【夜の海】
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誰にも知られたく無いナニカを捨てたいなら、夜の海がいい。
ー ー ー ー ー
はぁ、はぁ、という、自分の荒い息遣いが耳を支配する。
腕も足ももげそうな程に辛いが、早く済ませないといけないという思いだけで休憩もなく動くことが出来ていた。
深い深い夜。人が滅多に来ない、波が強い海。
俺が持っているのは、とてもとても大きく重い鞄。
それだけでも分かる人は分かるだろうが、更に血の匂い、と言ったら殆ど分かるのでは無いのだろうか。
答え合わせをすると、俺は死体の入った鞄を海に捨てようとこの不気味な海に来ていた。
金が無く、マフィアに入って一番最初の仕事が死体の廃棄だ。
最初にふるいにかける、ということだろうか。
無いとは思うが絶対に見つからないように、と崖から捨てられるように言われている。
風が強く吹き付ける崖について、鞄を開けて中身を引きずり出した。
中の死体は男だった。まだ二十代のように見える。
ずるずると鞄から男を出すと、濃い血の匂いが鼻を刺した。
意外にも気持ちが悪くなったりといった事は無かった。
銃だろうか、頭に穴が空いている。
下手したら気を失うくらいにはショッキングな光景なはずだが、不自然なほど気持ちは落ち着いている。
とにかくさっさと済ませよう。
重い死体を引きずって、崖から海に落とした。
ぼちゃん、と荒波が崖肌を叩きつける音を突き破って聞こえる。
その音を聞いた瞬間、自分から何かが抜け落ちていった気がした。
人間として大切な何かか、はたまた天国行きの切符かは分からないし、解るつもりもない。
ただ漠然と思ったのは、夜の海にはまだ世話になるだろうということだ。
8/15/2023, 2:21:12 PM