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遠くの空へ


昼休み、アキは口さがない人たちの陰口に耐えかねて、部屋を出た。
お先です、と言い残して屋上へと向かう。
席を外してしまったから、次は自分が陰口の標的になるかもしれない。まあ、いつものことだ。
あの人たちのことを、一概に責める気にはならなかった。
彼らには彼らなりに理由がある。理不尽な業務に押しつぶされそうな時、不満を言い合ってなんとか息を繋ぐ。あの人たちにとって陰口は、みんな同じだってことを確認する作業のようなものだ。
アキだって、上司に仕事を押し付けられた時、先輩が自分以上にムカついてくれて、ちょっと救われたような気持ちになったこともあった。
だからアキは、彼らと一線を画して孤立する勇気もない。
流されるのも嫌だけど、嫌われるのも怖い。
アキは昔からそういう子だ。
学校の休み時間をやり過ごしていたあの頃と変わらない。
自分から誰かを悪く言うことはない。だけど陰口を非難しようともしない。
無害であろうとして結局、誰とも本心で繋がれない透明な存在になった。
中途半端な立ち位置は、いつだってアキそのもの。
今日だっていつもみたいに、スマホの画面をスクロールして陰口なんて聞き流せば良かったんだけど。
空があまりにも青く、高かったから。
否定的な意味を成す言葉たちは、皮膚を針でちくちく刺してくる。やり過ごすには、雲ひとつなく透き通る青が眩しすぎた。
アキは屋上のフェンスにもたれて、空を見上げる。
昔はあの青い空が全てを吸い込んでくれたような気がしてたけど……
今はもう空を見たって、胸の奥に澱んで残った自分の不甲斐なさが消えるわけでもないのをアキは知っている。
遠くの空へ届けたい思いも相手もいないアキは、ただただ無になる為に、果てしなく広がる高くて青い空へ溶け込んでしまいたかった。




8/17/2025, 8:02:49 AM