怪々夢

Open App

ブランコ

「あれ?珍しいな。」

隣町に赤ちゃんポストができたと言うので、何となく見に行った帰り道、通りかかった公園のブランコが普通と違って見えた。一般的な公園のブランコは2つ並んでいるのに対してこの公園のブランコは3つ並んでいた。

「まぁ、3つあっても問題ないもんな。」

こう見えても小学生の頃はブランコの達人だった。ブランコを立ち漕ぎで思い切り漕いで、頂点に到達する寸前にジャンプし、ブランコが頂点に到達して止まる瞬間に宙返りして座板に着地する。名付けてドラゴンスピンを繰り返していた。
30代を迎えた今、そんなことをしたら怪我をするだけだが、懐かしさから少し座って見ることにした。

「やっぱり真ん中かな。」

真ん中のブランコに座って少し漕いでみる。悪くない。いいブランコだな。自分にもこんな童心が残っていて嬉しかった。最近はスマホゲームでちっぽけな達成感を味わうだけの日々だ。

ゲームのスタミナが気になってスマホをポケットから取り出そうとしていると、若い男女がやってきて、それぞれ右のブランコに男が左のブランコに女が、立ち乗りで漕ぎ出した。

気まずい。普通、他人を挟んでブランコに乗るか?どうしてもブランコに乗りたい訳じゃないだろ?

「これで良かったのかしら?」

「これで良かったんだよ。」

「私は自分の手で育てたかった。」

「僕だってそうだよ、だけどしょうがないじゃないか、俺たちの経済力ではきちんと育てられない。」

おいおい、深刻そうな話をしてんじゃねぇよ。
もう限界だ。俺は立ち去ろうとした。

「待って下さい。僕たちの話を聞いて下さい。」

「えっ?俺?」

「そうです。ブランコに戻ってくれませんか?」

俺は面食らって、思わずブランコに腰掛けた。

「俺なんかが、話を聞いても仕方がないでしょ?」

「僕たち、さっきそこの赤ちゃんポストに子供を預けて来たんです。でもお互い思うところがあって、でもあなたが間に入ってくれたら喧嘩しないで済むかなって。」

「いや、俺は間に入ったんじゃなくて、オタクらが俺を挟んだんだからね。」

「でも、僕たち見たんです。赤ちゃんポストに向かって叫んでらっしゃいましたよね?何か事情があるんじゃないかと思って、話して下さいませんか?」

見られてたか?少しの罪悪感と羞恥心に襲われる。

「別によくある話ですよ。俺の母は、俺のことを産むとさっさと父と別れて出て行ったそうです。今時片親の子なんていくらでもいるし、自分が特別不幸だなんて思ってはいませんよ。でもね、俺はダメですね。自分は必要とされて産まれてこなかったんだという思いが、人生のど真ん中を貫いちゃってる。彼女と付き合ってもそう、会社に勤めてもそう、自信のなさが影響して上手くいかない。いや、ただ単に俺の能力が低いだけなのかもしれないけど、それって同じことだろ?
この街に赤ちゃんポストができたって言うんでちょっと見に来ただけなんです。だけど、赤ちゃんを置いて行くカップルを見た時につい感情が昂っちゃって。それだけです。」

「すみません、イヤな話しさせちゃって。」

「別にいいですよ。ただね、あなた方が俺に話しかけたのが、少しでも赤ちゃんを置いて来たことを後悔しているからならば、全力で引き留めますよ。あなた方の人生に介入する権利なんてないし、あなた方の幸せを保証できないけど、赤ちゃんを自分たちの手で育てて貰えませんか?俺はね38年間、結婚したら幸せな家庭を築くんだって生きて来たんですが、叶えられていません。その夢をあなた方に託してはいけませんか?」

「健一さん、私、やっぱり、自分で育ててみたい。」

「そうだな、誰に反対されたっていい。もう1度育ててみよう。」

健一と呼ばれた男性はブランコ降りると俺の方を向いた。仕方なく俺もブランコを降りる。

「勝又健一と言います。失礼ですがお名前を聞いても構いませんか?」

「進藤濁美です。赤ちゃんの名前に濁美とは付けないで下さいね。仕事も恋愛も上手く行かない子になっちゃう。」

「進藤さん、それはお約束できないですね。」

カップルは赤ちゃんポストがある方に向かって行く。

「まさか、ブランコに座っただけでこんな事に巻き込まれるとはな。でも何だろう、なんかスッキリしたな。」

それから程なくしてX市Y町Z公園にあるブランコに乗ると悩みが解決されると言う噂が広まった。

2/2/2024, 12:01:15 AM