七星

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8/15/2024, 12:39:34 PM

『夜の海』

白鍵と黒鍵、合計八十八の鍵盤に順番に指を載せ、音を出していく。頭の中に花畑の景色を浮かべながら、軽いタッチでメロディを奏でる。

普段は楽器演奏や合唱、ソーシャルスキルトレーニングなどのプログラムが行われているこの防音室で、私は一人、ピアノに向かっていた。

私が通っている精神科病院のデイケアは、ひどく平和な場所だ。だからこそ、時々この平和を壊したくなることがあった。でも、他人の迷惑になる行為は当然、固く禁じられている。結局、私が自由に感情を発散できるのは、防音室が空いている時に限られていた。

ピアノの練習をしたい、と申し出た時、スタッフの神崎さんは喜んで許可してくれた。普段から要求らしい要求をしてこなかった私に対して、神崎さんもどのように接するのがベストなのかわからずにいたのだろう。やっと自分の意志を表明してくれた、とばかりに、喜んでピアノを使わせてくれるようになったのだった。

元々、私の家は音楽一家だ。両親も四つ上の姉も、そして私自身も、幼い頃から何らかの楽器を習わされてきた。だから名曲と言われるようなクラシックの難曲であっても、私はそれなりに弾ける。

でも、ここではクラシックは弾かない。代わりに、両親や祖父母が聴いたら確実に眉をひそめるような、最近のポップスを弾く。

ウォーミングアップを終え、私は深呼吸をした。そして、夜の凪いだ海をイメージしながら、ゆっくりと鍵盤に触れた。

今頃、隣の部屋ではアートのプログラムが行われているはずだった。神崎さんも、アートの担当だ。隣の部屋に聞こえるように、私は少し強めのタッチで曲を弾き始める。短調のメロディが部屋に響き渡り、曲の悲しげな雰囲気に呑まれそうになった。以前ならば、曲の雰囲気に呑まれることなどなかったのに、不思議だ。心を病むということは、悲しみに呑まれやすくなるということなのだろうか。

脳裏に浮かんでいる夜の海が幾分荒れてきた。その拍子に、考えたくもない過去のことがよぎる。

病気になる以前、私は両親と祖父母の人形を演じ続けてきた。ポップスのよい部分を理解していたにもかかわらず、家庭の方針でポップスを遠ざけ、クラシックばかりを聴いてきた。

そして抑圧された思いは、恐ろしいほど歪んだ形で表れた。私は男に狂い、女子大の同級生たちが付き合っていた男たちを次々と奪っていくようになった。飽きれば相手をぼろ屑のように捨て、次の男に狙いを定めた。意に反して捨てられそうになった時には、狂ったように自分の手首を傷つけた。結局、私は自傷をやめられずに入院した。それをきっかけに、付き合っていた男たちも、ほんの僅かな友人も、信頼していた人たちでさえも、皆が私から離れていった。

今でも時々、デイケア内で男漁りをしそうになる自分がいる。そういう時、私は夜の凪いだ海を思い浮かべるようにしている。夜の海は私の中にあるどす黒い感情を鎮めてくれるのだ。

心が少し落ち着いた所で、曲を変える。今はただ、家族という硬い檻を破壊しなければならない。

三年ほど前から流行っているダンスボーカルグループの曲を選び、夜の海をイメージしたままで弾き始める。暗い過去の呪縛から脱却したい時によく弾いている曲だ。夜の凪いだ海に、すっと甘酸っぱい風が吹くような、そんな心地よさがあって気に入っていた。

いつか本当の意味で人を愛せるようになりたい。そして、ここから抜け出したい。まだ今は、誰かを守りたいなんて思ったことはないけれど。

人としてどこか足りない私が奏でる音で、いつか誰かを癒せるだろうか。いや、今はそこまで考えなくていい。夜の暗い海を彷徨っている私でも、いつか視界の開ける時がくるだろう。強い願いを込めて、私はピアノを弾き続ける。

8/12/2024, 12:21:29 PM

『君の奏でる音楽』

色鉛筆を広げ、一角獣の群れを描いていく。私は、この架空の生き物が好きだ。なぜかと訊かれれば、ただ一言だけ、「尖っているから」と答える。穏やかなオーラしか出せない自分とは違うものを生まれつき持っている一角獣に、私はどうしようもなく惹かれてしまう。

精神科デイケアには、ひどくゆったりとした時間が流れていた。今は、アートのプログラムが行われている。といっても、参加しているのは私も含めて僅か六人だけだ。大半の人たちは散歩のプログラムに参加しているため、外出中だ。

「うちの旦那が、まるで家事をしてくれないのよ。こっちは精神障害者だっていうのに、ワンオペ家事で毎日疲労困憊状態。息子は来年中学受験だから、仕方がないんだけどね」

そう言いながら、曼荼羅塗り絵に取り組んでいるのが中山さん。旦那の愚痴と子供の自慢を長々と披露しながら、器用に図案を塗り潰していく。一方、独身の坂野さんは、中山さんの話に相槌を打ちながら、雑誌の切り抜きを写している。坂野さんは中学・高校と美術部だったそうで、写実的な絵を描くのが上手だ。今描いている絵も、まるで写真のように題材を正確に写し取っている。

「ちいちゃんは今頃、次の個展の準備かぁ」

坂野さんが呟いた。そして、いつものセリフを吐く。

「ちいちゃんの絵、私には未だによくわからないんだよなぁ」

先ほどから、隣の部屋で誰かがピアノの練習をする音が聞こえる。最近流行っているポップスを何曲か練習しているようで、重みのあるメロディを軽やかなタッチで弾きこなしている。私の足は机の下で自然にリズムを取り始めた。音楽の苦手な坂野さんに付き合って、アートや手芸などのプログラムを選択しているけれど、私は音楽も好きだ。音楽を聴くと心が軽くなる。

「りんちゃん。さっきから集中してるね」

坂野さんが声をかけてくる。人の好い笑みを浮かべる坂野さんのことを、私は決して嫌いになれない。

その時、隣の部屋で演奏している曲が変わった。軽いタッチで演奏されるその曲は、私もよく知っているものだった。原曲はもう少しロックな雰囲気があったのだが、ピアノで弾くと違った色を持つ曲に様変わりするようだ。

この曲の主人公の気持ちが、私にはわかる。デイケアに来る前の私は、常に周りの顔色を窺っていた。嫌われたら生きていけないという思いから、毎日周囲に目を配り、ちょっとした気配にも怯えていた。でも、坂野さんに出会ってから私は変わった。坂野さんはのんびりしていて、私のことを決して嫌ったりしなかった。この人から離れてはいけない、と私の直感が告げていた。

現在、私はデイケアで、坂野さんの金魚の糞と言われている。でも私は、それで何が悪いのかと思う。どんな危険がやってくるかわからない外の世界よりも、今のデイケアでの生活の方が、坂野さんと一緒にいる人生の方がずっと安心なのだ。危険を避けたくなるのは人間の本能だろうと、私は開き直っている。

一年に一回行われる面談でも、私はスタッフに宣言した。私、角田倫子はデイケアにお嫁に行きます、と。

曲が、ラストサビ前の盛り上がる部分に差しかかり、不協和音を響かせて一旦止まる。そしてラストサビが始まり、華やかに後奏へと向かっていった。曲が終わった時、私は心の中で拍手をしていた。

8/11/2024, 12:10:20 PM

『麦わら帽子』

私は歩いていた。何もない灰色の景色の中を、ただひたすらに進んでいく。息が切れても、歩みを止めることはできなかった。一種の強迫観念に似た思いが、私を突き動かしていた。

やがて、黄緑色の立て看板が見えてきた。私は足を止める。この先は危険だと、私の第六感が告げていた。

立て看板の先には、緑色の世界がある。緑といっても、様々な明度と彩度を持つ、何種類もの緑系の色を散りばめた世界だ。綺麗で、何だか興味を惹かれるけれど、この先へ行ったら戻れないという確信があった。

私は踵を返し、元の場所へ戻ろうとした。だが体が動かない。踵が地面に張りついてしまったように重く、一歩も進めない。

背後から、柑橘系の香りが漂ってきた。どこかで嗅いだことのある香りだな、と考えていると、誰かが私の横を音も立てずに追い越していった。麦わら帽子を被った少し猫背な後ろ姿は、見覚えのあるものだった。私は思わず、その後ろ姿に呼びかけた。

「ちいちゃん!」

相手は振り返った。そして、麦わら帽子の下から冷たいような優しいような不思議な笑みを覗かせ、再び背を向けた。

「待って。まだ行かないで!」

呼び止める私の声が聞こえないかのように、相原千奈は先へと進んでいく。追いかけようにも、私の足は変わらず動かなかった。麦わら帽子の後ろ姿が遠ざかる。

やがて、焦りと恐怖に支配された状態で私は目を覚ました。

いつもの夢だった。私と同じ精神科デイケアに通っていた相原千奈が画家デビューした頃から、繰り返し見始めた夢。この夢を見る原因は自分でも充分に理解できていた。

先を越されたことによる焦りと、取り残される恐怖感。そして、相原千奈への羨望と僅かな嫉妬。

絵を描き始めたのは私の方が先だった。しかし、私が呑気に雑誌のモデルなどをデッサンしている間に、相原千奈は猛烈な勢いで私には理解できないような複雑な抽象画を量産し続け、やがて私を追い越していった。相原千奈はデイケアを去り、取り残された私は今でも雑誌のグラビアを写している。

先日、何度目かの個展を開くことになったと言ってデイケアに挨拶に来た相原千奈は、もう私が知っている「ちいちゃん」ではなくなっていた。芸術家としてのオーラと、経験や実績に裏打ちされた確かな自信を手に入れた「ちいちゃん」は、障害者アーティスト「相原千奈」となって私たちの前にいた。その時に感じたショックは、言葉にするには大きすぎるものだった。

「ちいちゃんの絵、私には未だによくわからないんだよなぁ」

その口癖が板についてから、もう何年になるだろうか。本当は私だって理解している。私の感性が鈍いだけなのだ。相原千奈の絵は、私のそれにはない力を持っている。そうでなければ、何度も個展を開けるような画家になんて、なれないのだ。

のろのろとベッドから起き上がり、朝食を取って身支度をする。今日も平凡で平和な一日が始まる。デイケアに持っていくバッグの中には、古い雑誌から切り抜いたモデルのグラビアが入っている。夢の中で会った相原千奈のように、麦わら帽子を被って冷たく微笑む女性モデルのグラビアだ。

玄関前で待機していると、デイケアの送迎車が私の前に停まった。運転しているスタッフが、笑顔で声をかけてくる。

「坂野さん。おはようございます。今日もよろしくお願いします」

私は普段通りの平和な笑みを浮かべ、それに応えた。

私はきっと、相原千奈とは違うのだ。才能のない精神障害者の生活なんて、所詮こんなものだ。

8/10/2024, 12:15:03 PM

『終点』

「なあ、銀河の果てと聞いて、どんなことを思い浮かべる?」

津久井が、また意味不明な問答を始めた。僕は心の中で溜め息をつきながらも、津久井の話に付き合うことにする。

「銀河の果て……魂の溜まり場、とか?」

何となく浮かんだイメージを口にした僕に、津久井は冷たさを感じるくらいに綺麗な笑みを見せた。片岡さんとは全く違った種類の笑い方だ、と僕は思い、そんなことを考えた自分の頭の中がよくわからなくなった。

数日前、大学のOBである片岡隆太さんを招いたワークショップが行われた。映画の脚本執筆に本気で取り組みたいと思っていた僕は、何の迷いもなく参加すると決めた。最初の自己紹介で周囲の学生に少しだけ笑われてしまったけれど、これは僕に変な名前をつけた両親の責任だ。創と書いてアートだなんて、ふざけているとしか思えない。

だが、僕が心の中で吐き続けていた両親への呪詛は、片岡さんの話を聞くうちに薄らいでいった。

劇作家は楽をしてはいけないということ。そして、僕が今持っているものは僕だけの個性であるということ。

もし、普通に読める名前をつけられていたら、それだけで僕は楽な方向へ流れていることになる。キラキラネームをつけられて苦しんだ経験が、僕の創作に何らかの力をくれる可能性だって捨てきれないのだ。

ワークショップが終わってからも、僕は片岡さんの言葉をずっと噛み締めていた。だから、同じ学科の友人である津久井に飲みに誘われた時も、ぼんやりと頷いてしまったのだった。

「俺は、終電でいつもの駅を乗り過ごして辿り着いた終着駅かな。一回、やらかしたことがあるんだよ。酔っ払って眠っちゃってさ。でも、損したとは思わない。終点の駅で見た星空が、凄く綺麗だったんだよ。お前にも見せたかった」

「それが、津久井のイメージする銀河の果てってこと?」

「ああ」

津久井は頷き、それこそ銀河の果てを望むように目を細めた。

「果てや終点っていうのは、きっと美しいものなんだよ。俺の故郷も、世界の外れみたいなド田舎だけどさ、空気が綺麗なんだ。やっぱり、俺は中央よりも果ての方が好きだな」

こういった言葉の選び方ができる津久井を、僕は羨ましく思う。ただし、話が長いのは彼の最大の欠点である。その日も、僕は津久井の長々とした話に付き合わされ、終電を逃してしまった。

「終点の駅で見た星空か」

薄ぼんやりと煙ったように見える都会の空を眺めながら、僕は、恋人である蛍先輩のアパートに電話をかけた。蛍と書いてケイ。名前で苦労したという点で、僕たちはよく似ている。

その夜、僕は蛍先輩のアパートに辿り着くや否や、新作映画のアイデアを一本まとめ上げた。タイトルは、星空の果ては綺麗。この脚本が完成したとして、どんな評価を受けることになるのかは今の所、神のみぞ知るというべきか。

脚本家は楽をしてはいけない。しかし、友人の話に取材してアイデアをまとめるぐらいのことは、充分に許容範囲である気がした。明け方、蛍先輩の隣でまどろみながら、僕はちょっとした達成感を味わっていた。



8/9/2024, 12:33:55 PM

『上手くいかなくたっていい』

久々に訪れた母校の私立大学は、夏季休暇期間中だというのに、学生たちの声で賑わっていた。サークル活動に打ち込んでいる者、勉学や研究に熱中している者など、多くの学生たちが構内に出入りしている。

学生の頃は、まさか自分が文化会サークルの特別講師として招かれることになるとは思ってもみなかった。現在交際中の藤崎亜実にそう話したら、彼女は品のある笑みを浮かべて言った。

「文化会OBの中で、隆太がそれだけ有名ってことだよ。自信を持って行ってきなさい。たとえ上手くいかなくたって、私は隆太の味方でいるよ」

まるで最初から俺が失敗することを期待しているような言い方にむっとしながらも、怒る気にはなれなかった。講師控室となっている六号館二階のゼミ室へ向かう途中も、亜実の優しい笑顔を思い出して、俺の頬は自然に緩んだ。

今日俺が担当するのは、脚本執筆のワークショップだ。文化会の中から、演劇と映画製作、文芸の各サークルメンバーが参加すると聞いている。控室で各サークルのリーダーたちから改めて説明を受け、時間になったので俺は会場へ向かった。廊下を挟んで隣にある講義室が、今回の会場となる。

講義室には、想像を超えるほど多くの学生たちが集まっていた。最初に、一人一人の自己紹介が行われた。その中で俺は、一人の男子学生に目を留めた。

どことなく憂鬱そうな表情をしたその男子学生は、自分の番が近づくにつれて、そわそわし始めた。前を見ていた顔が段々と俯いていき、そして自分の番がきた時には微かに震えている有り様だった。緊張した様子で彼は立ち上がり、俯きながら言葉を発した。

「映画製作部の長沢……アートです。創作の創と書いて、アートと読みます」

自信なさげに彼が言った途端、近くの席にいた数人の学生が小さく吹き出した。力なく着席した長沢創の顔は、羞恥からか真っ赤になっている。ああ、よく問題になっているキラキラネームか。俺は納得した。平凡な名前をつけられた俺などにはわからないような、数多の苦しみを彼は背負って生きてきたのだ。

自己紹介が終わり、脚本の書き方をレクチャーする時間になった。今まで学んだ理論を、実例や経験談なども交えて説明していく。レジュメに目をやりながら、俺は何となく長沢の様子を気にかけていた。

長沢は集中してメモを取っていた。もしかしたら、スポーツ選手で言う所のいわゆるゾーンに入っているのではないかと思えるほど、熱い気迫を放ちながら真剣な顔で、彼はボールペンを走らせている。その様子を見ているうちに、俺は今の自分と長沢が静かに重なったような感覚を覚えた。

俺は劇団内で、変人と言われている。気楽な心持ちで生きている人間からすれば、夢を真剣に追いかけている人間は皆、そのように映るのかもしれない。長沢も、きっと変人と言われるような変わった人間性の持ち主なのだろう。今年二十九になる俺と、二十歳そこそこの長沢ではもちろん違いだってあるかもしれないが、俺たちは世代を超えて何か強いもので繋がっている。それこそ、変人、などという言葉では表せないような強い何かで。

ワークショップが終わりに近づき、最後に俺は彼らに伝えた。

「私にも、先輩方から教えられてきたことがたくさんありました。中でも心に残っている言葉は、劇作家は楽をしてはいけない、というものです。後で調べた所、あるベテラン小説家の受け売りだったのですが。皆さんも、本気でものを書くのであれば、決して楽をせずに熱意を持って取り組んで下さい。結果として上手くいかなくたっていい。皆さんが今持っているものは、皆さんだけの個性ですから。それを花開かせるために、たくさんの失敗をしながら全力で書き続けて下さい」

終わりの方は、長沢に向けた言葉になっていた。周りから笑われるようなキラキラネームだって、立派な個性だ。

俺は長沢に視線を飛ばした。長沢は、真剣な顔をして話を聞いていた。

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