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6/3/2023, 4:55:24 PM




『大変申し訳ありませんが今回は――』

 ――またか。

 最初の一文を読み切る事なく、届いたばかりのメールを削除する。鬱憤を晴らすならこれぐらいが良いところだろう。

 四回目のバイト面接もまた、失敗に終わった。
 そう決め込んで、SNSに不採用の愚痴を零す。変換候補に、面接日程のメールで使った企業名やらテンプレート並みの畏まった言語が出てきて鬱陶しかった。
 イライラが募り、ついにはスマホをベッドに放り投げる。
 あれほど求人サイトのアドバイスを聞いて志望動機を考え、履歴書を幾度と書き直し、今度こそと繰り返し続けたというのに。
 
 ――毎回、ここに辿り着く。

 正直、先週の面接で「採用の場合のみお電話を――」の時点でもう諦めはついていた。ついてはいた、が。
 それでも心の奥底では強く願っていた。憧れの店で働く事で綺麗とはいかなくとも、生活が彩られていくなら本望だった。

 そして望みは絶たれ、未練を残しやり直していく。
 まるで恋愛ごっこだと思った。
 一目惚れし、理想を夢見ては恋文を綴り、想い人に愛を告白する。終いには玉砕。

 言うなれば失恋。経験は無いが、人間を相手にしている時点でもう同じだ。フイにされた時の痛みはきっと大差ないだろう。

 テレビで嫌というほど、各職種の上層部らしき人が人手不足で喘ぐ光景を見るが、慈悲の目を向ける気にもならない。勝手に苦しんでいろと思う。
 人手が足りないと喚く所に限って、少ない人材を厳選している。質の高さを求め過ぎて、そこまで悪くないであろう者も切り捨てている。
 そうして、募集しても人が来ないと錯覚しては企業が愚痴を吐くのだ。

 この国で働く人間は、高望みしすぎているのではないかと思ってしまう。
 対面してどんな人かを見ます、と言ったところで結局は上辺しか見ない。マニュアルを刷り込んだ時点で、綺麗事しか吐かない。

 無味無臭なんて、信じたところで結晶しない。

 完璧など、人間には存在しない。

 醜さ、汚さ、だらしなさ――あらゆる弱さを覗くけば、唯一無二の輝きを見つけられるというのに。
 恋だって、人の弱さで惹かれるものもあるだろうに。

「普通」はいつまでもそうなんだな、と溜息しか出ない。

 ――と、嘆いても状況は変わらない。悲しい事だが仕方ない。

 残酷さを増して、次の面接の予定を決めてはカレンダーへ組み込む。今度の求人は駅前書店のアルバイトだ。

 どこかの採用担当が、この「弱き人間」に振り向くまで、止める気は無いだろう。

 

 

 




 

4/30/2023, 4:13:08 PM

 


 親友に聞いてみた。

「楽園? ……うーんそうだなぁ」

 目を瞬かせてから、彼女は考え込むように天を仰ぐ。そして唇を弧にしてはっきり答えた。

「……今、かな」

 僅かに首を傾げてくすりと笑う。薄暗い部屋の中に居る筈なのに、仕草の一個一個が魅力的に映る。
「今?」と反芻すれば、「そう」と肯定された。
 
 正直言って、ここまで彼女が恍惚な表情を浮かべる事なんてなかっただろう。この場にいるとなれば尚更だ。

「それにしても急にどうしたの? ――あぁ楽園ってそうか。昔聴いてた曲に、そんな歌詞あったよね」
 
 どうやら覚えていてくれたらしい。一緒に聴いていたアニソンに自分にとっての楽園を問うフレーズがあったのを、今になって思い出したのだ。

「私にとっての楽園って、ずっとあるようで無かったんだよ」

 ぎしり、と軋む音が響く。はっとして下に目をやると、彼女の手には傷だらけの木刀が握られている。
 視線に気付いた彼女は、木刀をこちらに掲げて嫌というほど見せつける。

「でもこれを振ってる時ね、もう楽しくて楽しくて仕方なかったの」

 
 軽く振ってから、その先端を無造作に床の大きな塊へ押し付ける。それと同時に彼女の目はひとたび冷酷に染まった。

「謝ればこうはならなかったのにね」

 本当に馬鹿、と吐き捨てて塊、もとい彼女の父親を足蹴にする。木刀で何度も殴られ、うずくまるように倒れる身体は、とうに動かなくなっていた。

 彼女が日頃から父親の愚痴を溢しているのは知っていた。でもそれは親への反抗から来る、何気ないものだと、深刻には思わなかった。
 
 それがこの惨状になるなんて、一体誰が想像できるというのか。

「だからね」

 明るげな声に急変してこちらを見つめ、無邪気に彼女は言う。

「こんなに楽しい楽園に出会えて、今とっても幸せなの」

 横で彼女の母親が声を殺して泣く中、段々とサイレンがけたたましく近づいている。それでも彼女の「楽園」は終わる気配を見せなかった。
 
                 
                   


 
 
 

 




4/11/2023, 2:46:34 PM

「言葉にできない」

 なんて言うような感情が、僕の中で数え切れない位に渦巻いている。

 親友との再会、春の匂い、変わりゆく街並み。

 それは思いも寄らぬ瞬間に現れ、深く心に残る、傷のような、あるいは証のようなもの。一つ成長したな、と思えるほんの少しだけの時間。
 僕はそんな感情を集めるのが好きだった。

 忘れてないようにと、頭の中で何度も言葉にしようとする。

 だが大抵出来ない。考えを自分から次々に重ねて分からなくなるからだ。

 なけなしの知識を絞っても、打った文字は支離滅裂で目も当てられない。今もそうかもしれない。

 それでも僕は今日も拙い文章で、一瞬一瞬を切り取っていく。

 思い通りにならないもどかしさもまた、集めるのが好きだから。
 
 
 

 
 

4/11/2023, 4:36:41 AM

(疲れた)

 買い込んだ大量の画材の入った袋をベンチに置き、身軽かつ満身創痍の身体を座面に預ける。
 
自分の力で持ち帰れるキャパシティを超えた荷物は、歩き慣れた道であってもきつかった。ふと公園が目に入ると同時に「あ、これぶっ続けで行けないわ」と休憩にこぎ着けた。

 肩が重い。長時間荷を抱え続けたせいもあるが、慢性的に目を酷使した為にその症状は深刻だった。

「暑いな……」

 朝は寒かったのに、と続けて呟く。こうして長いこと留まっていると、太陽の照りつけがだいぶ強いと感じる。もう夏かと思う程だ。
 マスクを外す。画材袋から近くのコンビニで買ったチョコ菓子を取り、からからと振り出す。
 淡いピンクのボールを口に放り込む。

「……ん」

 苺の甘酸っぱい味が広がると共に、花の香りが鼻腔を掠めた。
 
 こうして公園でゆっくりする事は最近は滅多になかった。それに加えて、四年間に渡るマスク必須の生活。
だから、その香りがなんだか懐かしく思えたのだ。

「春だな」
 
 少なくともまだこの時だけは、と溶け始めのチョコを口に放り込んだ。