時計の針
今日は小学校の同窓会である。高校受験も終わり、就職活動が始まる前の今のうちに久しぶりに集まろうという事になった。同窓会に出席する人間なんて必ず目当ての人間が1人はいるものだが、俺の目当ては佐々木ウミさんだ。
佐々木さんとは小学校4年生の時に同じクラスになった。所謂ちょっと変わった子で、そのせいでバカにされたりイジワルされていたりした。
佐々木さんは、ワラジを履いて学校に来たり、給食に出たシシャモに名前を付けて持って帰るような子だったが、中でも印象に残っているのは針の動かない腕時計をしていた事だ。
「ウミちゃんはなんで壊れた時計をしているの?」
僕と佐々木さんは学童保育に通っていて、周りの友達が帰った後も、いつも最後まで親の迎えを待っていた。
「これは壊れたんじゃないよ。7時で固定してるの。」
「何でそんな事をしているの?」
「お母さんが迎えに来るのが7時だから忘れないようにしているの。」
「でも、それだと時計の意味がないんじゃない?」
「時計って、時間を教えてくれる物でしょ?私にはこれで十分だよ。」
そんな佐々木さんが、親の仕事の都合で引っ越す事になった。学童最後の日、僕はプレゼントを渡す事にした。
「ウミちゃん、これプレゼント。」
「腕時計だ。だけど、4時で止まってるよ。」
「僕らが学童で会うのが4時でしょ、だから今度会う時はまた4時に会いたいなと思って。忘れないように。」
「うん、私、コウスケ君のこと忘れないね。」
今、時刻は18:45。同窓会の開始は19時からだが、まだ佐々木さんは来てなかった。今回、佐々木さんの連絡先を調べて同窓会に誘ってくれた幹事の近藤の仕事ぶりには感謝している。
佐々木さんと会うのは7年ぶりだがすぐに分かった。Gパンにシシャモのイラストが入ったパーカーを着た女の子が会場の入り口にいる。あれは佐々木さんに違いない。僕は入り口に向かった。
「あれ?コウスケ君じゃない?すぐに分かったよー。」
「僕も佐々木さんのことすぐに分かったよ。」
「え?昔みたいにウミって呼んでよ。」
僕は佐々木さんの腕に目をやる。
「ウミちゃん、腕時計の針が動いてるね?」
「やだぁ、子供じゃないんだから、いつまでも動かない時計なんかしてないよ。でも、コウスケ君に貰った腕時計はまだ持ってるよ。どうせなら今日も4時に会いたかったね。」
「そうだね、もう大人だもんね、ウミちゃん大人っぽくなった。」
「嬉しい。化粧のせいかな?コウスケ君もすっかり大人になって格好いいよ。モテるんじゃないの?」
「モテないよ。ウミちゃんこそ、彼氏いるの?」
「いない、いない。私のこと女の子扱いしくれるのコウスケ君だけだよ。私さ、子供の頃嫌われてたじゃない?だから優しくしてくれるコウスケ君のことが好きだった。私の初恋の相手はコウスケ君かな。」
「僕の初恋の相手も、ウミちゃんだよ。」
「本当?嬉しい。」
「そして、僕の初恋は現在進行形。」
僕の止まっていた恋の時計の針が再び動き出した。
溢れる気持ち
「理髪師のペドロでございます。王様、入ってもよろしいでしょうか?」
「うむ、入れ。入ったらカギを閉めて誰も入れぬ様にすること。」
「かしこまりました。」
ペドロはいつも通り、王の寝室に入るとしっかりとカギをかけ、王の前で跪く。
「始めさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「よい。」
寝室とは言っても、流石は王の物、ちょっとしたレストランくらいの大きさがある。そのガランとした空間にはベットと、朝食用のテーブル、そしてバスタブと帽子かけだけしか置いていない。王はバスタブ近くの椅子に腰をかけ、ペドロの散髪を待っていた。ペドロは王が散髪の時以外は決して外すことのない帽子を取り、スラリと伸びた帽子かけにかけた。
「王様、最近シャム王国で流行っている理髪店ですと、耳かきとマッサージも同時に行うのですが、本日試しても構いませんか?」
「よい。」
ペドロは散髪を終えると王様のロバの耳の耳かき始めた。よほど気持ちよかったのか王様は寝入ってしまった。ペドロはマッサージを続けながらため息をついた。
前の理髪師が辞めて、ペドロにその栄誉が回ってきた時、ペドロは飛び上がって喜んだ。何より給金がいい。だけど高給なのには理由があった。それは王の秘密を絶対に漏らさないこと。最初はそれぐらい訳ないことだと思っていたペドロも、半年も経つと秘密を抱えるストレスで体調を崩し、医者に通うと、秘密をぶちまけてストレスが解消しない限り体調が戻ることはないと診断された。
ペドロはマッサージを終えると王様を起こし、また帽子を被せるとカギを開けて退室した。
「確かに王様の秘密を叫べば、ストレスは解消されるに違いない。どこかに秘密を叫べるような場所はないか?」
ペドロは街中探し周り、街外れに大きな井戸を見つけた。井戸の中に向かって叫べば、外に声が漏れそうもない。
「王様の耳はロバの耳ー!」
ペドロの叫び声は井戸の外に漏れ出ることはありませんでした。しかし井戸は街中のあらゆる井戸に繋がっていたので街の住人全てがペドロの叫びを聞いてしまったのです。
ただし、その情報を信じるものはいませんでしたが。
焦ったのは王様です。誤魔化すために王宮にある井戸に向かってこう叫びました。
「王様の耳がロバの耳なのは、民の声をしっかり聞くためだからだってー!」
こうして街の住人はこの情報を信じることにしました。
街中に噂が駆け巡りました。王様の耳はロバの耳。そんなことはどうでも良く。井戸を使えば街中に情報を伝達することができる。それは住人にはとても有益なことでした。
それ以来、街では井戸を使った情報伝達が定着し、中には井戸からの情報が気になって、四六時中井戸のことを考え、終いには井戸から離れない者も現れました。
ある大雪の日、10才の誕生日を迎えるマルコという少年がいました。マルコは父親を隣国との戦争で失っていてマルコの母親は女で1つでマルコを育てています。
「マルコ、いい加減に中に入りなさい。風邪ひくわよ。」
「はい、お母さん、見て見て、雪だるま作ったの。」
「あらぁ、上手にできてるわねぇ、頑張ったのね?」
「うん」
「ねぇ、マルコ、今日は誕生日ね、お母さんケーキを用意できなくてごめんなさいね。私にできることなら何でもしてあげたいんだけど、何か欲しい物はある?」
「お母さん、雪がね、降ってくるというより僕に集まってくるみたいに感じたの。この雪1つ1つが父さんの優しさかもしれないって。だから僕が欲しい物はないよ、もう貰ったから。ただね、戦争が早く終わって、みんなのお父さんが元気なら嬉しいな。だからね神さまにお願いしたの。世界が平和になりますようにって、そしたら神さまが約束してくれたの、世界を平和にしてくれるって。」
マルコの母は涙を堪えて井戸に向かって駆け出しました。
「王様、聞いていますか?私は戦争で夫を失いました。私の息子は今日が誕生日です。プレゼントは何がいいのかと聞くと、世界が平和になればいいと答えたんです。王様、戦争をやめることはできませんか?どうかこの街に平和な生活をもたらして下さい。」
それを聞いて王様は戦争をやめた。街の住人も争うことの虚しさを知った。それからでした。不思議なことに井戸を使わなくても互いの気持ちが伝わるようになりました。誰かが悲しみに沈んでいると、それを感じた住人が励まし、誰かに幸せが訪れると街中が明るくなりました。
その不思議な現象を聞きつけた隣国の住人達が、井戸を繋ぎたいと申し出てきた。井戸を繋げると隣国も意思の疎通が可能になり平和が訪れた。他の国々も井戸を繋ぎたいと申し出てきた。井戸はどんどん伸びていき、ついに世界中に井戸が繋がった。マルコが願った世界平和はこうして実現されましたとさ。
Kiss
「どうした絹代、そんなソファの端っこに腰掛けて、もっとこちらに近寄りなさい。」
「だども、こんなやっこくてふかふかの椅子に座ったことなんてないから、申し訳なくて。」
「私たちは今日から夫婦になったのだ、さぁ遠慮せずにこちらに来なさい。」
「わたす、旦那様の嫁っ子になったからには一生懸命働きますので、なんでもお申し付け下さい。」
「一生懸命働く必要などない。この家にいてくれるだけでいいのだ。」
「だども、夫婦生活って、何をしていいか分かりませんので、何か1つだけでも構いませんのでご命令頂けませんか?」
「では、私にキスをしなさい。」
「キスって言うと、接吻のことですか?」
「そうだ、構わないな?」
「んん、」
旦那様はわたすが返事をする間も与えず、唇に吸い付いてきました。1分くらい唇を重ねていたでしょうか?最初は腰を抜かすかと思いましたが、段々と心地よくなってきて、いつまでもこうしていたいなどと贅沢な願いをしたのですた。
願いは叶わず、旦那様は身を引かれたのですが、わたすは自分でも分かるくらい耳を真っ赤にしていますた。
「旦那様、ありがとうございました。」
「うん。」
旦那様はわたすとの接吻に満足されたでしょうか?何もおっしゃらないので、不安な気持ちになりますた。
翌日も旦那様はわたすに接吻を求められますた。
その翌日も、その翌日も。
「旦那様、よろしいでしょうか?」
「どうした絹?」
「旦那様がわたすに接吻以上の事を求めないのはわたすが醜女だからでしょうか?」
「そんな事はない。絹代は綺麗だよ。」
「だども、わたすは旦那様に抱かれたいのです。それは贅沢な悩みでしょうか?」
「すまない絹代、お前がそんな風に思ってしまったのは私の責任だ。私の罪悪感と、お前に捨てられるんじゃないかと思う恐怖心の所為なのだ。」
「わたすが旦那様を捨てる?そんなことあるわけないですだ。」
「絹代、1つ聞くが、私の職業を知っているか?」
「はい、旦那様の職場は目のお医者さんです。」
「そうだ、私は眼科医だ。ではなぜ絹代の目の手術をしようとしないのか、不思議に思わないかい?」
「そんなこと考えたこともなかったです。私の目がよっぽど悪いんだなぁ。」
「絹代お前は美しい。醜男なのは私だ。絹代の目が見えたなら私とお前は到底釣り合うことができず、こうして夫婦となる事はなかっただろう。だから絹代の目が治って私の顔を見られるのが怖いのだ。」
「わたすは目が見えません。だから代わりに心の顔が見えるようになったのす。」
「心の顔?」
「はい、心にも顔があります。旦那様の心の顔はとても優しげでハンサムです。だども、旦那様が気にすると言うのならわたすは目が目えないままでいいのす。」
「明日手術をしよう。そのつもりでいるように。」
旦那様の心の顔が悲しげに歪んだようですた。
翌日、手術を受けることになりますたが、全身麻酔をかけられていたので、気付いた時にはもう終わっていますた。
包帯を取れるようになるには1週間もかかるようです。
わたすは産まれた時から目が見えなかったので、例え包帯を巻いていても1人でご飯を食べることができます。だども旦那様は私の食事を手伝ってくれますた。
「今日で1週間経ったな、包帯を見せてみなさい。」
「旦那様、白雪姫って知っていますか?」
「ああ。」
「わたすはずっと目が見えずに生きてきますた。だからずっと眠っていたみたいなもんです。包帯を取る前に目覚めのキスをして頂けませんか?」
旦那様はわたすの包帯にそっとキスをすると、わたすの包帯を取ってくれますた。
「ああ、やっぱり思った通り、旦那様はハンサムです。」
1000年先も
1日目
私の名前はガンガリンリン。宇宙飛行士だ。
宇宙船の事故のため、未知なる惑星に不時着した。
宇宙服に残った僅かな酸素では残り5分も生きていられまい。もはや意識を保つのも難しく、体を動かすこともできない。残り5分で何をするか?この惑星を我が妻の名、ナターシャとつけよう。私はナターシャの土になるのだな。薄れ行く意識の中で視界の端に緑色のアメーバが見えた。アメーバは宇宙服の隙間から侵入してくると鼻から体内に入っていった。窒息死するのが先か?このアメーバに殺されるのが先か?
2日目
目が覚めると呼吸ができない。いや、酸素がないのだから呼吸ができないのは当たり前なのだが、口と鼻が塞がっているのだ。そして左手の人差し指が緑色に変色していた。光合成だ。光合成で生体エネルギーを作り出しているのだ。あのアメーバは、宿主に寄生し、宿主が生き続けられるように体を作り変える能力を持っているのだ。私はこの現象をどう捉えたらいいのだろうか?生きていてホッとするべきか?体を作り変えられる恐怖を感じるべきなのか?
1週間目
私の体はドロドロに溶かされ大きな緑色のアメーバのようになっている。しかしまだ、脳の機能は失われておらず、脳内物質を操作されているためか、幸福感と満腹感に満たされている。私はこのアメーバに名前をつける事にした。もし生きて地球に帰れたなら子供が欲しかった。ガンガリンリンとナターシャの子供、ガネーシャと名付けよう。
1年後
私の体に別のアメーバが取り憑いた。別のアメーバとガネーシャとの戦いが始まったようだ。感覚で分かる。ドーパミンが大量に分泌されている。そして痛みが走る。しかしどうやらこの戦いはガネーシャが勝ったようだ。これがここ1年の間で起こったもっとも印象に残る出来事だった。
100年後
ガネーシャが死んだ。しかし私は死なない体に作り変えられてしまった。どうせなら思考を停止させて欲しかった。思考にもエネルギーが必要だろうに。
1000年後
私はついにアメーバに進化することに成功した。体が動かせる。だか、ダンダント・・・シ・・シコウ・・ガ・テイシ
ブランコ
「あれ?珍しいな。」
隣町に赤ちゃんポストができたと言うので、何となく見に行った帰り道、通りかかった公園のブランコが普通と違って見えた。一般的な公園のブランコは2つ並んでいるのに対してこの公園のブランコは3つ並んでいた。
「まぁ、3つあっても問題ないもんな。」
こう見えても小学生の頃はブランコの達人だった。ブランコを立ち漕ぎで思い切り漕いで、頂点に到達する寸前にジャンプし、ブランコが頂点に到達して止まる瞬間に宙返りして座板に着地する。名付けてドラゴンスピンを繰り返していた。
30代を迎えた今、そんなことをしたら怪我をするだけだが、懐かしさから少し座って見ることにした。
「やっぱり真ん中かな。」
真ん中のブランコに座って少し漕いでみる。悪くない。いいブランコだな。自分にもこんな童心が残っていて嬉しかった。最近はスマホゲームでちっぽけな達成感を味わうだけの日々だ。
ゲームのスタミナが気になってスマホをポケットから取り出そうとしていると、若い男女がやってきて、それぞれ右のブランコに男が左のブランコに女が、立ち乗りで漕ぎ出した。
気まずい。普通、他人を挟んでブランコに乗るか?どうしてもブランコに乗りたい訳じゃないだろ?
「これで良かったのかしら?」
「これで良かったんだよ。」
「私は自分の手で育てたかった。」
「僕だってそうだよ、だけどしょうがないじゃないか、俺たちの経済力ではきちんと育てられない。」
おいおい、深刻そうな話をしてんじゃねぇよ。
もう限界だ。俺は立ち去ろうとした。
「待って下さい。僕たちの話を聞いて下さい。」
「えっ?俺?」
「そうです。ブランコに戻ってくれませんか?」
俺は面食らって、思わずブランコに腰掛けた。
「俺なんかが、話を聞いても仕方がないでしょ?」
「僕たち、さっきそこの赤ちゃんポストに子供を預けて来たんです。でもお互い思うところがあって、でもあなたが間に入ってくれたら喧嘩しないで済むかなって。」
「いや、俺は間に入ったんじゃなくて、オタクらが俺を挟んだんだからね。」
「でも、僕たち見たんです。赤ちゃんポストに向かって叫んでらっしゃいましたよね?何か事情があるんじゃないかと思って、話して下さいませんか?」
見られてたか?少しの罪悪感と羞恥心に襲われる。
「別によくある話ですよ。俺の母は、俺のことを産むとさっさと父と別れて出て行ったそうです。今時片親の子なんていくらでもいるし、自分が特別不幸だなんて思ってはいませんよ。でもね、俺はダメですね。自分は必要とされて産まれてこなかったんだという思いが、人生のど真ん中を貫いちゃってる。彼女と付き合ってもそう、会社に勤めてもそう、自信のなさが影響して上手くいかない。いや、ただ単に俺の能力が低いだけなのかもしれないけど、それって同じことだろ?
この街に赤ちゃんポストができたって言うんでちょっと見に来ただけなんです。だけど、赤ちゃんを置いて行くカップルを見た時につい感情が昂っちゃって。それだけです。」
「すみません、イヤな話しさせちゃって。」
「別にいいですよ。ただね、あなた方が俺に話しかけたのが、少しでも赤ちゃんを置いて来たことを後悔しているからならば、全力で引き留めますよ。あなた方の人生に介入する権利なんてないし、あなた方の幸せを保証できないけど、赤ちゃんを自分たちの手で育てて貰えませんか?俺はね38年間、結婚したら幸せな家庭を築くんだって生きて来たんですが、叶えられていません。その夢をあなた方に託してはいけませんか?」
「健一さん、私、やっぱり、自分で育ててみたい。」
「そうだな、誰に反対されたっていい。もう1度育ててみよう。」
健一と呼ばれた男性はブランコ降りると俺の方を向いた。仕方なく俺もブランコを降りる。
「勝又健一と言います。失礼ですがお名前を聞いても構いませんか?」
「進藤濁美です。赤ちゃんの名前に濁美とは付けないで下さいね。仕事も恋愛も上手く行かない子になっちゃう。」
「進藤さん、それはお約束できないですね。」
カップルは赤ちゃんポストがある方に向かって行く。
「まさか、ブランコに座っただけでこんな事に巻き込まれるとはな。でも何だろう、なんかスッキリしたな。」
それから程なくしてX市Y町Z公園にあるブランコに乗ると悩みが解決されると言う噂が広まった。