緋衣草

Open App
9/11/2023, 12:26:10 PM

カレンダー (9.11)



  どこのどいつが破ってんだよ
 悪態をつきながら鞄を肩に引っ掛ける。彼がイラついているのは図書室の日めくりカレンダーのことだった。
 図書委員しかめくれない、昭和の家にありそうなデカデカと黒い数字が書かれた紙。薄っぺらいそれをぴいっと破るのはさぞかし爽快だろう、そんな出来心で月曜の図書委員になった。もちろん、金土日で3枚めくれるから。
 靴のかかとを踏んで、教室を外から眺めながら唇を尖らせる。
 それなのに一回も破らせてもらってない。というよりすでに破れている。ほんのちょっとした思いつきだったが叶わないと無性にイラついてきた。
 むしゃくしゃしながら図書室の前を通ろうとしてあっと声を上げる。バタバタと駆け寄って窓を開けた。
「おまっ何破ってんだよ!」
 びくっと振り返った少女は大きく目を見開いていた。
「今日はまだ金曜だろ!破ってんの土曜じゃん」
はぁ?と言いたげな顔で持っていた紙を捨てている。
「俺月曜担当なの。日めくり破りに学校来てんのに」
必死に言い聞かせると少女はいきなり腹を抱えて笑い出した。
「ごめんごめん、こんなガキっぽい高校生がいるなんて思わなかったわ」
ひぃひぃ涙目で言いながらこっちに歩いてくる。日差しが差し込んで髪がキャラメル色に光っていた。
「来週は残しとくよ、月曜君」
なんだか一気に顔が熱くなって、俺は逃げるように帰ったのだった。

9/10/2023, 11:52:12 AM

喪失感   (9.10)



 あぁ、なんて幸せで満ち足りた日々なんだ。
 
 そんな風に嘆いてみると隣の女はキャハキャハと笑い狂った。わたしもよ、と溢れる吐息が熱っぽい。
 ルックスはもとより、金も人望もあった。学力ですら柄にもなく努力して身につけた。両手に花なんて甘っちょろい。花畑から選んでも花束だ。

 あー幸せ。

 ある日女を連れて鏡の前を通り過ぎようとした時、俺は愕然とした。虚な瞳。一見整った顔も奇妙に崩れて老けたようだ。

 幸せだろ?

 鏡の向こうに言い聞かせる。いびつに口角を上げた気味の悪い顔が映る。急に立ち止まった俺に不審な目をした女はやけに開いた胸元を押し付けて、いこぉー?とねだっている。
 やめろよ女臭い。と言いかけた自分に固まる。粉っぽくて吐きそうになるほど匂いがくどい。
 こいつは俺にとってなんだろう。そんなことを思うと急に手先が冷えてきた。視界が、脳内が、はっきりくっきりとしてきた。



 俺はなんでも持ってる。たぶん、幸せ以外は。

9/9/2023, 12:57:07 PM

世界に一つだけ  (9.9)


 
「幼稚園からありがとうございました。高校でも頑張ってください」
 これが幼馴染からの最後の言葉だろうか?あんなに一緒に過ごしてきたのに。苦笑いを溢しながら卒アルを閉じて、そう書かせてしまったことに胸が苦しくなる。
 私が初めて彼に告白した人でありたかった。初めて恋をした人で、あわよくば初めて付き合った人。ずっと抑えてきた我儘はしかし、桜の蕾より早く膨れ上がって甘い匂いをいっぱいに撒き散らしていた。

 忘れないだろう。私が息を切らして言葉を放った刹那、彼の顔に隠しきれない失望の色を見たことを。裏切られたと言わんばかりの、絶望すら感じる見開かれた瞳を。




————ごめん。


 

 卒アルを押入れにしまおうとして、何かが落ちたのを見とめる。ノートを破って包んだような何か。思わず息を止めて広げると、ボタンがころんと手のひらに揺れた。

「第二ボタンは誰にもやらんけど、一個めはやる」

 彼らしい文面。無駄に濃い筆圧で殴り書きされたそれは、顔を真っ赤にして怒っているようで。私はふはっと吹き出して、ぼろぼろと涙をこぼしたのだった。

9/8/2023, 11:02:26 AM

胸の鼓動  (9.8)



 国語のテスト返し。だが鼓動が鳴り止まないのは別の理由がある。しきりに前髪をとかしてみる。
「今日の放課後、時間ある?」
 何度も繰り返したそのセリフをおまじないのように唱えて、しかしさらに震える手を強く握った。
 ちらっと斜め前を見ると、顔色ひとつ変えずにテストを確認している少年がこちらに近づこうとしていた。慌てて解説を見ているふりをする。
「今回どう?」
「まあまあかな」
「でた、『まあまあ』。絶対いいやつだ。」
 ニヤリ、とその笑みが今は苦しくて仕方がない。いいや今日こそ。少し唇を湿らせて口を開いて…
「あのさ——
「うーわお前98点とかキモっ」
 他の男子が少年の肩を組んで冷やかす。ムッとして言い返す彼は離れていってしまった。体を熱くしていた勇気はみるみる萎んでしまう。
 もう、やめようか。一生伝えずに…
「ごめん、さっきの何?」
 バクリと心臓がひっくり返った。申し訳なさげにそばめられた眉毛。影を落とした顔を直視して息が止まる。
 ほんと、そういうところだよ。


「今日の放課後、時間ある?」

9/8/2023, 9:09:32 AM

踊るように  (9.7)


踊るようにいちょうが舞っている
一瞬の彼の笑顔が浮かぶ
私は踊らされている

Next