言葉はいらない、ただ…(失恋の先には)
彼が出て行った教室で、わたしは一人立ち尽くしていた。
―――放課後、とうに授業は終わりグラウンドでは部活の皆の賑やかしい声が聞こえてくる。
わたしはそちらを見ようともせず、ただ虚ろに佇んでいた。………動けなかったから。
ひとつの恋が終わる瞬間はあっけなく、後に何も残らない。
ぽっかりと穴が空いたわたしの心は空洞そのもので、虚無、の二文字に尽きた。
片想いとはつくづく恐ろしい。
少なからず自信があったのだ、というかある程度確信がなければこんなリスクの高い賭けに勝負を挑まない。まさか、だった。
驕っていたんだろうな。彼の一挙一動に盲目になっていた。―――うん。そう思って、出直すしかない。
………明日から、気まずい………な。
こうなればそうなることは明白だったけれど。
自分で撒いた種。受け入れるしかない。
―――後ろのドアの引き開けられた音に、わたしは振り返る。
告白の選択に太鼓判と背中を押してくれたひと。
笑顔で送り出してくれた彼女に申し訳無さが募る。
先に明るく振る舞おうと口を開きかけたが、彼女はわたしに大股で近寄るとがばりと両手で体を包み込んだ。
戸惑うわたしに、
「―――」
そう耳元で囁かれた言葉に胸が詰まりそうになる。
………目頭が熱くなって、誤魔化すようにわたしは何度も頷いた。
回された手が柔らかく背中を叩く。優しさの塊が、虚無だった心を癒やしていくのがわかる。
わたしも緩やかに、そっと彼女を抱き締め返した。
―――明日から、また普通にこの教室に来よう。
彼にも彼女にも、胸を張って。堂々と。
そして今日家に帰ったら、よくやったと腐るほど自分を褒めてやるのだ。
ひとつの恋の終わりを知ったわたしに、
今は労る言葉以外何も思いつかなかった。
END.
雨に佇む(夏の風物詩)
夜にバス停で傘を差してもう一本傘を持ち、誰かの帰りを心待ちにする。
まるで宮崎映画みたい、と思いわたしは笑った。
「これで幼い妹でもおんぶしてたらまんまそれよね」
誰もいない暗闇に呟けども、返事はない。
この場面は確か、あの巨大な可愛い謎生物が背後に佇んでいて、傘代わりの特大葉っぱに滴る雨粒の音でぞわぞわする―――んじゃなかったっけ?
うろ覚えもいいところ。
「ふぁあーーぁ」
!?
えッ、トトロ!?
背後からの低いそれに勢い良く振り返ると、隣に住む見知った幼馴染みが自分と同じように手に傘を持って大きな欠伸をしていた。
「何よびっくりした………! 声かけてよ、驚かせないで!」
「ん? 気づいてるかと思ってた」
「暗闇から突然奇声が聞こえて、心臓飛び出るかと思ったわよ」
「あはは。よかったな、変質者じゃなくて」
………。笑い事じゃない。
わたしは不貞腐れて正面を向き、バスを待つ。
なかなか来る気配がなく、遅れてるのかな、と腕時計を気にかける。
「こんな雨降りの夜更けにバス停でバス待ってるって、まるでとなりのトトロだな」
「………そうね」
同じ思考を辿るのは仕方がないと思わせる程、シチュエーションは出来上がっていた。
あの田舎とまではいかないが、ほぼ車通りのない、寂しそうに揺らめく電灯の明かり。
まあ可愛いとはいえ、リアルであんなバケモノがいたら絶叫してずぶ濡れになりそうだけど―――?
「ん」
「あ」
気配がした、とかじゃない。
何気なく振り返ったのが同時だっただけ。
「………」
見た?とか、何あれ?って言わなかったのは奇跡だと思う。………わたしも、あいつも。
いや、そもそも見たと思ったのはわたしだけで、それすら見間違いだったのかもしれない。
「なあ」
「………なに」
「写真撮ったらやっぱバケモンが写んのかな」
………。
そうかもね、とだけ言ってそれからは二人して無言でひたすらバスの到着を待った。
―――やはりリアルであの可愛い巨大な謎生物とは遭遇しないらしい。
代わりにそれとはかけ離れた“何か”に、恐怖ではなく興醒めしているところが更にリアルで笑える、と
わたしは何とはなしにそう思った。
END.
やるせない気持ち(毒親)
子供の夏休みの短縮を希望する親、という記事を見た。目が飛び出るかと思った。
それは思っていても口や態度に出さないのがマナーじゃなかったか。
ほとんどの親は大なり小なりそう感じていても、皆がそうなのだからとやり過ごしている。
それが問題になるほど子供の存在が面倒なのか?
そんなのは産む前からわかっていたことではないか。だったら最初から産まなくていい。
そんなことを声を大にして言う人間に子供を育ててもらいたくない。
昨今、生活費諸共全て値上がりして困窮しているのは想像に難くない。
それでも、夏休みくらい子供と一緒にいてやれよと思ってしまう。
親が働くのにいっぱいいっぱいで、子供のお昼ご飯に頭を悩ませ、クーラーの電気代で更に頭を悩ませているのもわかる、
わかるが、子供だって学校という縛りからやっと開放されて安堵している。会社も学校もストレスの度合いなんてそれ程変わらない。
子供と遊ばず、学ばす、世話をせず、お金を渡して適当に過ごせと言う親に、子供は懐かない。
大きくなって、あんたを育てるのにどんだけ手間をかけたかなんて言い出す親ほど、何もしていないのだ、実際。
子供に手をかけない親は、老後自分も手をかけてもらえない。
あなたがそうしてきたように。
子供舐めてると、そういう目に遭う。必ず。
やるせない? 悲しい?
自分の道を省みよ、毒親よ。
END.
海へ(絶える理由)
「知ってるか? 太古の昔、月にも海があったんだ」
今よりもっと地球との距離が無かったから、見上げるだけで同じように碧く光輝く、それはそれは美しい月を目の当たりにできた。
―――木々が生い茂り、人に近しい生物が存在して、似たような文明を築いていたから争いも起きず。
ふたつの星は血を分けた兄弟のように、仲睦まじかった。
「………それなのに、なぜ月は滅んだの? 星としての寿命はまだ続いているのに」
「………。裏切ったんだよ」
「裏切った? 月が? 地球が?」
「いいや。月の人間が、神を」
超えてはいけないラインを、超えてしまったから
「―――それは一体、」
どんな逆鱗に………触れたのか
「ねえ知ってる? 太古の昔、地球にも海があったのよ」
特殊な望遠鏡から見える、ひとつの星。
クレーターに覆われ、灰色に鈍く光るその姿に生気はない。
「本当に? 信じられないな」
「文献が残ってるもの。『碧く光輝き、木々が生い茂る美しい星』。わたし達に近い生物もいたみたい」
「へえ。そんな星なのにどうして滅んだんだろうね」
「うーん確か、」
わたしは記憶を遡る。
確か―――
「裏切った、ってあったような」
「裏切った?」
お前もまた同じ過ちを繰り返すのか
とか何とか………。
「ふうん?」
どういう意味なのか、理解が追いつかぬまま彼が腑に落ちない表情で話題を引き取る。
「まあ大昔の話よ。伝説級の」
―――海と木々と、人々と。
わたし達に似た暮らしは一体どんなだったのかしら?
この星と酷似する地球を思う。
いつかわたし達の星も、また………。
そこまで考えて彼女は首を振り、再び望遠鏡を覗くと次は見目麗しい、美しい星を探し始めた。
END.
裏返し(キライ、キライも)
『それは好きの裏返しね』―――。
………今日はさいあく。幼稚園でおとこのこにイジワルされた。
でもせんせいはそんなことを言って笑う。
むかついたから家に帰ってから、二人でアイスをやけぐいした。
やけぐい。いきおきよくかじって、いっぽん完食することをいう。
「ねーにいに。好きのうらがえしってなに」
「なーに」
「ん? あれだ、好きだけど恥ずかしかったり照れたりで、好きの反対をしてしまう、所謂“ツンデレ”ってやつだ」
ツンデレ。きいたことある。
「でも好きのうらはキライじゃないの?」
「どーしてツンデレになるの」
ん? ん〜〜〜………
「何でだろな。言葉そのままの意味ではないな」
ん~~〜〜〜
双子が一緒に腕組みをして頭を捻る。
………いやまだお前らにはわからんて。
「………。にいにも“好きの裏返し”、するの?」
「え」
「あのこにイジワルしちゃう?」
不安な眼差しを向けられ、俺は目を点にする。
何だこいつら可愛いとこあるな。
「あのね、それは子供の特権なの。物心ついてまだしてたら、ただの性格の悪いおバカさんでしかないの」
おわかり?
―――努めて分かりやすく、丁寧に言葉を選んだつもりだったのだが。
「じゃあしてるんだ、にいに」
「あのこかわいそう」
……………………。
「誰が性格の悪いバカだ!」
てめーら待てコラ!!
―――一瞬でも可愛いなんて思った俺がバカだった。
蜘蛛の子を散らすように各々逃げて行く双子ども。逃げ足だけは優秀である。
「まったくアイツら………!」
『にいにも好きの裏返し、するの?』
するわけねーだろ!
………そう、するわけない。
………。してない、よな………?
途端に俺は疑心暗鬼になる。
―――その晩、今までの彼女に対する行動を一から見直す羽目になり翌日。
「大丈夫?」
………授業で欠伸を連発し、その彼女に心配される末路を辿ったのだった。
END.