【愛言葉】
好きだよ、だなんて。
どこかにふわふわと飛び出して戻らない心のまま、そんな事を言われたって。
どうせ、貴方は"私"を見ていないのでしょう?
―――
いつの日だったか。
憎たらしいほど晴れていた気もするし、泣きそうなほど曇っていた気もするし。何なら空が泣いていたかも知れない。
そんな事すら覚えられていないのは、その日にガツンと頭を殴られたような衝撃を受けたから。それで全て飛んでいったのだと思う。
「愛させてくれ」
だなんて。字だけ見ればロマンチックな告白なのに、勿体ない。
絶望したような声が、震える体が、光すら返さない瞳が、真っ直ぐに自分の心に向けられていて。
素直に言えば、怖かった。
自分のこの後起こす行動で、この眼の前の人間は明日生きるのか決まってしまうことが、1+1を解くよりも簡単に解ってしまったから。
「愛して」
喉の奥から絞り出したその言葉は、彼にとっては正解だったようで。
壊れ物を扱うように優しく手を取られて。私を見た瞳は私を見ていなくて。ハートにも見えないだろうぼろぼろな形の愛を向けられて。
その日、私も何かが欠けてしまった。
「 」
その愛言葉は、" "が壊れていく合言葉。
【星座】
「星ってさ、綺麗じゃん」
「うん」
ふと、思い出したかのように、彼はぽつりと言葉を零した。
相槌を返して、続きを待つ。
ずっと遠くで輝いている煌めきは、手を伸ばしても届きそうに無かった。
なんとなく上に伸ばした手が、空を切って下に落ちる。
「俺、星になってみたいんだよね」
「そうなんだ」
辺りは人工の明かりひとつなく、暗闇に包まれている。
風に吹かれて擦れ合っている草の音と鈴虫の声が控えめに満ちていた。
「嫌だったら全然いいんだけどさ、お前と一緒だったら嬉しいなって思ってるんだよ。だからさ、もしよかったら…」
「いいよ」
最後まで聞くこと無く、私は返事を返した。
先程よりも少し早口で言葉を紡いでいた口が閉じられる。
ちらりと横目でどんな顔をしているかを確認すると、案の定何か変なものでも食べたかの表情をしていた。
「顔、変になってるよ」
「いや…お前それで良いのかよ」
良いから「いいよ」と言ったというのに、何を戸惑っているのか。
その事を伝えると、諦めたかのように彼は手を広げて後ろに寝転がった。
背の高い草がクッションのように彼の体を包み込む。
まるで隠されているかのように、あっという間に体が見えなくなった。
「明日、満月らしいからその日にするか?」
「新月のほうが好き」
「新月? ま、それでもいいか」
明日もここで集まって満月見ようぜ、と彼が言った。
その言葉に無言で返す。
長い付き合いだ。無言が肯定なことなんてとっくの昔に知っているはず。
沈黙で満ちた場には、連なる星星がただ輝いていた。
【夜の海】
ー ー ー ー ー
誰にも知られたく無いナニカを捨てたいなら、夜の海がいい。
ー ー ー ー ー
はぁ、はぁ、という、自分の荒い息遣いが耳を支配する。
腕も足ももげそうな程に辛いが、早く済ませないといけないという思いだけで休憩もなく動くことが出来ていた。
深い深い夜。人が滅多に来ない、波が強い海。
俺が持っているのは、とてもとても大きく重い鞄。
それだけでも分かる人は分かるだろうが、更に血の匂い、と言ったら殆ど分かるのでは無いのだろうか。
答え合わせをすると、俺は死体の入った鞄を海に捨てようとこの不気味な海に来ていた。
金が無く、マフィアに入って一番最初の仕事が死体の廃棄だ。
最初にふるいにかける、ということだろうか。
無いとは思うが絶対に見つからないように、と崖から捨てられるように言われている。
風が強く吹き付ける崖について、鞄を開けて中身を引きずり出した。
中の死体は男だった。まだ二十代のように見える。
ずるずると鞄から男を出すと、濃い血の匂いが鼻を刺した。
意外にも気持ちが悪くなったりといった事は無かった。
銃だろうか、頭に穴が空いている。
下手したら気を失うくらいにはショッキングな光景なはずだが、不自然なほど気持ちは落ち着いている。
とにかくさっさと済ませよう。
重い死体を引きずって、崖から海に落とした。
ぼちゃん、と荒波が崖肌を叩きつける音を突き破って聞こえる。
その音を聞いた瞬間、自分から何かが抜け落ちていった気がした。
人間として大切な何かか、はたまた天国行きの切符かは分からないし、解るつもりもない。
ただ漠然と思ったのは、夜の海にはまだ世話になるだろうということだ。
【君の奏でる音楽】
誰も居ない放課後の屋上に、ギターの音とのびのびと響く女声が響く。
辺りを暖色に染めている太陽は、そろそろ地平線に飲み込まれそうなところまで来ていた。
もう帰らないといけない時間だ。
「そろそろ時間」
歌が途切れた時にそう声を掛けると、まだ歌いたかったのか「あと一曲だけ!」と彼女が言ってきた。
別に門限は無いし良いか、と置いたギターをまた構える。
「やった!ありがとう!」
俺のギターに合わせて彼女が歌う。
力強くて美しい歌声は、夜が見え始めている夕暮れにはとても合っていた。
お互い名前も知らない、そんな脆い関係だが、そんなもんで良いと思っている。
放課後ギター練習をしていたら歌好きの彼女も歌うために来て、どうせだから合わせているだけ。
そんな細すぎる糸で繋がっているこの関係は、いつプチっと切れてもおかしくない。
でも、それはそれでいいんじゃないかな。
ーーー
友人が言った言葉に、思わず噎せた。
「いや、は?どゆこと?」
「だから、これお前じゃないの?」
友人がずいっとスマホの画面を近付けてくる。
そこには、昨日の屋上でギターを弾いている俺と、歌を歌っている彼女が映っていた。
隠れながら撮ったのか、屋上の扉の窓から撮影がされている。
「いや、まあ、俺だけど…」
俺の言葉に周りに居たクラスメイトがざわざわと騒ぎ出す。
静かだと思ったら盗み聞きしてただけかよ。
「再生数やばいよお前」
友人の言葉に再生数の丸の数を数える。
というか何で丸の数が数えられるんだよ。どんだけ見られてんだ。
「なにこれ、10万?」
「そう、これ一日で」
はー、やばいな。と実感もなく言うと、友人から突っ込みが入った。
言うに、『もっと喜べ』らしい。
「いやぁ、だって投稿するの許可も撮ってない動画でバズっても…」
ずっと俺はカメラに背を向けているが、彼女は横顔が見える構図だ。
一応ぼかしはしているらしいが、顔も見せていない俺がバレたのだ。彼女もバレてしまっているだろう。
無許可なの?!と騒ぎ立てる周りに適当に返事を返しながら、俺は少し思った。
彼女との関係がちょっと太くなっちゃったかなぁ。
「それはそれで良いのか…?」
…でも、勝手に投稿したやつは許さん。
【麦わら帽子】
「いやー、だってポニテしたかったんだもん」
「だからって麦わら帽子に穴開けるやつがおるかいな」
誤魔化すようにえへへ、と〇〇が頭を掻いた。
よりによって麦わら帽子に穴を開けたらしい。
そうだ、あの切ったところから解れていきそうな麦わら帽子だ。
俺の呆れた顔とは反対に、〇〇は満足そうな表情をしている。
ポニテどころか髪を括ることもできない俺の短い髪では分かり得ないが、意外と快適なのかも知れない。
「別に〇〇が良いんならええけど」
「首元涼しくて超絶快適だよ。これ、売れます」
キリッとした表情で〇〇が言い、「何言うとんねん」と思わず笑いながらツッコミを入れてしまった。
つられたように〇〇も笑う。人から儚いと称される見た目とは結びつかない豪快な笑い方だ。
よく笑い方の表現で花が咲くような、とか花が綻ぶような、とか言うが、〇〇の笑い方は気温が30度超えるときの太陽が一番合っている気がする。
下手したら花たちを萎々にしている。
そんな失礼とも失礼じゃないとも言えることを考えていると、不意に〇〇が「笑い方、冬のときの月みたいだよね」と俺を見て言った。
「…それ、褒めてるやつ?」
「多分?」
「褒めてない可能性あるやつやん」
また笑い出した〇〇に、俺はため息をつくふりをした。