親友に聞いてみた。
「楽園? ……うーんそうだなぁ」
目を瞬かせてから、彼女は考え込むように天を仰ぐ。そして唇を弧にしてはっきり答えた。
「……今、かな」
僅かに首を傾げてくすりと笑う。薄暗い部屋の中に居る筈なのに、仕草の一個一個が魅力的に映る。
「今?」と反芻すれば、「そう」と肯定された。
正直言って、ここまで彼女が恍惚な表情を浮かべる事なんてなかっただろう。この場にいるとなれば尚更だ。
「それにしても急にどうしたの? ――あぁ楽園ってそうか。昔聴いてた曲に、そんな歌詞あったよね」
どうやら覚えていてくれたらしい。一緒に聴いていたアニソンに自分にとっての楽園を問うフレーズがあったのを、今になって思い出したのだ。
「私にとっての楽園って、ずっとあるようで無かったんだよ」
ぎしり、と軋む音が響く。はっとして下に目をやると、彼女の手には傷だらけの木刀が握られている。
視線に気付いた彼女は、木刀をこちらに掲げて嫌というほど見せつける。
「でもこれを振ってる時ね、もう楽しくて楽しくて仕方なかったの」
軽く振ってから、その先端を無造作に床の大きな塊へ押し付ける。それと同時に彼女の目はひとたび冷酷に染まった。
「謝ればこうはならなかったのにね」
本当に馬鹿、と吐き捨てて塊、もとい彼女の父親を足蹴にする。木刀で何度も殴られ、うずくまるように倒れる身体は、とうに動かなくなっていた。
彼女が日頃から父親の愚痴を溢しているのは知っていた。でもそれは親への反抗から来る、何気ないものだと、深刻には思わなかった。
それがこの惨状になるなんて、一体誰が想像できるというのか。
「だからね」
明るげな声に急変してこちらを見つめ、無邪気に彼女は言う。
「こんなに楽しい楽園に出会えて、今とっても幸せなの」
横で彼女の母親が声を殺して泣く中、段々とサイレンがけたたましく近づいている。それでも彼女の「楽園」は終わる気配を見せなかった。
4/30/2023, 4:13:08 PM