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終わらない夏


【海辺にて】
君と二人、沈みゆく太陽を眺めていた。
太陽は大きな光の塊となって水平線へと落ちていく。黄金に染まった海は美しかったけれど、僕はやっぱり君の横顔ばかり見ていた。
「きれいな夕日」
そう言って君は笑った。
「君とこんなふうに過ごしているなんて夢みたいだ。夏の終わりを海辺で、君と」
「来年も一緒よ」
「来年も……?」
「ええ、来年も再来年も。その次も。夏の終わりは海でこうして二人で過ごしましょう」
潮風に髪を揺らしながら、君は僕を見上げて笑った。
金色に輝く光の中、僕は君の笑顔をずっと見つめていた。


【祭りの夜】
君と二人、夜空を仰いだ。
花火が広がって散るたびに、握り合った手に力がこもった。
君の浴衣姿はすごく素敵で僕は言葉を失って見惚れてしまうほどだった。でも僕まで浴衣なのが、ちょっとだけ恥ずかしかった。
「見て。すごい花火ね」
「祭りがこんなに楽しいものなんて僕は知らなかった。今まで人混みが苦手で祭りを楽しもうとは思わなかったんだ。でも君がいるだけで何もかも素晴らしくなる」
「じゃあ来年も一緒に行きましょ」
君は僕を覗き込んで微笑む。
「来年も、その次も。夏になれば一緒にお祭りに行って花火を見ましょう。あなたの隣にはいつも私がいるわ」
大きな音がしたかと思うと花火が大輪を描き、その光が君の横顔を照らす。
一瞬を永遠にしたようだ。


【二人きりの部屋】
君と二人、朝からずっと寄り添っていた。
冷房を効かせた部屋で、僕らは皮膚が同じ温度になるまで何度も触れ合った。笑った顔も、泣きそうな顔も、僕にしか見せない姿もすべてが愛おしい。
「そんなに見ないで」
「ずっと見ていたいんだ。君のことを全部、目に焼き付けたい」
「私も。あなただけをずっと見ていたい」
そこで、君の声が少しだけ震えた。
「……あなたを忘れないわ」


ーーーーーー

僕はゴーグルを外した。
失敗だ。
「忘れない」なんて、彼女はそんな事は言わない。
これじゃまるで、彼女はこの後、僕を置いて去っていくみたいじゃないか。
「パターンを変えないでくれ」
僕はAIに言った。
《セリフを追加しました》と、機械的な声が返ってくる。
《別のシナリオを提案しますか?》
ため息が漏れる。AIは分かってない。
僕が欲しいのは新しさじゃない。美しい思い出を変える必要がどこにある?
「同じことの繰り返しでいいんだ」と僕はAIに返答する。
彼女はもういない。
だけど記録されたデータを消去しない限り、彼女は僕の前に現れる。
僕は再び装置に手を伸ばした。
――彼女に会うために。終わらない夏を永遠に留めるために。


8/17/2025, 3:20:00 PM