緋衣草

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10/5/2023, 1:54:30 PM

星座 (10.5)

「あの赤い星ってなんつー名前だっけ。おまえはレタス、的な」
「アンタレス」
「それそれ!さそりの心臓だろ?」
俺の星座だからな、心臓が赤いとかイケメン極めてんのよ。とか訳がわからないことをニカニカと話している。
でも収穫だ。彼はさそり座らしい。
「私はいて座だから、ずっとあんたの命狙ってるよ」
「何それ怖」
いて座のケンタウロスは弓矢をさそりに向けているのだ、と説明すると意外にも
「違くね?」
と返事が返ってきた。
「星座はそうでも、俺はおまえを追っかけてるよ。星みたいにぐるぐるして、いつまで経っても掴まんねーの」
さそり座 いて座 相性 と検索した手がどきりと止まる。
「だからさ、この宿題見せて欲しいなーなんて」
「それが目的か」
にやぁと笑う顔にデコピンをお見舞いする。まったく、やっぱりこのさそりはくねくねと捕まえられない。
「そう言うんならさっさと私を捕まえてよ」
そう言って完璧に埋めたワークを放り投げてやった。

10/4/2023, 9:54:17 AM

巡り会えたら (10.4)



違う
…かもしれない。
 もう一口スプーンを運んでため息と共に飲み込む。やはり、ずっと探している味ではない気がする。とはいえきっと味覚も変わっているはずで、実は正解かもしれなかった。
「でも、もっと甘くて固かった気がするのよ…」
 プリンアラモード。幼い頃に一度味わったそれは、ふふふと笑っているように細かく揺れていて。缶詰フルーツと生クリームが負けるくらいに甘くて。ちょっとざらっと私の舌を撫でていったのだ。
「作り直しますか」
 突然降ってきたセリフは、疑問というより宣言だった。私と同い年くらいの青年はそのプライドを刺激されたのか、きゅっと形のいい眉を寄せている。
「わ、えっと、お願いします」

 結局3回も作らせちゃった…
申し訳なさでいっぱいになりながら、つんとプリンをつつく。一口、すくおうとして険しい視線と目が合う。
「あの、どうしてここまでしてくれるんですか?」
「貴女の笑顔が見たくなったから」
 な、と固まる。
ざらりと舌に乗ったプリンは、これまでで1番甘かった。

10/2/2023, 11:14:17 PM

奇跡をもう一度(10.2)



 一度だけ、幽霊を見たことがある。

あれは見るもんじゃなかった。どんなホラーでも足りない、えぐるような悍ましさと寒さに凍りつく感覚。血濡れて荒れた髪の毛から見開かれた眼がこちらを凝視していて。しばらく錆びた鉄の臭いが鼻にしがみついて離れなかった。
 でも、あれは。
男はしかし、その幽霊を見た交差点に毎夜訪れる。激辛と知りながら食べに行くとか、無理だとわかりながらジェットコースターに乗るとか、その類ではない。
 いや、そうかもしれないけど。
整理のつかない心を抱えて、無人の交差点で手を合わせる。
「恨みは、あるだろうけどさ。お前は本当にいい女なんだから、早く天国に行けよ」
———会いたい
もう、往生したかもしれない。踏ん切りがよくてサッパリしてて、そんなところも好きだったから。
「あんな苦しそうな姿、見たくねぇんだよ」
———どんなお前でもいいから、もう一度……

静かにひんやりと風が抜けていく。
そっと目を開けて、落胆する自分が嫌になる。
「明日も、来るわ」
『待ってる』
がばりと振り向いて、男は嘲った。

9/30/2023, 12:06:39 PM

きっと明日も(9.30)



 ふなぁあ、とあくびをして窓辺に座る。少し傾いた日差しが気になるけれど、首筋を抜ける爽やかな秋風を思えばなんてことはない。
「速い」
低く鋭い声が飛ぶ。むっとした少年の鼻息が少し荒くなった。ゴリゴリがらがらとうるさいアナログな音が店内に響く。


『喫茶アヴリオ』
非常にわかりにくい、石畳の路地に押し込まれるように建つその店はしかし、無期限の休業中だ。理由は今まさにあくせく豆を挽いている少年を一人前にするため。だがマスターの治らない顰めっ面を見るとまだまだかかりそうだ。

 頼むから潰さんでくれよ。

そう思いながらのびをすると、ふわりとさくらんぼのような香りが近づいてきた。そっと店の中を伺う少女はうっとりとマスター見習いを見つめている。私がふっと笑って歩み寄ると、少女は甘く焦がれた顔で愛おしそうに私の頭を撫でた。

 やれやれ。今日も仕事をするかな。

毅然と尾を振ってカウンターに飛び乗る。にゃあお、と少女の気持ちになって呼んでやると、少年は救われたように歯を見せて笑った。コーヒーの匂いに染まった、水に荒れた手に頭を擦り付ける。間接キス、ならぬ間接なでなで。私にもよくわからんが、少女をみやると幸せそうなのでよしとする。

きっと明日も彼女は来るのだろう。いつになったら直接話せるのやら。
まぁ、日課がなくなるのもな。

猫はふなぁあとあくびをして瞼を閉じた。

9/12/2023, 12:13:41 PM

本気の恋  (9.12)


「あいつ、◯◯ちゃんと付き合ってるって知ってた?」
 友達がそう囁いた時、自分でもびっくりするほど無関心な「ふーん」という音が出た。慎重に気をつかって私に伝えたらしい友達はひどく狼狽えた。
「ちょ、いいの?あんたすっごく努力してきたじゃん」
そうだね、と静かに微笑むと幽霊でも見たかのような顔をされた。失敬な。これでも傷ついているというのに。
 くるくると丹念に巻いたポニーテールに触れて、そっかぁとため息をつく。今日は綺麗にできたな、とこんな時に嬉しくなる。
 彼のためだけにストレッチして、日焼け止めを欠かさず塗って、メイクも髪型も練習して。必死にやった勉強なんて最高だった。初めて話しかけられた日は、いつも自転車を降りてしまう坂もぐんぐんすぎてそのまま浮き上がってしまいそうだった。
「大丈夫。本気だったよ、ちゃんと」
 そう笑うとなんだか私より傷ついた顔をして抱きついてくる。あんたはホントに綺麗になったね、と優しく言われて胸が熱くなった。まだ泣けない。今日はメイクもいい感じなのに。


ありがとう。大好きだったよ。

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