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8/17/2025, 3:20:00 PM

終わらない夏


【海辺にて】
君と二人、沈みゆく太陽を眺めていた。
太陽は大きな光の塊となって水平線へと落ちていく。黄金に染まった海は美しかったけれど、僕はやっぱり君の横顔ばかり見ていた。
「きれいな夕日」
そう言って君は笑った。
「君とこんなふうに過ごしているなんて夢みたいだ。夏の終わりを海辺で、君と」
「来年も一緒よ」
「来年も……?」
「ええ、来年も再来年も。その次も。夏の終わりは海でこうして二人で過ごしましょう」
潮風に髪を揺らしながら、君は僕を見上げて笑った。
金色に輝く光の中、僕は君の笑顔をずっと見つめていた。


【祭りの夜】
君と二人、夜空を仰いだ。
花火が広がって散るたびに、握り合った手に力がこもった。
君の浴衣姿はすごく素敵で僕は言葉を失って見惚れてしまうほどだった。でも僕まで浴衣なのが、ちょっとだけ恥ずかしかった。
「見て。すごい花火ね」
「祭りがこんなに楽しいものなんて僕は知らなかった。今まで人混みが苦手で祭りを楽しもうとは思わなかったんだ。でも君がいるだけで何もかも素晴らしくなる」
「じゃあ来年も一緒に行きましょ」
君は僕を覗き込んで微笑む。
「来年も、その次も。夏になれば一緒にお祭りに行って花火を見ましょう。あなたの隣にはいつも私がいるわ」
大きな音がしたかと思うと花火が大輪を描き、その光が君の横顔を照らす。
一瞬を永遠にしたようだ。


【二人きりの部屋】
君と二人、朝からずっと寄り添っていた。
冷房を効かせた部屋で、僕らは皮膚が同じ温度になるまで何度も触れ合った。笑った顔も、泣きそうな顔も、僕にしか見せない姿もすべてが愛おしい。
「そんなに見ないで」
「ずっと見ていたいんだ。君のことを全部、目に焼き付けたい」
「私も。あなただけをずっと見ていたい」
そこで、君の声が少しだけ震えた。
「……あなたを忘れないわ」


ーーーーーー

僕はゴーグルを外した。
失敗だ。
「忘れない」なんて、彼女はそんな事は言わない。
これじゃまるで、彼女はこの後、僕を置いて去っていくみたいじゃないか。
「パターンを変えないでくれ」
僕はAIに言った。
《セリフを追加しました》と、機械的な声が返ってくる。
《別のシナリオを提案しますか?》
ため息が漏れる。AIは分かってない。
僕が欲しいのは新しさじゃない。美しい思い出を変える必要がどこにある?
「同じことの繰り返しでいいんだ」と僕はAIに返答する。
彼女はもういない。
だけど記録されたデータを消去しない限り、彼女は僕の前に現れる。
僕は再び装置に手を伸ばした。
――彼女に会うために。終わらない夏を永遠に留めるために。


8/17/2025, 8:02:49 AM

遠くの空へ


昼休み、アキは口さがない人たちの陰口に耐えかねて、部屋を出た。
お先です、と言い残して屋上へと向かう。
席を外してしまったから、次は自分が陰口の標的になるかもしれない。まあ、いつものことだ。
あの人たちのことを、一概に責める気にはならなかった。
彼らには彼らなりに理由がある。理不尽な業務に押しつぶされそうな時、不満を言い合ってなんとか息を繋ぐ。あの人たちにとって陰口は、みんな同じだってことを確認する作業のようなものだ。
アキだって、上司に仕事を押し付けられた時、先輩が自分以上にムカついてくれて、ちょっと救われたような気持ちになったこともあった。
だからアキは、彼らと一線を画して孤立する勇気もない。
流されるのも嫌だけど、嫌われるのも怖い。
アキは昔からそういう子だ。
学校の休み時間をやり過ごしていたあの頃と変わらない。
自分から誰かを悪く言うことはない。だけど陰口を非難しようともしない。
無害であろうとして結局、誰とも本心で繋がれない透明な存在になった。
中途半端な立ち位置は、いつだってアキそのもの。
今日だっていつもみたいに、スマホの画面をスクロールして陰口なんて聞き流せば良かったんだけど。
空があまりにも青く、高かったから。
否定的な意味を成す言葉たちは、皮膚を針でちくちく刺してくる。やり過ごすには、雲ひとつなく透き通る青が眩しすぎた。
アキは屋上のフェンスにもたれて、空を見上げる。
昔はあの青い空が全てを吸い込んでくれたような気がしてたけど……
今はもう空を見たって、胸の奥に澱んで残った自分の不甲斐なさが消えるわけでもないのをアキは知っている。
遠くの空へ届けたい思いも相手もいないアキは、ただただ無になる為に、果てしなく広がる高くて青い空へ溶け込んでしまいたかった。




8/15/2025, 12:16:48 PM

!マークじゃ足りない感情



うちの猫が何か狙ってる……

!!
お、飛び出した!

!!!
なんと、スズメを咥えてドヤ顔で戻ってきた!

🐱「主様、これあげる。主様の今日のごはんはこれにしな」
僕「猫が喋った!?」


!マークじゃ足りない!!!!
(@_@)



8/14/2025, 4:05:20 PM

君がみた景色


話を盛る人、というのがいる。
僕の伯父がそうだった。母の兄である伯父は、見てきたことをいつも大袈裟に言う人だった。

仕事で日本中を飛び回っていた伯父は、子どもがいなかったせいか、妹の子である僕を可愛がってくれて、よく旅先の土産を抱えて遊びに来た。
けれど僕が心待ちにしていたのは土産よりも、伯父の話だった。

「すごいもの見たぞ」
伯父の語る景色は、まるで冒険譚の一場面のようだった。
北海道の岬では、巨大なトドの群れが空を横切るように崖を飛び越えていったという。
九州の港では、船を囲むように光る魚の大群がおしよせて、海面をきらめかせながらダンスしたという。
ある町の工場では、ロボットが火花を散らして戦いを繰り広げていたという。

子どもだった僕は息を呑んで伯父の話に聞き入った。世界はこんなにもワクワクすることでいっぱいなんだと胸が躍った。

父は伯父の話を面白がり、母は呆れていた。
大人になって実際に伯父の話していた場所にいけば、「こんなもんか」と思うことも多かった。
“真相“に気づくこともあった――火花を散らしたロボットのケンカ、あれは溶接作業のことだったのか、とか。
伯父は夢想家だったのだ。現実の景色を少しだけファンタジーに変換する才能があった。サービス精神旺盛な人だった伯父は、僕のために見てきた景色を特別な形に編集してくれたのだ。
そして夢想家というのは、往々にして孤独な人である。
きっといつまでも、想像の夢を呆れること無く聞いてくれる人を求めていたのかもしれない。伯父は晩年、孤独のうちに生涯を終えた。

おりしも、お盆である。
もし今この場に伯父がいたら、天国を盛大に盛って語ってくれることは想像に難くない。
虹色の湖があるだとか、天使はケチだけど神さまは意外といい奴だとか。
僕も今では立派な夢想家になった。なんたって、まだ見ぬ景色を物語にしようとしているのだから。お金にもならないのに。
もし僕に想像力の翼があるのだとしたら、それを広げてくれたのはきっと、伯父が盛りに盛って聞かせてくれた話に違いない。僕の内面に広がる景色を豊かにしてくれたんだ。

8/13/2025, 10:31:17 PM

あの時も、こんな夕暮れ時だった。

言葉にならないものが、体の中で暴れ出した。
私の中にあった感情が全部混ざりあって、吐き出せないまま喉の奥で詰まった。
あなたは優しいのに、どうしてそうなるのか自分でも分からなくて、ただこの波に飲まれたら涙が出そうで俯いた。あなたの何気ない笑顔が、ひどく胸を締め付けていた。
ごめん。あの時顔を背けてしまったのは、私の心があまりにも醜かったからだよ。
彼女なら、こんな時も自然に笑うんだろう、そう勝手に比較して勝手に惨めになって冷静ではいられなかった。
私は言葉にするのがいつも苦手だけど、どうしていいかわからなくなるのは大抵、あなたの優しさに触れた時だった。
愛みたいな何かを求めてばかりいる自分が透けて見えた。あなたとの関係をそんな風にしか捉えられない自分がバカみたいで、消えてしまいたかった。

あなたは彼女と去っていったし、私は相変わらずうまく生きられない。あがいてばかりだよ。
でも優しくあろうって思ってる。あなたみたいに。
見上げれば、夕暮れの空は夜へと染まっていく。
私はこの色の名前を知らない。
胸にまた言葉にならない情動の波が押し寄せる。
私は全てを飲み込んで、ただ一人、夜へと向かう空を眺めていた。


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