緋衣草

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奇跡をもう一度(10.2)



 一度だけ、幽霊を見たことがある。

あれは見るもんじゃなかった。どんなホラーでも足りない、えぐるような悍ましさと寒さに凍りつく感覚。血濡れて荒れた髪の毛から見開かれた眼がこちらを凝視していて。しばらく錆びた鉄の臭いが鼻にしがみついて離れなかった。
 でも、あれは。
男はしかし、その幽霊を見た交差点に毎夜訪れる。激辛と知りながら食べに行くとか、無理だとわかりながらジェットコースターに乗るとか、その類ではない。
 いや、そうかもしれないけど。
整理のつかない心を抱えて、無人の交差点で手を合わせる。
「恨みは、あるだろうけどさ。お前は本当にいい女なんだから、早く天国に行けよ」
———会いたい
もう、往生したかもしれない。踏ん切りがよくてサッパリしてて、そんなところも好きだったから。
「あんな苦しそうな姿、見たくねぇんだよ」
———どんなお前でもいいから、もう一度……

静かにひんやりと風が抜けていく。
そっと目を開けて、落胆する自分が嫌になる。
「明日も、来るわ」
『待ってる』
がばりと振り向いて、男は嘲った。

10/2/2023, 11:14:17 PM