朝は起きてからまず髭を剃る。歯ブラシを取るよりも先に、それに歯磨き粉をつけるよりも先に。映画『マイ・インターン』でロバート・デ・ニーロ演じる紳士なおじいちゃんが髭は毎日剃るのだと言っていて憧れたからだ。どんな状況でそんなことを言っていたかうろ覚えだしなんでその台詞にこんなにも惹かれたかはよく分からないのだが、かれこれ毎日朝起きの髭剃りが習慣だ。いつか『マイ・インター』、観返そう。
「ねむい」
声を出してみる。誰に言う訳でもないが、一人暮らしの身になるとこうでもしないとなかなか喉が動かない。ましてや今日は大学も休み。予定もない彼女もない。友人に声をかけて遊ぼうとも考えたが、いつも疲れるだけなのでやめた。
今日は1日寝ていよう。と思っていても習慣化した起床時間のせいで実に微妙な時間に起きる。
今日は凝った料理でもしてみようか。いや観くて溜まったアニメや映画に費やそうか。
そう思いながらボーッとスマホをスクロールする。きっと今日一日はこれでおわるだろう。
振動。
通知が一件。LINEだ。
あ、彼女ができた。
新作漫才
赤鬼、青鬼、「どうも〜」と言いながら入場する。
青鬼「どうも、『紫割る2』ですよろしくお願いしますー」
赤鬼「いやさ、聞いてくれよ」
青鬼「どうした?一体どうしたんだ?」
赤鬼「そんな大したことじゃないんだけどさ、俺さ、人間と仲良くなってみたいな、と思って。」
青鬼「ほう、それはどうして」
赤鬼「人間ってなんかいっつも楽しそうじゃん、みんな仲良くてさ。おれなんかそういうのいいなと思って。」
青鬼「あぁ確かにおまえって小さい頃、角がなかなか生えて来なかったから頭ヤスリで削って無理矢理角出そうとしてたもんな」
赤鬼「それぜんぜん関係ないから!ね、関係ないこと言うのやめてください?俺人間と仲良くしたいからどうすればいいかって考えた時にさ、やっぱヒーローになるのが1番早いかなって思ったんだよね」
青鬼「木村拓哉?」
赤鬼「そっちのHEROじゃなくね、裁判しないんで。人を脅威から守るヒーローのほう!」
青鬼「あぁそっちね。」
赤鬼「だからおまえ村を襲う悪い鬼やってくれ。そこで俺が颯爽と現れて助けてヒーローになって村のみんなと仲良くなるから」
青鬼「報酬は?」
赤鬼「前金200万、あとは結果次第だ。って違うわ!ちょっと練習しよう。」
青鬼「おっけ」
青鬼「こら〜!この村崩壊させんぞ〜!」
赤鬼「大丈夫ですか?村の皆さん!私が来たからにはもう大丈夫ですよ!」
青鬼「(ナレーション風に)そこで赤鬼の魂に炎が灯る!パワーチェーンジ!!!」
赤鬼「(困る)!(アドリブでなにかする)」
青鬼「フゥー(息を吹きかける)おおっと灯った炎は消えてしまったァー!寒いよぉーねぇー父さんやっぱチャッカマン使おうよぉ」
赤鬼「おい!!!!なんだこれはオイ!なんでキャンプにきた家族になっちゃったんだよ!お父さんが手で火起こしするところ見てろよぉじゃ無さないんだよ!」
青鬼「そうじゃないの?」
赤鬼「キャンプなんて一言も言ってないから!」
「あっ......た、ここにいたか」
私は冷蔵庫の奥底にいた小さな瓶を手に取った。これはおそらく数ヶ月前に作ったイチゴジャムの残りだろう。その時に気分が上がって作ったはいいものの、普段朝はお米派の私は、なかなかこのジャムを消費することがなかった。そのうち存在を忘れて、今日のような結果になったというわけだ。
「まだ...イケるか?」
硬い蓋を開けて匂いを嗅いでみると、ほのかにまだイチゴの甘い香りがした。
パン、パン、パン。唐突に私はパンにこのジャムを塗りたくり食べたくなった。いや、食べることが必然であり、私という存在全体が、パンに向かって全身全霊で行動しようとしていることに気がついた。
玄関には棚があり、その上に順番に物が置かれている。手前から、腕時計、小銭、鍵。外に出る時はいつもそれらを順番に身につけ、ドアを開ける。今回も例外ではない。さあ腕時計、小銭ッ...
「あっ......っっっクッソ!!!」
小銭を落とした。いつも最低500円はポッケに入れている、だが、いま300円ほど落とした、気がする。焦った私はさらに腕時計も落とす。両手が焦りでおぼつかなくなる。
パン。
そうだ今の私はパンのために存在する。鍵を握りしめドアを開ける。握りしめた鍵は2種類。家のものと、自転車のものだ。カゴが変形して四角形の形をしていないこのママチャリは、引越しの時に実家からわざわざもってきたものだ。使わないと思っていたが、かれこれ高校の時から5年ほどお世話になっている。
ガチャン。
聞き慣れた音を聞いて気づいたら私はもう走り出していた。今日はほのかに暖かく、風がふわっとしている。花粉が飛ぶ毎日だが、今年は目があまり痒くない。
思えば実家に帰ってないな。帰宅してジャムたっぷりのパンを1口齧った時にそう思った。
ああこの後玄関で小銭拾うのめんどくさいな、とか、ぐちゃぐちゃの冷蔵庫が私らしいな、なんて思っていると。急に誰かに怒ってもらいたくて涙が出た。
「美味しくない、このイチゴジャム。」
安い食パンはまだあと4枚ほどある。きっと今回もジャムは使いきれない。
マチ子「眠い...」
サチコ「私も...」
キリアン「この時間になるとねぇ」
バビロン「もう...寝ちゃわない?」
コップ「...えーもったいないよ、お金払ってるんだよー?」
ソファ「...フリータイムでしょ?ちょっとはいいんじゃない...?寝ちゃっても」
マイク「そーだよォ...寝ようよ皆」
デンモク「よぉーし、じゃあ...ねようかぁ...」
テレビ「うん...おやすみぃ...」
芸能人「DAMチャンネルをご覧の皆さん!こんにちは!...みんな寝てますね。おやすみなさぁい」
プツン。画面真っ暗。
教師「お母さん。お母さん。」
母「タカシ、がんばって、いけるわよ」
タカシ「はい、先生分かりました。答えはx=2ですね?」
教師「はい正解。うん、で、お母さん。」
母「やったわね!タカシ!やっぱり父さんに似て頭がいいわ!タカシ!すごいわ!タカシ!」
教師「お母さん。お母さん。」
タカシ「先生、僕もう理解しちゃったので教科書次のページ進んでいいですか?」
母「キャー!タカシったら!他の生徒全員片っ端から差をつける気ね!どんどんやっちゃって!1馬身差よ!1馬身差!」
教師「あ、うん。それじゃあみんな次のページいこうか」
母「ちょっと何よ!タカシがせっかく差を付けようとしてるじゃない!タカシの1馬身差記念日になりそうだったのに!何邪魔してんのよ!」
教師「お母さん。お母さん。まずね、あなただいぶ間違えてます」
母「間違えてるって何よ!あ、タカシ、ここ間違えてるわ、ここは掛けないのよ。そう。」
教師「お母さん。まずね、授業参観っていうのは親御さんは普通教室の後ろの方に立っていらっしゃるもんなんですよ。席の隣にいるものじゃないんです。」
タカシ「先生、分かりましたここはx=2ですね?」
教師「うん。正解、できればお母さんにも正解を教えてあげて欲しいんだけど」
母「タカシの邪魔になってないんだからいいじゃないの!余計なこと言わないで!もう!」
教師「そしてね、お母さん。この子の名前はタカシじゃないんですよ。正しくはスグルなんです。」
母「そうなの、まあ私ったら、暑くって頭が回ってないんだわ、皆さんも暑いんじゃないかしら。カーテンしめてくださる?」
教師「お母さん。ここには私たちの他に誰もいないし、今は深夜の2時なので日は入ってこないんですよ。」
母「あらそうね。あら、じゃあなんでこんな所にいるのかしらタカシ、帰りましょう。」
教師「お母さん。帰る訳にはいかないんですよ。タカシはあなたのものではないから」
母「タカシは私の自慢の子よ?頭だって父さんに似て凄く良いんだから...」
教師「タカシ、いや、スグルは確かにいい子だよ。心が狂ってもまだ私の元にいてくれてる...」
母「タカシは、タカシは私の子よ?自慢の子、頭のいい子...」
教師「お母さん。俺たちはどこで間違えてしまったのかな...いつの間にか、正解が分からなくなってしまった...困ったものだよ。頭のいい、父親なのにな...」
タカシ「先生。正解はx=2ですね?」