溢れる気持ち
「理髪師のペドロでございます。王様、入ってもよろしいでしょうか?」
「うむ、入れ。入ったらカギを閉めて誰も入れぬ様にすること。」
「かしこまりました。」
ペドロはいつも通り、王の寝室に入るとしっかりとカギをかけ、王の前で跪く。
「始めさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「よい。」
寝室とは言っても、流石は王の物、ちょっとしたレストランくらいの大きさがある。そのガランとした空間にはベットと、朝食用のテーブル、そしてバスタブと帽子かけだけしか置いていない。王はバスタブ近くの椅子に腰をかけ、ペドロの散髪を待っていた。ペドロは王が散髪の時以外は決して外すことのない帽子を取り、スラリと伸びた帽子かけにかけた。
「王様、最近シャム王国で流行っている理髪店ですと、耳かきとマッサージも同時に行うのですが、本日試しても構いませんか?」
「よい。」
ペドロは散髪を終えると王様のロバの耳の耳かき始めた。よほど気持ちよかったのか王様は寝入ってしまった。ペドロはマッサージを続けながらため息をついた。
前の理髪師が辞めて、ペドロにその栄誉が回ってきた時、ペドロは飛び上がって喜んだ。何より給金がいい。だけど高給なのには理由があった。それは王の秘密を絶対に漏らさないこと。最初はそれぐらい訳ないことだと思っていたペドロも、半年も経つと秘密を抱えるストレスで体調を崩し、医者に通うと、秘密をぶちまけてストレスが解消しない限り体調が戻ることはないと診断された。
ペドロはマッサージを終えると王様を起こし、また帽子を被せるとカギを開けて退室した。
「確かに王様の秘密を叫べば、ストレスは解消されるに違いない。どこかに秘密を叫べるような場所はないか?」
ペドロは街中探し周り、街外れに大きな井戸を見つけた。井戸の中に向かって叫べば、外に声が漏れそうもない。
「王様の耳はロバの耳ー!」
ペドロの叫び声は井戸の外に漏れ出ることはありませんでした。しかし井戸は街中のあらゆる井戸に繋がっていたので街の住人全てがペドロの叫びを聞いてしまったのです。
ただし、その情報を信じるものはいませんでしたが。
焦ったのは王様です。誤魔化すために王宮にある井戸に向かってこう叫びました。
「王様の耳がロバの耳なのは、民の声をしっかり聞くためだからだってー!」
こうして街の住人はこの情報を信じることにしました。
街中に噂が駆け巡りました。王様の耳はロバの耳。そんなことはどうでも良く。井戸を使えば街中に情報を伝達することができる。それは住人にはとても有益なことでした。
それ以来、街では井戸を使った情報伝達が定着し、中には井戸からの情報が気になって、四六時中井戸のことを考え、終いには井戸から離れない者も現れました。
ある大雪の日、10才の誕生日を迎えるマルコという少年がいました。マルコは父親を隣国との戦争で失っていてマルコの母親は女で1つでマルコを育てています。
「マルコ、いい加減に中に入りなさい。風邪ひくわよ。」
「はい、お母さん、見て見て、雪だるま作ったの。」
「あらぁ、上手にできてるわねぇ、頑張ったのね?」
「うん」
「ねぇ、マルコ、今日は誕生日ね、お母さんケーキを用意できなくてごめんなさいね。私にできることなら何でもしてあげたいんだけど、何か欲しい物はある?」
「お母さん、雪がね、降ってくるというより僕に集まってくるみたいに感じたの。この雪1つ1つが父さんの優しさかもしれないって。だから僕が欲しい物はないよ、もう貰ったから。ただね、戦争が早く終わって、みんなのお父さんが元気なら嬉しいな。だからね神さまにお願いしたの。世界が平和になりますようにって、そしたら神さまが約束してくれたの、世界を平和にしてくれるって。」
マルコの母は涙を堪えて井戸に向かって駆け出しました。
「王様、聞いていますか?私は戦争で夫を失いました。私の息子は今日が誕生日です。プレゼントは何がいいのかと聞くと、世界が平和になればいいと答えたんです。王様、戦争をやめることはできませんか?どうかこの街に平和な生活をもたらして下さい。」
それを聞いて王様は戦争をやめた。街の住人も争うことの虚しさを知った。それからでした。不思議なことに井戸を使わなくても互いの気持ちが伝わるようになりました。誰かが悲しみに沈んでいると、それを感じた住人が励まし、誰かに幸せが訪れると街中が明るくなりました。
その不思議な現象を聞きつけた隣国の住人達が、井戸を繋ぎたいと申し出てきた。井戸を繋げると隣国も意思の疎通が可能になり平和が訪れた。他の国々も井戸を繋ぎたいと申し出てきた。井戸はどんどん伸びていき、ついに世界中に井戸が繋がった。マルコが願った世界平和はこうして実現されましたとさ。
2/6/2024, 8:38:00 AM