ運命にあると言う。
過去の思い出が走馬灯の様に駆け巡る。やはり俺は死ぬのだ。
「お前、子供の頃、宿題忘れて、教卓の前で正座させられてたよな?」
「そうそう、でも、却って皆んなの注目集めて、悪ふざけしちゃうって言うね」
「高校の頃は、女の子からの誘いを断っちゃったよな?」
「しょうがないだろ?知らない子だったし、女の子が苦手だったんだから」
「勿体無かったよなぁ」
俺は俺との話で盛り上がった。たくさんの思い出と共に。
・子猫
博士「ついに成功したぞ。究極生物の誕生だ」
助手「おめでとうございます」
博士「誰もが大好き、可愛らしい子猫の表面を、これまた皆んなが大好き、肉球が覆っている。可愛いの二乗。究極の生物だ」
助手「気持ち悪いです」
・秋風
五日間ため込んだ洗濯物を、部屋に渡した物干し竿にかける。丸一日使っても、秋風では半端にしか乾かない。
私も秋風と同じく半人前の人間だ。
炎を巧みに操り洗濯物を乾かしていく。
私はゼロ六番。サイボーグだ。
10/3 唐揚げ
ドアが閉じる寸前に、何とか電車に滑り込む事ができた俺は、座席に腰を下ろす。
今日はいつになく空いていて、目の前に座っているのは一人だけだった。大学生にしては幼く見えるその男の子は、買ったばかりの唐揚げをビニール袋に顔を突っ込んで食べている。油を垂らしながら、むしゃぶりついているが、一口食べる度に顔を捻っている。
それはまずい時のジェスチャーなのか?それとも美味しいもの食べる時の癖なのか?俺と目が合うと気まずそうに、袋を閉じた。ただまだ未練があるのだろう。数秒置きに、ビニール袋をいじるし、割り箸で唐揚げの位置を直していた。